第6話 前編04 蛭尾①

車を駐車場に止めるとトレンチコートを羽織り、病院に入った。


 


 私の名前は蛭尾ひるお。大学の教授兼物理学研究所の所長をしている。




 私は、弘子君からあらかじめ聞いていた病室名を受付に告げると、急いでエレベーターに乗った。




 すごいことが起こった。気が競る。


 あれは、あの写真が本当なら「彼女」は……。




「蛭尾所長、お疲れさまです」




 病室に入ると弘子君が迎えた。


 いつ見ても綺麗だ。




「所長、お昼は?」




「ああ、済ませてきた」




 弘子君の横には不安そうな顔をした若い男性。どことなく弘子君に似ている端正な顔立ちだ。




「弘子君の弟の信太朗君だね。初めまして、蛭尾です」




「ど、どうも信太朗です。姉がいつもお世話に……」




「早速状況を把握したい。「彼女」は目を覚ましたかい?」




「いえまだ……。命に別状はないようですが?」




「ふむ。近づいても?」




 信太朗君は弘子君の方をちらりと見る。


 彼女がうなずく。


 ベッドの上の少女の顔をじっと見る。


 美しい少女だ。この少女があの人だとすると。


 イメージはぴったりだが……面白い。




「なにかおかしいんですか?」




 思わず微笑んでいたらしい。意外に目ざとい少年だ。




「失礼。いや、美しい少女だと思ってね」




 病室を見渡し、彼女の来ていた服と持ち物を手に取る。




「弘子君。これが例の笛かね」




「はい、所長」




 病室内の椅子に腰かけると、口ひげをなでた。




 信太朗君は不安そうで、しきりに貧乏ゆすりをしている。


 彼の不安が限界する前に話をしよう。信じてもらえるかな?




「信太郎君、今の時点でわかっていることが3つある。」




 私は赤い絹袋の中から横笛をそっと取り出す。




「まず一つ目。例の車につけた装置、タイムマシンは、私と弘子君で開発途中のものだ。試作品を弘子君の車に取り付けてある。起動させないように伝えておいたのだが……。」




「「すいません!」」




 姉弟が同時に謝罪する。




「いや。私もまさか本当に発動するとは思ってなかったからね。」




「え?」




「いや。えっとまず一つ目。あの装置はタイムマシンだ。そしていつの時代にでも行けるものではなく、同じ時代にしか行けない。」




「行先は固定されているということですか?」




「そう。二つ目。この装置を動かすには、特別な燃料がいる、それはすぐに手に入るものじゃない。装置の調整にも日数がかかる。」




「すぐにはこの子を返してあげられないのですね」




「三つ目だが……」




 私は傍らの少女と笛をもう一度見た。




「この子は、平安時代末の武将。平家の公達。平敦盛だ」


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