森の少女が少年を拾った話

@stenn

森の少女が少年を拾った話


 晴れ渡る。雲一つない晴天だった。


 ――今はこんなものしかないんだけれど。


 とその小さな少年ははにかみながら、木をくりぬいた指輪を私に差し出した。


 がばがばの指輪は私の細い指には大きすぎて。それでも初めてのプレゼントはうれしかったのを覚えている。


 お揃いなんだぜ。


 その小さなむ少年は自慢げに笑う。もう、遠い、遠い日の記憶だった。




 ――あぁ。どうしてこんなことになってしまったんだろう。


 私は頭を抱えていた。


 こんなつもりではなかった。なかったんだ。


 さらりと金の髪が落ちる。この色が恨めしい。――がまだワンチャンある。あるはず。この金色の目さえ隠しきれば。


 ぐっと頭からかぶったヴェールを握りしめていた。


 滅びの国の出身で王族とばれれば絶対。


 殺される。




 私の国が滅んだのは私が生まれる十年も前の話だ。豊かで美しい小さな国。だけれど大国の間に挟まれた国の立場は常に微妙で。あっさりと滅ぼされた。


 パパは第三王子。当時の婚約者――ママを連れて国を出た。当時は混乱していて残ることも視野に入れられたのだけれど、おじい様はじめおじ様たちもそれをよしとしなかったらしい。で、逃げたわけ。当時パパは王族特融の色を持っていなかったから。


 全員処刑。それはいいとして。――いや。よくないけど。


 まさか。私と弟に遺伝するとは。


 弟はましなんだよ。金髪だけど、色の混じった金眼で。日に当たれば微妙な金色。私は鮮やかな金色の髪と目。発色しているんではないだろうかとげんなりする。


 おかげさまで小さいころは家から出られなかった。


 それも、ママとパパが死ぬまでだけれども。なぜなら、十の頃だったか。事故であっけなく死んだ両親の代わりに働かなければならなかった。


 私は頭からローブをかぶって毎日を生活していた。


 おかげさまでローブ以外の服は持っていない。ちなみにママのお下がりだ。


 ま。当然気持ち悪いよね。春夏秋冬この姿だもん。私たちは町から離れれた森で薬を売って暮らしていたんだけど、お客さんが気持ち悪がって来なくなりました。


 『魔女』ってなに?


 ……自給自足万歳。


 それでも弟を使って町まで売りに行っていたのでちょっとはお金が入ってくるんだけどね。ちなみに弟は天使か。と思うほど顔がいい。そのためちょっと高めに売れる。ママに似たんだよね。


 パパ。うん。草葉の影で泣いていたらいいよ。私もだけど。顔だけは普通なのに。派手な色のせいで。


 悲しいわ。


 そんなある日。



 あの日は確か三日間大雨が降っていたんだ。ここ最近にはないくらいのバケツをひっくり返したような雨で。いろんなところが洪水や増水の被害にあったんだって。無私の家の例外ではなくて。裏庭の一部が山崩れにあった。


 川も増水で近づけなくて。雨がやんだ後に見てみれば――一人の男の子が倒れていたんだよ。


 年のころは私と同じくらい。当時十三くらいかな。死体かと思ったんだけど生きてて。私は売れ残った――げふん。余っていた薬を使って男の子をむ看病したんだ。いや、だってかわいそうだし。……弟は大反対したんだけど。服装的に貴族みたいだったからね。


 だって報告されると死ぬから。でも見殺しにはできないじゃん?


 でもその杞憂は無駄だった見たいで。その子は記憶を無くしていて。名前もわからない状態だったんだ。弟に劣らず顔はきれいで。栗色の目と髪を持っていた。名前がわからないのでその髪から『アンバー』と名付けてみた。そうしたら大きな目を輝かせて笑った。


 うん。かわいい。


 忘れていたけど私の名前は『シノア』。ほんとはもっと長いのだけれどいうことではないから割愛する。ちなみに弟は『ザクト』。こっちも長い。というか弟が継承者なので長い。まぁ。そんなことはおいておいて。


 それからアンバーには記憶が戻るまで私の家に留まってもらうことになった。こっそり知り合いの山賊棟梁に――まぁ。後から合流したパパの部下で保護者代わり――アンバーのお家を探してもらっているのだけれど、これがなぜかちっとも見つからない


 。仕方ないね。もしかしたらこの国の子ではないかもということだ。ただ、棟梁の歯切れが悪いのがとても気になったんだよね。


 なぜだろう。ま。いいか。


 それにしても、旅行に来たのかなぁ。かわいそうに。こんな暮らし嫌だろうとか思ったけど、存外本人は楽しそうだ。


 さみしくない? と聞けば本人はキラキラした目で楽しいと答えたのだから楽しいのだろうなぁ。でも、いつまでもこんな所にいさせるわけには行かないとはは思う。服もボロボロだしね。


 まぁ。私にできることは限られているのだけれど。


 それからはアンバーがいるのが当たり前に鳴る生活が始まっていた。


 十五歳の頃。弟が王都の学園に行くことになった。寮付きの。少しはびしいけど仕方ないね。


 今までこそこそとお金を集めていてよかった。そしていろんな教育を棟梁からしてもらってよかった。棟梁は自称山賊でも元々は貴族だし。


 うんうん。次はアンバーの番だと言えばアンバーは複雑そうに笑ったんだ。弟曰く。勉強は俺よりできるというのだからその頭脳を生かさないのはもったいないでしょ?


 ともかくとして。私たちは二人暮らしになった。何もない平和な時間。なんか夫婦みたいと冗談をいったら顔を真っ赤にしておこったのはなぜなんだろ。


 それにしても。アンバーを学校に行かせるためにはお金が足りない。うん。足りないな。かつかつなんだけど。


 ……世間では体がお金になると聞いたけど本当だろうか? なんて本気で言ったらアンバーにおこられた。いや、ごめんて。なんだか知らないけどそこまでおこることはなくない? まぁ。私の容姿はお金になんてならないだろうし。だって顔を見てアンバーが逃げるくらいだし。顔なのかな……ローブの下は下着だったからやっぱり全体的な容姿かも知れない。


 いや。そこまで。そこまでなの。って悲しくなったので、ローブをかっしり頭からかぶってます。難しいね。人生。


 そんなこんなで一年が経過したわけだけど。国自体は不穏な空気が漂っていたんだよね。私の国がなくなったことで緩衝地帯が消え、直接的な小競り合いが隣国とは起こっていたわけだけれども、大きな争いが勃発したらしい。で。王様は病気で倒れているし、王太子様も病弱でめったに表に出てこないというし。


 大変だね。


 ま。国の端っこ。山の中の私たちには関係ないと思っていたんだ。


 晴れた日だったかな。聞き覚えのない樋爪の音を今でも覚えてる。馬から降りてくるのは屈強な――棟梁とは全然違うタイプの人たちで。嫌な予感がして私とアンバーは逃げていたんだよね。よく考えたらアンバーは逃げなくても。と思ったんだけど、目的はアンバーだけだったみたい。


 やっぱりアンバーは高位貴族の子供で。やっぱり心配して探し回っていたらしい。アンバーは戻りたくないということだったけれど、こんな所にいるよりは帰ったほうがいいと励ましておいた。そうだよね。ここはなにもないし。貧乏だし。アンバーは賢いし。


 当然私は行けない。一緒にとも誰も言わなかったし、アンバーも言えないだろうと思う。


 私は見つかったら死ぬからね。仕方ない。


「ここにいるから。いつでも」


 それの言葉を最後に私たちは別れたんだ。アンバーが訪ねてくることはなくて。最後に届いたのはアンバーの『戦死』のお知らせだった。


 あら。知らせてくれて優しい。なんて思うか。ぱかぁ。三日三晩泣き暮らして過ごしたのは今でも記憶に新しい。


 アンバーのおかげで毎日が楽しかったのに。友達もできたし、売り上げも伸びた。アンバーのおかげで。大切な思い出は沢山で。


 大好きで大切だったんだ。


 ――何よりも。もう。それを伝える術は無くて。


 でも。いつまでも泣いているわけには行かない。棟梁をはじめ、みんなが心配するし、前を向かないといけないから。


 誰もお墓を教えてくれなかったので裏庭に小さなお墓を作った。いつか何かをおさめられればいいな。なんて思っているんだ。今は昔貰った私の宝物を入れてあるの。


 アンバーへ私は元気だよ。


 そんな文字を刻んだ石をお墓の前に置いておいた。だって元気じゃないと多分心配するし。


 ま。あれから二年ほど。憎らしい戦争は終わって。


 我が国? 我が国が勝ったらしい。何でも病気から生還した王太子がどうのこうの。まぁいいや。


 ところで。


 うちの弟は何を考えているんだと思いますか? 学校を主席で卒業。そのためかお金は丸々返されるし、すごいところに就職出来はず。将来安泰とか思っていたんだけど、バカなのかな。


 王宮で就職するとか。どういうことなのか頭がついていかない。殺されると何回言えば。髪を染めてるし光を通さないと目は金に見えないとは言え。王宮も王宮で。よく平民の孤児を……。いや。私の鼻は高いけれども。自慢するくらいには高々だけれども。


 弟の夢が――故郷の人たちが少しでも幸せになればだから説得もできない。


 こうなれば全力を尽くせ。とは言っておいたけれど。




 ……なんで私が王宮にいるんですかね?


 いや。待って。ほんと。着たこともないきれいなドレス。何処からこれは用意を? お金は持っていないんですけども。


 弟の手によりベールをかぶせられて。いや。ほんと待って。


 なんだっけ? 国王様がこの間亡くなって、次の国王様が立つために妃を決めなければならないらしい。王太子妃……。あ。もう王様になったんだっけ。


 うん。そこまではいい。


 この場合普通は、有力貴族の子女だよね。あとは隣国の王女とか。無昔から婚約者が決まっているらしい。現に我が家の両親はそんな感じだし。仲は無駄によかったけれど。


 そのはずなんだけど。


 国中の貴族。年頃の娘を集めてお見合いパーティってなんだ? まぁ。子息もいるらしいから王太子だけでなくほかのお見合いも含んでいるとはいえ。


 なんで。ここに。


 泣きべそをかきつつ連れてきた弟を睨めばひらひらと手を振っている。


 ええと。


 人生で初めて殺意を覚えた瞬間である。大体弟も相手はいない――と思ってたら棟梁の娘(フリッカ)といい感じらしい。


 いつの間に。なぜ報告がないのかな?


 私は姉だ。威厳? 先に生まれたので姉です。なにか?


 悔しいので弟の部屋を漁って怪しげな本を送りつけておいた。単純に考えればその復讐なんだと思うんだけど。


 ここまで恨んでいたのかとさめざめ泣くしかない。命がけである。お家帰る。そしてばれたら道ずれにしてやるぅ。両親には悪いけど。いや、祖国に申し訳が立たないけど。この恨み晴らさずに置くべきか。


 ま。開き直って。私はだてに元王族なわけではないので、所作は徹底的に叩き込まれた。あの場所でそんなのは必要ないと思うし、平民なのだからばかばかしいとは思うけど。それでも子供のころの話で。


 浮いていないようだ。よかった。


 天国の皆様。役に立ちました。悪目立ちすることがないのでうれしい。下手に目立つと困るからね。


 ……にしても。ちらちらと豪華な食事が目に入る。


 じゅると涎が。


 もういいや。開き直っちゃお。――うぅ。さすが超高級ワイン。胃に染みる。むしろ胃もたれしそう。あ。こんなお菓子食べたことないかも。あ。これ食べることができるかな。


 うーわ。すごいなぁ。食べ放題。お持ち帰りはできますか? あぁ。多少太ってもどうせもう食べることができないんだから、山盛りに。っと。


「少し食べすぎでは?」


 ――あ。私の皿。皿が宙に。浮いて? 浮いている?


 すごすぎない? この国。そりゃあ負けるよね。はははははは。と笑いつつびょんびょんと飛び跳ねる。届かない。


 なぜいじわるをされているのだろうか。うーん。この。いじめっ子といじめられっ子の構図が

憎らしい。


 こうなれば意地だと飛んだところで後ろから声が響いた。


「姉上っ。姉上っ」


 姉……誰だそれは。いつも君私のことは『バカ姉』って呼んでいるではないか。その通りだけれども。で――どうして血相変えて走ってくるのかわからない。


 でも。取り上げて欲しい。私のご飯だ。誰が何と言おうと。もうすでにここで目立ちまくっているんだけれど私には皿が大切だ。


 開き直ったからね。もういいんだよ。泣きながら訴える。


「聞いてよぅ。お皿が浮くの。すごいけどひどくない? なんて気意地悪を」


「ばっ……。浮くわけがないだろっ。前。前」


 何言ってんだ。こいつ。みたいな顔で見られてしぶしぶ前に意識を向けると一人の青年が立っていた。


 キラキラしてる。え。目が潰れる。ヴェールかぶっててあまり見えなくてよかったな。と馬鹿みたいな事を思った。


 現実か? ごしごしと目を擦りながら弟を見る。まぁ。弟も大概なんだけど。


「前って――なんかすごい美人が立ってますが?」


 なんでそんなに頭を抱えてるんだよ。というか皿をとこの期に及んで手を伸ばす。


 よく見たら浮いていたわけではない。この青年が持っていたらしい。


 え。食べ物の恨みはすごいって知ってる?


 というか方を振るわせて笑ってる。栗色の髪は――あぁ。アンバーを思い出すなぁ。


 生きていたらこんな感じかなぁ。基本美少年だし。そういえばアンバーの実家を弟に探してもらっているんだけれどなかなか見つからない。


 報告時になぜか挙動不審なのかは置いておいて。


「あの。嫌がらせは」


「君が見ないのが悪いでしょう? 喜ぶかと思ってたら――想像以上だね? 悲しいほどに俺は見ないけど」


 皿がテーブルに置かれたので私の視線はさらに釘付け。手を伸ばそうして弟に掌をべしっと叩かれた。


 痛いじゃないか。抗議を示すように睨めばなぜに必死の形相なのか。


「ともかく。前。前って」


 話せ。ということなんだろうか。なんでよぅ。別に私は婚活しに来たわけではないんだよ。弟に騙されただけで。


 『ここに来てただ飯くらうな』という弟の口元が動く。


 お金はツケで。――弟の。と返したら『シャー』と警戒された。


 猫かな? 追い払う動作をやめて。


「えと? あの。初めまして?」


 すごい服だなぁ。盛装と思う。よく見たらほかの男性も盛装しているけれど、この青年が一番派手だし、みんなの視線を集めている。ということは私も視線を。


 ……まじか。


 ヤバい。ときゅうとヴェールをつかんでいた。開き直ったと言えやっぱり怖い。


 なぜだろう青年の栗色の髪と目に一瞬泣きそうになった。


 ……世の中そんな色の人間五万といるから。いちいちむ反応してたら私の心臓が持たないし。うんうん。しっかり。私。でも。懐かしそうに嬉しそうに見るのが悪い。


 早く森に帰りたいなぁ。


 この人、身分高そうだし。平民の私には関係ないだろうし。なんで声をかけてきたんだろう。


 ぼんやり長い指が私の金髪に絡むのを見つめていた。金髪なんて珍しくもないだろうに。現にあちらのご婦人も――。


「シノア」


「え?」


「シノア・ロルカム=レフトナンテ・カム・デ・サリム」


 耳元で言われたのはフルネーム。ラストの『サリム』は国の名前。だから王族しか持たない名前だ。国と王は同じものだから。


 さぁつと音が聞こえるようにして血が引いていくのがありありと分かる。


 どうしよう。


 違うところで談笑している弟には届かない。どくどくと心臓が嫌な音を立ててなっているのがわかった。


 誰にも言っていないのに。誰も知らないのに。


「――なんで?」


 終わった気がする。


 いいや。終わったわ。終わりの鐘がりんごんと鳴っている。いや。そんなことより弟が……平和そうだな。あの子。……私のご飯を食べてる。


 バレたらもろともなんですけど? あんた、私のこと『姉上』って言ったよね。よね?


 ああ。私のマカ――わーん。もういろいろ泣けてきたわ。


「気づかないの?」


「名乗った覚えはないわ」


 家族と棟梁の家族以外は。多分アンバーも知らなかったと思う。なんとなく色で私が誰か気づいたとは思うけれど。隠し続けるのはさすがに無理だし。途中からというよりもはや初めから、面倒でやめたわ。


 家の中でも付けているのは暑いしね。


「こっ……殺しますか?」


 自分で言って声が震える。声に出せば現実に泣きそうになった。


「なぜ?」


 いとも不思議そうに聞かれた。いや。あのね? いちいち亡国の――とか。処刑とかいうのは違う気がした。


 死にたくないもの。


「……あなたは?」


「デルテ・ロード・ウェルベール」


 は。い?


 ウェルベール家。ほうほう。なるほど。別に国の名前と王族の名前が一緒である必要はない。で。この国は確かウェルベール家が王位に……。


 ……一緒の名前は――いや。ないなぁ。あ。これ夢だ。


 それもないなあ。


 弟が必死に走ってきたのも頷けるわ。はははははは。


 おうち帰る。


「殿下に置かましては――」


 えと。なぜ掬うように私の手を取っているんです? 助けて。そんな言葉を弟に念じてみるが振り向かない。わーい。連座確定。


 どうしよう。平民を強調してみようか? 膝をついて助けてくださいと願うかな。考えて心臓が軋む。


 なんかそれは違う気がする。


 パパ――父上が言っていた。


 私たちは『国』そのものだと。その時が来れば国民に恥じないようにしなさい。決して国民が恥じるようなことをしてはいけないよ。民が後ろ指を刺されるようなこともしかりだ。分かったね?


 私が言えたことではいけれど。


 だから、私ができることは。


「姉上――」


 何をするか気づいた弟は悲鳴をあげて私の行動を阻止しようとしたけど。遅い。


 ぐっとヴェールを握りしめて取り去った。多分金色にランランと輝く目。この場所にいたみんなも、このキラキラした人も固まっている。


 まぁ。うん。そうだね。と思いつつ私は弟に視線を飛ばす。目いっぱい『女王様』っぽく。いや。なんかの劇の浮け売りだけども。


 アンバーと見た気がする。


「痴れ者が。何度言えばわかるのか。私は汝の姉ではないわ。私が手塩にかけて育ててやったというのに手のひらを返しおって」


 うーん。苦しい。苦しいけどそう押し通すしかない。まぁそこまで似てなくてよかったとは思うけど。悔しいが私の命もって生きろ。バカ弟。


 困惑と絶望の色。私だってこんな演技なんてことない。姉が弟を守るなんて当然でしょ?


「情けない。この国に組したか?」


「姉――」


「さてと。主は私をどうするか? こんな所に呼んだのは私を辱めるためか」


 あ。この人剣を持っているなぁ。とぼんやり思う。武器持ち込みは許されてない。さすが王族。


 ……よぉし。潔く。痛いかな?


 ですよね。とろうとしたら手首をがつりと持たれました。いたい。えー。


 そんなことを考えていれば周りをなんか警備兵に囲まれているんですが。


 表情を固めたものの怖よぅ。泣きたいよぅ。


 かすかに震える手むに気づいているかいないのか。驚いた様子もなくデルテは涼しい顔をしている。


「で、殿下。その娘は――サリム国の色を」


「いいや? 俺の客だ」


「は?」


 いやいやいや。


 いやいやいや。誰もが心の中でそういっているのが聞こえる。おまけに尊大な態度をとったのだ。誰が信じんのそれ。


 私は王族直系の色を色濃く受けついているし。


「この色のせいで自分が王族だと思い込む不審者だ」


「……えぇ」


 不審者。


 この声は弟か。しそして自身満々に言うのはやめて。別の意味でやばい人になってる。弟よ。かわいそうな人の目で見るのはやめろ。そして他人を貫く所存です。と言う顔で握りこぶしを作るな。


 狂人のふりして絡みつこう。


 しかしながら。このまま言い張るべきなのか何なのかわからないので、黙っておくことにした。少なくとも青年は守ってくれているつもりなのだろう。


 なんだか知らないけど。


 そして、手首を離してほしい。


「しかし」


「俺の言うことを信じられないとでも?」


 冷気に周りにいた人間が息を飲む。こわい。こわ。『いや』としぶしぶ引いていく兵士の皆さん。私を見る目が怖い。後で殺されない? 大丈夫?


 そわそわそんな事を考えてるとぱちんと青年は長い指を鳴らす。それと同時に我に帰ったかのように止まっていた演奏が始まって、次第に平静が戻ってくるようだ。


 何事もなかったように。


 私は不審者になったけど。


 ともかく。


「あの――ありがとうございます」


 サラリとヴェールが頭にかぶせられた。見上げた目は嬉しそうだ。うれし? なんでだろう。と小首をかしげる。


「これで俺は虚言癖の君と結婚するバカな王になってしまう」


「はい?」


 誰と――とあたりを見回すが誰もいない。だと? というか。王と言った気がする。王様? ――王ってなんだっけ。


 現実逃避はするものだ。近くのチョコをつまむと口の中に投げ込んだ。おいしい。持って帰っていいだろうか。


「ねぇ。まだ思い出さない?」


 王族と友達になった記憶はむどこにもなかった。知っているの? と弟に助けを求めてみたがこっちに向いてない。またかよ。役立たず。


 おーい。


「シノア?」


 耳元で囁くなぁ。びっくりしすぎて思わず後ずさったわ。逃げんな。と言わんばかりに手をまたつかむの止めてもらえます?


 その手がジワリと熱い。目線を合わせるのがなんとなく怖くて手元を見るしかない。


「お戯れを。私で遊んでも――」


「ぁあ。そういえばまだ持っているんだよ」


 コロンとなんだか小さな――おもちゃが手のひらに転がされた。木でできた……輪――。


 指輪だろうか。ところどころ皹が入り黒くくすんで見える。古臭くてやすっぼい手つくりの。私はこれを知っている。


 知っているからこそ、ひゅっと息を飲んでいた。


 微かな記憶が脳裏に過る。


「アンバーの……」


「うん」


 私は食い入るようにデルテを見ていた。


「あの、どうしたんですか? それ。あの。私アンバーのお墓知らなくて。教えていただけませんか? アンバーを知っているなら。お墓にお花を……ささげないと。あの。わたし。アンバーの……」


 家族だっただろうか。ふとそんな事を思った。


 私は家族と思っていたのだけれど。アンバーは違ったのかも知れない。悲しくなってきた。もしかしたらこれはアンバーの意向だったのかな。


 ぽろぽろと泣き出す私をどうしていいのかわからずデルテはアワアワしている。


「でもおしえて、ほしく、て」


「いや――あの」


「バカ姉。目の前のがアンバーだぞ」


「……はい?」


 はい? じゅると鼻をすする。ちらりとデルテを見ると困ったような表情。いや。まさか。


 まさかななぁ。


 よく見なくともよく似ている……かもしれない。チクリと心臓が傷んだ気がした。


「いや、死んだって」


「生きてますが?」


 ……。


「ほんとうに?」


 ええ。とにこりと穏やかに笑う。仮にも――王……だし。王? が嘘つくはずはない気がする。いや私に嘘をついて何になるんだろう。


 ぽたぽたと涙がほほを伝う。情けなく子供のようだ。けど。泣くしかないじゃん?


 もう泣く。


 泣くからね。そこ。『まじか』とか言わない。


「うえ……死んだって――」


「生きてますよ――生き抜きまし。シノアに会いたくて」


 ポスっと抱きすくめられる体は温かく優しかった。そのままずっと一目をはばからず泣いていたのは――後ほど伝説になってしまった。


 いろんな意味で。




 それからあれよあれよという間になぜか結婚が決まってた。


 いや。え? いや。はい?


 なぜ?


 いや――駄目でしょう。虚言癖の平民とか言うのは。いや。大体ばれているけれど誰も何も言わないのが怖い。前代未聞はずだけど、それでいいのか。一部の国民――私たちの民――は狂喜乱舞してたようたけど。


 いやいや。怖い。


「俺が嫌い?」


 そういわれれば――断れないのがつらい。まぁ。もともと二人で生きるのもいいかと、悪くないと思っていたし。


 ていうか。好きだし。


 が。森に帰りたい。月半分は『魔女』として過ごしていいと言うなんてなんて寛大な。


 ということでただいま。


 森。


 そしてなぜいる? 隣で簡素な服を着ながら畑を耕す王様なんて初めて見ましたが?


「俺はシノアがいればいいよ。大丈夫。政務はきちんと月半分でこなしているから。こうしている方が考えもまとまるし。護衛もいるからね」


 いやいやいや。もう何回言ったかな。


 超人? 護衛がいるから何だと……。大体強いじゃないか。前に模擬試合を見せてもらったけど。


 それにと頭を抱えた。


「いや。体を壊してほしくないので帰ってください」


「君だって半月で政務こなしているからお互い様だよ。さ。明日は町まで薬を売りに行くんでしょう? みんな驚くぞ」


 そうでしょうね。死んだと言いふらしていたのは私だもの。というか二度と近づくな。という意味で部下が暴走したとか何とか。力が無くて悪かったとも。


 あの時は子供だったのだから仕方ないにしても。


 涙。返せ。


「ねぇ」


 ふと声をかけられて私は顔をあげていた。大きな切れ長の目が私を映す。相変わらずきれいだな。そう、思った。


 とくん。と小さく心臓が音を立てる。


「なに?」


「俺は夢だったんだ。シノアとずっとここで生きるのが。ずっと――好きだ。だから頑張ったよ。俺。君を迎えに行くために」


「結局突っ込んでいったのは私の方。おかげで頭がおかしいと――。でも。ありがとう。デルテ。助けようとしてくれて。結果はあれだけど。それでも私はデルテと一緒にいることができる」


 私は保管してあった指輪を取り出して小指に嵌める。子供用。それでもびしりと音がした。うーん。きついなぁ。と考えているとふいに抱きしめられる。


 どくどくとした心臓の音。それはどちらのものだったか。


 触れ合う唇。肩越しから見えた空は晴天でどこまでも澄み切っていた。

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