第18話 後編01 信太朗⑧
3か月はあっという間に過ぎた。
日本に戻った僕は、敦ちゃん、姉ちゃん、蛭尾教授と準備を整えた。
「それでは行ってきます。」
夜。晴れ、空には満月。
大学の駐車場。
見送りは蛭尾教授一人。
運転席には僕。助手席には姉ちゃん。
後部座席には敦ちゃんと荷物。
・キャンプ用具一式×3セット
・俺用の武器、スコープ付きクロスボウと戦闘兼用スコップ
・敦ちゃんの武器。和弓と日本刀
・その他もろもろ
重火器と電子機器はタイムスリップ時に使えなくなるらしい。
理由を聞いたが、教授の説明は毎度のごとく長く難しくて、よくわからなかった。
「では、弘子君頼むよ。現地滞在時間は約5分。その間に信太朗君と敦盛君と荷物一式を降ろし、運転席に戻りたまえ。」
「了解です、所長。すぐに戻ってきますよ。」
「信太朗君、次のタイムスリップの日にちをもう一度おさらいしよう」
「だ、大丈夫です。もうさすがに覚えました。今日が11月20日24時。迎えに行くのはちょうど60日後の1月19日24時。場所は、特異点である【青葉の笛】を持っている熊谷直実屋敷の近く」
「そうだ。間違えにくいよう満月の日にした。夜に着くようにしたのは車を見られて怪しまれないため。人にぶつかりにくいためでもある」
「了解しました」
「準備は万全だ。あとはスイッチを押すだけだ」
僕は目の前に青く光るボタンを見つめた。
前にこのボタンを押したときは、自分の運命を変えたいという想いを込めて押した。
それから8か月、敦ちゃんと出会い、一緒に過ごした。渡米しアンダーソン少佐のもとで地獄を経験した。
今の自分は、物理学の夢を絶たれて絶望した自分ではない。
以前とはボタンを押す意味が違うのだ。
「じゃあみんな、押すよ」
車内に緊張感が流れる。
姉ちゃんは小刻みに震えている。
バックミラ越しに敦ちゃんと目が合う。
8か月ぶりの武士装束姿だ。
見慣れた普段着もいいが今夜は無茶苦茶カッコいい。凛とした美しさを感じる。
敦ちゃんは俺の目線に気いた。微笑もうとしたが失敗してらしく顔をひきつらせた。
無理もない。
僕だって緊張している。
『シンタロー。戦場で死の恐怖で緊張したらこう思うんだ。心が整理された者にとって、死は次なる大いなる冒険にすぎない、ってね。』
アンダーソン少佐の言葉がよぎる。
そうだ、心を整理して冒険に行くんだ。
深呼吸し、静かにボタンを押した。
車からウィーンという機械音がして、車体全体がグラグラと揺れはじめた。
揺れは激しいが、みんなしっかりシートベルトを着けている。
次の瞬間、視界が揺れた。
青白い光。
数秒後、振動と光が同時に収まった。
--
目を開き、車内から前方を見渡す。
夜。雨は降っていない。
竹林のようだ。
僕はこうして、またこの時代に戻ってきた。
「本当に……本当にタイムスリップしたね……」
姉ちゃんがつぶやく。
タイムスリップは、姉ちゃんの研究成果でもあるんだ。感慨深いだろう。
車を降りる。
静かだ。
空には計算通り満月が光っていた。
敦ちゃんが続いて降りて、一緒に荷物を降ろす。
姉ちゃんが助手席から運転席へ移る。
静かにドアを閉める。
バタンという音が、夜の空に響く。
「じゃあ……二人とも頑張って。信太朗、しっかり敦ちゃんを守ってあげるんだよ」
「ああ、わかってる」
「死んじゃ……死んじゃ駄目だよ。信太朗」
やばい、姉ちゃんが涙声だ。僕まで泣きそうになる。
その時車からウィーンという機械音がして、車体全体がグラグラと揺れはじめた。
次の瞬間、視界が揺れた。青白い光。
車と姉ちゃんは目の前から姿を消した。
--
竹林に静寂が戻った。
「戻ってきた」
僕と敦盛が同時につぶやいた。
竹林の中を一本道が通っている。
突如。
ガサっと足を踏む音が聞こえた。
一人ではない。
「信太朗様!!」
「ああ。」
武者が十数人、小高い丘から僕たちを見下ろしていた。
距離20メートル
弓を構えるもの、槍を向けるもの。
敦ちゃんは彼らを見上げ、腰に差した刀を抜く。
「何者だ!盗賊の手合いなら立ち去るがよい。当方に用があるなら名乗り要件を言え!」
良く通る声で一喝する。
敦ちゃんカッコイイ!。
その凛々しさに美しさを感じた、ってそんな場合じゃない。
賊らしき輩はじりじりとこちらに近づいてくる。
僕はリュックサックから秘密兵器を取り出した。
折り畳み式の軍用スコップだ。
銃器が使えない状況の場合、接近戦では最強ともいわれている。
正面に構え、彼女と背中合わせになる。
不思議と恐怖はない。
そうだ、これは多いなる冒険の始まりなんだ。
「信太朗様、危ないです!」
「大丈夫!!」
賊は槍を繰り出した。僕は斜めに避け、スコップを思い切り振り下ろした。
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