第14話 前編12 蛭尾③

このころ源氏方(源頼朝を盟主として鎌倉を中心にした坂東武士集団)は、拡大路線に限界を感じ始めていた。




それには3つの理由があった。




①戦線が伸びすぎている。




 本拠である坂東・関東地方から、京までならギリギリ。それより西へは遠すぎて長期遠征は厳しい。


 物資の輸送も相当に負担だし、それによる士気の低下もはなはだしい。






②瀬戸内の平家勢力が意外に強かった。




 史実では、一の谷の戦いの後の元暦元年(1184年)には「三日平氏の乱」、「藤戸の戦い」「葦屋浦の戦い」と小さな争いがおこったが、いずれも源氏方は相当苦戦して少なからず消耗している。




 屋島や彦島の水軍を中心とした平家残党は、西日本に十分な抵抗能力があり、瀬戸内海の海賊もまだ平家よりだった。






③源氏方の目的がこの時点でほとんど達成済。




 もともと北条氏などの坂東武者たちが反乱を起こしたのは、平家滅亡が主目的ではなく、関東地方での自分たちの領土を平家や朝廷勢力を追い出しすことだ。そして自分で獲得した土地を自分の土地として、認めて保証して欲しかった。




 源氏方の武士は、京より東で平家についた武士の領土を奪い、頼朝の名前で承認されている。目的はほぼ達成済み。あとは朝廷に認めさせれば完了。






 他にも、奥州藤原氏がいつ鎌倉に攻めてくるかわからない、後白河法皇が心変わりしていつ頼朝追討の綸旨を出すかわからない。範頼の九州攻略が難航しているなど、問題だらけだ。




 頼朝の本音は、今は、停戦したい。






 ところが、源氏方で停戦に大反対している武士がいる。源義経だ。




 義経は、親の仇の平家を滅ぼせばそれでいいと思っている。


 その早急すぎる軍略で、梶原景時ら坂東武士たちともめている。




 しかし、平家討伐の功労者にして、源頼朝の実弟、後白河法皇のお気に入り。


 源義経の意思を、源氏方は無視できない。






 彼さえ倒してしまえば、源氏と平家の和議の可能性はあり得る。


 和議反対の最右翼であると同時に、源氏方最強の大将が消えれば、源氏方で戦争継続を望む声は少なくなるだろう。




 え?なんだい弘子君。




 そんな強い義経を我らがどうやって倒すかって?




 いい質問だね。




 では僕の作戦を説明しよう。




 この次に起こる大きないくさは、元暦2年(1185年)2月の「屋島の戦い」だ。




 義経が最も手薄になる、彼を討ちとるのに絶好の機会だ。


 いつもは、数千数万の兵に守られている彼だが率いる兵は、この時わずか150騎になる。




 義経は戦いの前の晩に、暴風雨の中、摂津国(今の大阪府)渡邊津から真夜中に出航する。


 まさかこんな日に奇襲はないと油断する、屋島の平家の背中から奇襲をかける。




 当然周りは大反対した。そもそも源氏方はいくさはなるべくしたくない。


 ましてやそんな危険な賭けをしてまで、今すぐ平家を滅亡させたいと願う関東武士は義経だけだ。




 梶原景時らと大喧嘩したあげく、義経の手勢150騎だけで渡海する。




 史実だと、阿波国(今の徳島県)勝浦についた義経は、油断していた地元の小豪族を打ち破り、やがて屋島の平家の背中から奇襲をする。




 海上からの攻撃にのみ備えていた平家方はあわてて船で海上に出てしまい、普通に船できた源氏方の大軍と挟み撃ちに会い、平家方の負けとなる。




 ざっくりいうとこんな感じだ。




 私の作戦は、『勝浦に上陸する義経を待ち伏せして討ち取る』これだけだ。




 奇襲が得意な義経だって、奇襲には弱いってことは彼の最期「衣川の戦い」が証明している。




 彼を倒すにはこのポイントしかない。彼が上陸した後では、阿波の小豪族を倒し、その残兵を糾合してしまい1000騎以上に増えてしまう。これでは戦の天才義経を倒すのは難しい。




 しかし、渡海で疲れ切った150騎なら?




 え?敦盛君。




 その150騎を倒すのが難しいって?




 君もこの作戦を考えたようだね。そう、それでも難しいんだよ。




 じゃあどうするか、説明するよ。




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