第2話
このゲームが、ただのゲームではなく、戦闘に適応した人間を探すためのツールだと。あのとき、初めて気付いた。そして、気付いたその瞬間が、わたしの人生の終わりだった。
彼は、わたしよりもゲームが上手い。そして、その上手さは、戦闘に適応した者のそれだった。人ではないものに対して、の。戦闘適応。
わたしは、ゲームが上手くはなかった。それは、ゲームを遊びだと位置づけていたからで。人生が懸かった戦闘になれば、否応なしにハイスコアも出るし他を圧倒もする。
彼とは、友達のままだった。一生友達のままなのだと、数年前のあの瞬間まで、ずっと。そう思っている。映画とかでよくある、くっつかないほうの幼馴染み。わたしの存在が、彼を刺激することはない。それでも、わたしは彼が好きなので、彼がいつか誰かと付き合い始めるその日を、歯をくいしばって、その日が来ないでくれと、祈るだけの。日々。数年前の、このゲームがゲームではないと、気付く、その瞬間まで。
ほんとうに、わたしの人生は終わった。
単純な話だった。このままでは、彼は戦闘に駆り出される。そしてしぬ。彼は、強いけど。強いだけだった。このゲームが何なのかすら、気付いていない。そしてわたしは、このゲームが何なのかに、気付いている。
彼のいないところで、ゲームを起動して。彼のいない空間で。他を圧倒した。
戦闘に参加する際、彼の安全を保障してもらった。彼とフラグが立たないわたしにとっては、基本的でありがちな要求。きっとHQ(司令部)も、織り込み済みだったと思う。彼の安全は保障され、わたしの戦闘が始まった。
人ではないもの。人の感情を捕食し、その感情を蓄積するもの。それを倒すための戦闘だった。人を殺したことはないけど、人を殺す数倍の精神的負荷があった。人ではないものを殺すと、感情が飛び散る。かつて、誰かの感情だったものが。返り血みたいに心に降り掛かる。
そのたびに。
わたしでよかった。そう思った。彼が、この感情の嵐に呑まれなくて済む。わたしは、そうやって殺し続けた。ずっと。
彼は、感情が多い人間だった。RCCという、よく分からない値の話なので。表出する感情の起伏とは関係ない。血液型が珍しいとか、そういうのと似たような感じ。彼の感情は、敵にとって、垂涎のもの。だから。わたしは、戦闘を続けた。いつか彼に襲いかかるかもしれない、人ではないものを。殺し続けた。
そして。
その日が来た。
彼が、予想される標的になる。その日が。
HQの出した作戦は、彼を囮にすること。そしてそれは、わたしの要求する彼の安全の保障に反する。
そのために。直接わたしにHQから要請があった。
彼を守れ。
自分の力で、彼の安全を保障しろ。
それが、HQの要請だった。
HQがわたしに示す最大限の信頼であり、わたし自身の力がそれに相当するという証左でもあった。もう、わたしは。ひとりで、彼を守れる。
そんなこと。どうでもよかった。
HQが保護対象の情報として出した、彼の身辺の情報。そっちのほうが。ずっと。ずっとずっと。わたしを殺した。
彼は、わたしを待っていた。数年間。恋人も作らず。ゲームにログインしないわたしを、毎日。毎日。ログインして待ち続けていた。
「感想欄みたいな備考の書き方しやがって」
はやく告白したほうがいい。
そう備考欄に書かれていた。HQは、彼の身辺の安全を最初からわたしに任せるつもりらしい。
「くそっ」
数年。彼と最後に会ってから。数年経っている。あの頃のわたしは。女のような喋り方をして。女のようににこにこしていた。
今のわたしは。HQからの要請にどこかの映画で見たような悪態のつきかたをして。武器の点検をしている。
彼には。
今のわたしは。
どう映るだろうか。
もう、あの頃の何も知らない女ではない。
返り血みたいに心に感情を浴び続けながら、殺し続けてきた女。戦闘の、その果ての、成れの果て。完成した戦闘員としての女が、ここにいる。
「はぁ」
ミントシガレットに手を伸ばす。
火は付けない。タバコではないから。
人ではないものが忌避する、ミント。それを吸って、日常的に人ではないものを牽制する。戦闘する者としての、癖になっていた。ちなみに、このミントはかなり喉に良い。
彼を守るのだから。
彼にも、このミントを吸ってもらうか。
「あはは」
どんな口調で勧めるんだよ。わたしは。この煙草擬きを。喉に良いからってか。
わたしは。
もう。
女じゃなかった。
何かを守るとか、誰かを好きになるとか。そういう、ところに、わたしの、心は。なかった。
どうやって人ではないものを殺すか。どうやって、感情を制御するか。それだけしか、残らない。この数年間。わたしは、多くの人ではないものを。殺してきた。そして、これからも。殺し続ける。
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