第18話:今日のホームルーム
「しゅ、出欠を、確認するっ…… み、みんな、席に着くようにっ……」
担任は見て見ぬ振りをすることを選んだ。
校長からは、日辻川良太を生徒指導室に呼び出すように命令を受けているし、腕を失くした生徒は一刻も早く適切な治療を受けさせる必要があるだろう。
それでも、哀れな羊は良太に従わざるを得なかった。
これ以上良太を刺激すれば、身重の妻を差し置いて入院することになるだろう。そんな訳にはいかないのだ。
「ほら、席に着けってよ」
良太の言葉に、腰を抜かしていた生徒達が、死に物狂いで椅子に這い上がる。
腹を抑えたままで未だに身動きならない生徒もいたが、担任は何も言わずに生徒を数えた。
「宍野……
「は? あいつ連絡してねーの? 何やってんだ。スマホ持ってんのに」
良太が発言する
「あいつは休むんじゃねーの? 足折って目ぇ潰したからな。それで学校来るほど根性ないだろ」
誰も嘘とは思わなかった。
担任は、そうか、の一言を絞り出すまでに、30回ほど口を開けては閉じることを繰り返した。
「田中寺くん…… 御高橋くん…… 神渡辺さん…… の3人は…… 今日は休みだ…… ほ、他に体調の悪い人は、いない、な?」
一人を除いて誰もが具合悪そうな顔をしているが、誰も手を挙げなかった。
体調が悪いどころか腕を
きーんこーんかーんこーん
居心地の悪すぎる沈黙の中、本鈴が鳴る。
「そ、それでは、朝のホームルームを始めるぞ…… ご、号令」
「き、起立っ」
本日の日直が上ずった声で号令をかけると、生徒たちが椅子を引く音を立てながら震える足で立ち上がり……
「ぐぁっ!?」
「ひぎっ!?」
「あがっ!?」
ゴッ、と鈍い音がして、起立した生徒たちが次々と膝から崩れるように着席していく。
担任は見た。いや、よく見えなかったし、意味も分からなかったのだが。
良太が、立ち上がった生徒達の椅子を、後ろから蹴り込んだのだ。恐ろしい速さで教室中を移動し、20人近い生徒の20脚近い椅子を、一瞬のうちに。
人間があんなに速く動けるものか?
自分の感覚が、認識が、おかしくなっているだけか? 幻覚? 夢?
「つまんねーの。何でお前ら、こんなんで笑ってたんだ? なー
心底つまらなそうに良太はそう言って、後ろの席の男子生徒に話しかける。
「ひっ…… ご、ごめん……! 本当にごめん……!」
椅子に腰が乗ったまま床に倒れ、変な姿勢で斜めになっていた御佐々木は…… 今まで何度も良太の椅子を後ろから蹴って来た佐藤院の手下の一人は…… 涙目になりながら、
「いや、そういうのいいから。何で笑ってたのかって聞いてんだよ、
「ヒィッ…… ちがっ…… ちがっ…… ごめっ…… ごぇッ……」
そりゃ、笑うだろ。バカがいたら。
佐藤院サマに逆らうような頭悪いガキは笑われて当然だろ。そんなバカが学校の成績だけはトップだなんてなおさら滑稽だろ。バカなガキが女にフラれて、虐められて。道化じゃなくてなんなんだよ。
「あー、なるほど。劣等感ね。そりゃ、俺がやっても
「!!!?」
もう何度目になるだろう。日辻川良太に絶句させられるのは。
切って捨てられた。端的に、傲慢に。惨めに倒れた自分を、遥かな高みから見下ろされた。
汚辱、屈辱、恥辱…… そして、良太の言う通りの、強烈な劣等感。
ボロボロと涙を溢れさせた彼を、誰も助け起こそうとはしなかった。皆、自分の痛みを
「い、以上でホームルームを終わルッ」
担任教師は裏返った声でそう言うと、見て見ぬ振りをしながら逃げるように教室を後にしようとして……
……突然、教室の引き戸が
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