Black:全てがクソだ
真島と呼ばれたねちっこいメガネ男は
「ちょっと、触らないでよ!」
俺は後ろを振り返った。
京香さんはこちらを見ようともしない。その時、京香さんの旦那と目があった。
爽やかな笑みをたたえ、「サヨナラ、アース」って口元を動かした。くそっ。俺を追い出した親父の顔が重なる。くそっ。くそっ。
「下で車が待っています。これはお車代として」
「いらねぇ」
「そう言わず、坂下さんを送り届けてください。とのことです」
ちっ。
俺は封筒を受け取り、エレベーターの扉が静かに閉まるまで
そこには寂しげに、赤い傘がぽつんと置かれていた。
『トラブルあり 遅れると思う』(送信)
俺は和馬に連絡を入れておく。和馬がキャストの配置とか苦労しているのを知っているから。
男同士の間でも、競争社会だからな。いろいろ面倒が起きる。
『りょ 翔さんに京香さんから連絡ありました』
すぐにメッセージが戻ってきた。
俺は和馬のメッセージから目が離せなかった。京香さんからのメッセージは俺にはこない。だから俺はスマホのメッセージをただじっと見つめるしかできなかった。
今夜話そう。話せばわかる。
俺はこの時、京香さんの態度が妙に気になっていたんだけど、目の前の荷物を届けることを選んだ。
店に戻って客じゃない巻き込まれ事故なんだって、説明することもできたのに。
「ねぇ、怖い顔してどうしたの? タクシーで送ってもらえるなんて、ラッキーだよね」
「ねぇ~。
「あぁ」
俺は答えるのも面倒で、窓から流れる景色を見ていた。
「あんな人たちと働くなんて、よく我慢できるねー。もぉ~最悪なんですけど」
「今度
お前の小遣いじゃ無理だ。舐めんなよ。店の前で和馬に失笑されて終わりだ。
もう、俺にかまわないでくれ。
「やっぱり~、インターンとかでバイトした方がいいよねぇ。ちゃんとしてるって感じ」
「言いたいことはそれだけか?」
「えっ?」
「着きましたよ」
重い空気をタクシードライバーが遮った。ナイスアシストだった。
ここでちょっと待っていてください、と俺は言い、タクシーを降りる。
「あ、ちょっと待ってよ」
「ここだろ?」
そこはオートロックのマンションだった。お金を稼がなければならないほどの苦学生には見えない。親の脛をかじって、悠々自適に暮らしている様に見える。
苦労も知らず育ったタイプだな。くそっ。
親父のことを思い出してから、早く一人になりたくて仕方がなくなっていた。スイッチをいれ続けていられない。誰か助けてくれ。
「ありがと。これ、クリーニングして返すから連絡先教えて」
「うん?」
「…いぃ」
「えっ?」
「返してくれなくていい。捨ててくれ」
俺はそれだけ言うと、タクシーに逃げ込んだ。偶然にも、ここは深雪の部屋の近くだった。忘れたい過去が追いかけてくる。
「ちょっと!
もう二度と会うことはないだろう。俺はそう思った。俺の人生に交わるような女じゃない。
タクシーのドライバーは、何も語らず俺を店まで運んでくれた。
眠らない街。落ち着く街。俺はいつの間にか、京香さんと過ごすこの街や時間、空気全てを心地よく思い始めていた。
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