第7話 前編05 信太朗③

「え……?誰だって?」




 僕は思わず聞き返した。




「平敦盛公だ。平家の武将で笛の名手」




「なんか聞いたことがあるような。あつもり。ゲームのタイトルじゃないですよね」




「……」




「すいません……で、蛭尾教授。どうしてこの子が、その……あつもり?だってわかるんですか?」




「平敦盛は、「青葉あおはの笛」「小枝さえだの笛」の二本の笛を持っていたんだ。おそらくこの笛は、その「小枝の笛」だ」




「さえだのふえ?」




「高麗こま笛ともいわれる細い管の笛だ。前に神戸旅行に行ったとき須磨寺っていうお寺で見せてもらったんだよ」




 蛭尾教授はスマホに写った笛の写真を見せる。




「それに君が一瞬見たという風景と状況。平家物語に出てくる、『一の谷の戦い』の場面だ」




 なんか聞いたことがあるような。




「この子の着ていた装束。この小枝の笛。君が見た状況から推理すると、この子は平敦盛その人だ。」




「状況ですか?」




「ああ、一の谷の戦いで、平敦盛が熊谷直実に討たれる場面は、能や幸若舞のお題になっているんだ。」




 蛭尾は、自分の推理を披露すると、口ひげを軽く撫でた。




「僕は、そこに乱入して、この子を助けちゃった。これってタイムパラドックスとか起きないんですか?」




「どうだろうね?もしかすると彼女が目を気を失ってしまったのが、その影響なのかもしれない」




「……」




「でも、笛を見ただけでそこまでわかるなんて、さすが所長、凄いですね」




「え……まあね」




 蛭尾教授がなぜか顔を赤らめる。ひょっとしてこいつ姉ちゃんのことを……。




 僕は姉ちゃんに顔を向ける。




「……でもさ姉ちゃん。教授は平家の武将って言うけど、この子って……その、女の子だよね?」




「そうだな、女性だな。そこは私にもわけがわからない……」




 蛭尾共助も姉ちゃんも黙り込む。




 僕は、ズボンのポケットからスマホをとりだし、検索してみる。




【平 敦盛たいらのあつもりは、平安時代末期の武将】




【笛の名手であり、「青葉あおはの笛」「小枝さえだの笛」の二本の名笛を所持したと言われる】




 さっきの笛がその「小枝の笛」か……。




【源平合戦の「一ノ谷の戦い」で熊谷直実くまがいなおざねに討ち取られた。】




 打ち取られた?じゃあ目の前で寝ているのは誰なんだよ。




【熊谷直実は、敦盛の顔を見て、不憫になり、命だけは助けようと思ったが、思い直し討ち取った。


 首を取ることができず、代わりに彼の兜と「青葉の笛」を持ちかえり、平敦盛であることが判明したという】




 敦盛が突然消えたから、そういうことにしたってことかな。




【直実は敦盛の笛を屋島にいる敦盛の父、平経盛たいらのつねもりの元に送り、その後出家したという】




 一瞬見えた、あの髭もじゃのおっさんが熊谷直実って奴か。見かけによらずい奴だ。




 本来敦盛は、あの場面で熊谷直実に討ち取られていた。


 そこに俺がタイムスリップしてきた。


 死ぬはずだった敦盛は生き延びて、目の前に。




 思わず全身が震えた。




 俺は……。歴史を……彼女の運命を変えちまったんだ。




 俺はどうしたらいい?あのこの子のために何ができる……。






「信太朗、どうやら目を覚ましそうだ」




 姉ちゃんの声が、僕の妄想を停止させた。


 軽く首を振り気を取り直し、少女の寝ているベッドへ駆け寄った。




 髪をおろして、病院服を着た彼女は、現代風の普通の女の子にしか見えない。


 高校生くらいだろうか?




 彼女はゆっくりと瞼を開けた。


 まつげが長い。大きい目だ。




 少しの間、天井の照明をじっと見つめていた。


 そして、ゆっくりと信太朗の顔に視線を移しじっと見つめた。




 なぜか僕の顔をみている。




 なぜか心臓が激しく鼓動した。


 彼女の眼は燃えるような緋色だった。


 その美しさに、思わず吸い込まれそうになる。




「大丈夫かい?」




 姉ちゃんが横から心配そうに声をかける。




「ここは……極楽浄土ごくらくじょうどですか?」




「え……何だって?」




 思いもしなかった第一声に俺たちはうろたえる。




「違うのですか?話に聞いたお浄土のように、まばゆい光に真白な壁。それに見たこともないお召し物」




「……」




 どうやら彼女は、死後の世界にいると思っているらしい。


 蛭尾教授が代表して説明する。




「ここは、極楽浄土ではありません。あなたは死んでいませんよ」




「えっ……では……?」




「ここにいる信太郎くんが君をここまで運んだんだ。戦で首を取られそうになった後、頭を打って気を失っていたのだよ。」




 彼女はキョトンと首を傾げた。


 可愛い……。




「まず確認したい。私の名前は蛭尾、この子は君を助けた信太朗君と姉の弘子君。君は、平敦盛さんだね?」




「……。」




「状況がわからないのは無理もない。私の研究実験のせいで、君を連れてきてしまったんだ」




「あの……」




「なんだい?」




 少女はまばたきをし、病院服の裾を両手でつかみ、こう言った。




「たいらのあつもりって誰ですか?そして、私はいったい誰なんでしょう?」

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