第19話 後編02 熊谷次郎直実③
「こんな夜更けに何の騒ぎだ!」
熊谷直実は、慌てて飛び込んできた息子小次郎に尋ねる。
「はい、どうやら当家に盗賊が入り込んだようで。」
「盗賊?わが屋敷なんぞに入り込んで、いったい何を盗んだのじゃ。」
「それが、納戸の中はほとんど荒らされておらず、父上が拝領した例の笛がなくなっておりました。」
「なに?あの笛が?」
直実は、一の谷の戦いの恩賞に、敦盛の「青葉の笛」を所望した。
自らの財とするのではなく、戦のほとぼりが冷めたら、人をやって屋島にいるであろう、敦盛の父親にお返ししようと考えたからである。
恩賞に笛をもらったというのは、御家人の中でも噂になった。それを聞きつけて盗み出したのだろうと直実は思った。
「追いかけてとらえるぞ、どちらに逃げたかわかるか?」
「竹林のほうで人影が見えたと、下人が数名追いかけております。」
「よし、馬を出せ!」
外は雪が降り始めていた。
あの笛がなくなったとあらば、敦盛殿にも経盛殿にも申し訳が立たない。直実はあの時見た敦盛の美しい顔を思い出しながらそう思った。
この笛は、自分が守り、帰すべきところへ返すべきだ。
直実は固く心に誓うのだった。
直実と小次郎が下人を引きつれ竹林に急ぐと、5人ほどの盗賊らしきものたちが、ひとりの武者と戦っている。
「あっ!あの武者は!?」
忘れもしない、一の谷の戦いの最中突如消えた少女……もとい、平敦盛公だ。
髪は総髪にし、後ろに束ねている。
あの時の装束を着ているが、どこか雰囲気が変わっているようだ。
先行した下人どもの話では、すでに2人斬ったそうだ。
さらに驚いたことに、敦盛の後ろには、あの妙に愛嬌のある若い男が奇妙な棒を持って賊と交戦している。
「者ども、賊を討ち取れい!!」
直実は刀を抜き、追い付いた下人たちを引きつれ、竹林に突っ込んだ。
背後を疲れた盗賊どもは一人を除いて直実たちに討ち取られた。
一人は事情を聞きだすため、生かして捕え、屋敷に引き立てる。
「さて。」
刀についた血のりを、盗賊の服で吹き、刀を収めた直実は、敦盛たちの方へ体を向ける。
「平敦盛公ですな。一瞥以来です、熊谷次郎直実でござる。」
いきなり名前を当てられたのが意外だったのか、敦盛は少したじろいだが、すぐに気を取り直して直実を見た。
「熊谷殿、お久しゅうございます。」
後ろの妙な衣服を着た背の高い男が直実の方を向き、お辞儀をする。
あの時に会った、どことなく愛嬌のある顔をした若い男だ。
「まずはわが屋敷にお寄りくだされ」
直実は馬を引き、二人を屋敷へ案内した。
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