第19話:鈴木小路家、始動

 この藤玉輪とうぎょくりん学院の警備を担当する『ベルロード安全保障』は、鈴木小路すずきこうじ家傘下の警備会社である。


 一部の人間しか知らないことだが、この学校には至るところに監視ぼうはんカメラが仕掛けられている。2年A組で何が起きているのか、鈴木小路家には筒抜けだったのだ。


 後は多くを語る必要は無いだろう。

 完全装備した屈強な警備員たちは、ターゲットがいる教室にスタングレネードを投げ込んだ。


 スタジオ並の遮音性を持つ教室の中から、轟音による震動…… 人間が意識を失う130デシベル、その10万倍の音エネルギーが内部を蹂躙する。

 さすがに隣のクラスも異変を感じただろう。だが、彼らが様子を見に来たとしても、その時には全ての状況が終了している予定だ。

 一呼吸の後、再び引き戸を開け放った警備員たちは、各々の手にネットガンやテーザー銃を構えて、教室の前後2か所の入り口から一斉に突入し……




「何なの、お前ら?」




 ……ようとした瞬間に、全員殴り倒されていた。




 スタングレネードの威力は確かで、教室の中にいた者は全員目を回して前後不覚に陥っていた…… 肝心の、ターゲット一人を除いて。

 何故だ。分からない。何がどうなったのか。


 4人1組が2班、計8名から成る屈強なヤクザの群れは、プロの軍人から薫陶を受けた本物の対人制圧能力をもつ。軍の特殊部隊と比べるならともかく、そこらのバイト警備員とは明らかに次元が違う。

 中学生1人に手足を叩き折られ、一瞬で無力化されていい人材ではない。


「か……! は……!」

「警備員さん達が俺に何の用? 校内で暴力事件が起こってたのに何もしてこなかった無能の集まりが、今更差々しゃしゃり出てきて何する気? かたよった仕事してるとにするぞ、ハイエナ怪人共」


 ボディアーマーをボディブローで粉砕した少年の手が首筋にかかる。払い除けようにも、手足は明後日の方へ折れ曲がったままだ。万一に備えて実弾を込めたPDWまで用意していたが、もう抜くことも出来なくなってしまった。


 有り得ない。

 あの水津流わかを一瞬で制圧した程の化物が相手だ。油断なく万全の準備を整えて襲撃した。それが……どうしてこうなった?


 隊長は…… 隊長はどうした?


 自分ら8人は鈴木小路一家の精鋭というわけではない。所詮は学校の警備だ。そもそも学校には水津流わかがいるわけで、教室にテロリストが乱入したって佐藤院絢梧には傷一つ付けられやしないだろう。装備も人材も、暗殺部隊や当主の近衛兵に比べればワンランク低い。


 だが、隊長は…… アレは違う。


 アレが学校なんぞに配置された理由は、水津流わかの教官だからだ。

 中東とアフリカを中心に、メキシコ麻薬戦争から露・宇紛争までホクホク顔で練り歩き、値下がりした命を殺しまくって来た奇矯稀代の人面夜叉。

 異様な生き様と異常な戦闘力を見込まれ、水津流わかを完成させるために大枚をはたいて招かれたアレは、あの刑事を……圧力に屈しない上にやたら腕の立つ、厄介極まりなかったアイツをあっという間に血祭りに上げた。暴力団同士の抗争や県警の機動隊などは欠伸あくび混じりに制圧して見せ、子供の遊びと吐き捨てた。

 強者つわもの、達人と一目置かれていた組員も、アレの動きを目の当たりにした時は、『天才とかそういうレベルじゃない。人を殺すために生まれた、人とは違う生き物だ』と震え上がったものだ。

 あのバケモノがやられるはずがない。不甲斐ない話ではあるが、バケモノはバケモノに任せ……




「あ…… あなたは、何……?」




 血反吐の混じったソプラノが聞こえた。

 長い銀髪と、真っ赤な血が、リノリウムに広がっている。


 どう見ても女子高生くらいの年頃にしか見えない、可憐な美貌の少女が廊下を舐めていた。

 愛銃を握った右腕が、太股にナイフを仕込んだ右脚が、胴体と引き離されて虚しく転がっている。




 ………………………………は………………………………?




「お前こそ……なんだ? 死骸? 生ゴミ? え、鉄クズ? 瓦楽多ガラクタ? こんなん初めて見たぞ」


 日辻川良太が、ゆっくりと彼女に近づいていく。

 何事かを呟きながら、きたない物でも見るような目で。


「……お前、何人殺した? 何人不幸にしてきたらそうなる?」

「そういうの、興味無い。それより、貴方は……」

「うわっ!? 何か出て来た!?」


 次の瞬間。


 ぐしゃっ、と言う音がして、日辻川良太は美少女の頭を…… 隊長の頭蓋を、踏み潰していた。

 銀髪の死神、血華けっかの妖精、殺戮の天使、アナト、カーリー…… 幾つもの国で、幾つもの異名で呼ばれた最強の傭兵は、血と脳漿と脳味噌を中学校の廊下にブチ撒けてそれきり二度と動かなくなった。


「なんなんだこいつ…… 気持ち悪ぃ。こんなバケモンもいるのかよ……」


 心底忌々しに、獣が唸るような声で、良太はそう吐き捨てた。




 こんな


 こんな化物も……いるのか。




 組員達は折られた手足の痛みも忘れ、どう見ても中学生にしか見えない少年を呆然と見上げた。


「おい、ハイエナ人間共」


 冗談じゃない。強すぎる。 


「俺んにお前らの仲間が向かってるって本当か?」




 何で知ってる!?




 強いなんてモンじゃない。ワケが分からない。こいつは理解を超えている。正真正銘、本物のバケモノだ。

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