第9話 前編07 弘子③
・タイムマシン
車ごと、時間と空間を移動する。
一度ワームホールがつながると、その時代の「特異点」との間でしか、行き来はできない。
約90秒で強制的に現代に戻る。
特別な燃料を使うので、連続して使用できない。
・特異点
タイムトラベルに使用するワームホールは、「使用者」と、「その時代に存在する「使用者」と縁のあるもの」との間につながれる。
『その時代に存在する「使用者」と『縁(えん)』のあるもの』を特異点と呼ぶ。
・歴史の修正力
タイムマシンの乗員とのつながりの深さにもよるが、乗員と特異点以外は、数秒から数日で、記憶が修正される。
タイムマシンやその光を見たという記憶はほとんど残らない
「信太朗、敦ちゃん。以上が、タイムマシンについて現在判明した事項だ。そうですね所長」
そういうと私は蛭尾所長に顔を向けた。
「うん。付け加えると、今のところ彼女の記憶喪失の原因は、あくまでも頭部の強打によるもので、タイムスリップとは、関連性はないと推察される」
信太朗が隣の敦盛の横顔をちらりと見る。
「蛭尾教授。その話だと僕がタイムマシンの「使用者」なんですね」
「そうだね、君が「使用者」だ。途中で変えることはできない」
「今回の場合の「特異点」は何ですか。敦盛さんですか?僕と彼女に元々の『縁』があるとは思えないんですけど……」
「それは現段階では分からないが、2回目のタイムスリップが成功すれば、特定の範囲も狭まるだろう」
「最後の歴史の修正力というのがよくわからないのですが」
「信太朗君。このことに関しては全くの仮説だ。タイムスリップには二つの説がある。」
「……」
「タイムスリップして、歴史が変わるパターン。変えた事柄に応じて、元の世界も変わる。変わった世界の人は変わったこと自体に気が付かない。記憶が都合よく修正されている」
「バック・トゥ・ザ・フューチャーの世界観だね」
「まあそうだ。もうひとつは、時空にはパラレルワールドが無数にあって変えた事柄に応じて、元の世界と並行した別の世界が生まれるというものだ」
「ドラゴンボールのセル編みたいだね」
「どらごんぼーるって何ですか?」
敦盛がなぜかそこだけ質問してきたが、誰も答えない。
「敦盛さん。あとで教えるから」
「はい、信太朗様」
蛭尾所長は皆を見渡すとこう締め括った。
「まだわからない事だらけだね。いずれにしろ、敦盛君には更なる検査が必要だし、この時代にいるのなら病気対策も必要だろう。当分入院だな」
私は、不安を隠せずにいる彼女と信太朗を、ただ見守るしかなかった。
敦ちゃんは、蛭尾(ひるお)教授の紹介で病院を移し、更なる精密検査を行った。
また、1000年前にはない各種予防接種やワクチン接種が行われた。
しかし、記憶喪失は結局治らず、敦ちゃんは自分が誰かわからないままだった。
心配だ。
しかし、もっと心配なのは信太朗だ。
あいつは大学受験に失敗してから、あまりしゃべらなくなった。
目標を見失った弟に、かけてあげる言葉がなかった。
何度も、浪人して再受験を勧めたが、遠慮なのか逃げなのか断られた。
しかし、さっきの責任取る宣言といい、顔つきといい、信太朗の何かが変わったようだ。
弟が自分から離れていってしまうような。
そんな不安がよぎった。
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