2話
電車で帰宅し、バイトをしてない俺は、パソコンを開きレポート課題を進めることにした。
パソコン自体にあまり慣れていなかった俺は、ぎこちないタイピングで課題を進めている時だった。パソコンの側に置いてあったスマホから聞き慣れた通知音がした。
その音に反応した俺は、スマホを手にしLINEを開く。
義杵:「二人は、どの時間の電車に乗ってんの?」
ほんの数時間前にLINEを交換し、初めて来た内容がこの一文だった。翌日に何が起こるか知らない俺は、ありのままを答えた。
志優「この時間に乗ってるけど、それがどうかしたか?」
時刻表をスクショし、どの時間帯に乗るかを伝えた。その後はスマホを机に置き、課題に取り組む。
深くは考えはしなかったが、その日義杵から返信が来ることは一度もなかった...
○
「今日は、午前中で終わるし楽だよなー」
「そうか?一限の英語がある時点で最悪なんだが...」
翌日の朝、俺と旺太は、いつもの電車が駅のホームに来るのを待っていた。
旺太は、英語が苦手という訳で無く、「教授の出した問題に対し、当てられた生徒は答えないといけない」という半強制的な理不尽が苦手なだけだ。
いつものように、くだらない会話をしながら電車を待っていると駅のアナウンスから俺たちが乗る電車が到着することが知らされる。
いつも電車は、1時間に2、3本しかないため通勤・通学ラッシュでいっつも満員電車となってしまう。そして今回も同様、車内は人混みだった。電車は停車し、開閉口が開くと数人が電車を降りる。降りて来ないのを確認し、乗ろうとした時だった...
「おはよ」
何事かと思い、挨拶された方へ顔を傾けるとそこにいたのは、義杵だった。
「はっ....?」
「お前何で此処に居んの?」
俺と旺太は驚きのあまり、立ち止まってしまう。だが、後ろに並んで居る人達がいたので直ぐに乗車した。
電車に揺られながら俺が考えたのは「どうして此処に居るんだ?」の一言しか思い浮かばなかった。大学から最寄りの駅までは、たった3分で到着する。その間に昨日のことを振り返りLINEのやり取りを思い出す。
大学の最寄りの駅へ到着し、旺太は義杵に話かける。
「確か、義杵って自転車じゃ無かったのか?」
「電車に乗る時間コイツに教えて貰ったんだよ」
コイツと呼んでいるのは多分俺のことだろう。俺自身は義杵の名前を覚えているのに対し、あまり仲良くもない男からコイツ呼ばわりされるのはムカつく。
「あのさ、俺の名前くらい覚えろよ。」
少しだけ、怒り気味に言うと義杵は無愛想に返答してくる。
「覚え辛いんだよお前の名前って」
そう言われた俺は、隣に居る旺太の名前を覚えているか確認する。
「それなら、俺の隣にいる奴の名前は?」
「確か、旺太だろ」
「何で、旺太の方は覚えてんだよ...」
「だって、旺太の方が覚えやすいからな」
正直、理由を聞いた時点で呆れてしまった。これ以上何を言ってもどうしようも出来ないと感じた俺は諦め、学校へ歩みを進めた。
大学に到着し、教室にバッグを置くと義杵は直ぐにトイレへ向かった。旺太と俺の二人だけになると、
「なんか、やっぱり変わってるよな」
「まぁ、名前覚えられてなかったのはムカついたけど、まだ会ったばかりだし、しょうがないんじゃないか?」
「そう言うもんか?」
「そうなんじゃね?俺も分からんけど...」
でも今思い返せば、アイツの狂気じみた行動は沢山あった。昨日に話したばかりの相手をコイツ呼ばわりし、LINEで時刻表まで送ったにも関わらず、礼の一言もなし...
この頃の俺は、現実から目を背けたかったんだと思う。
俺と関わる奴は、普通の人間だ。アニメや漫画のような狂った人間は、居ないんだって心の中で縛り付けていたんだ。
○
その日から、三人で居る時間の方が多くなった。
義杵が俺の名前を覚えるまで1週間ほど掛かったが、それ以外は特に問題もなく過ごせて居た。
そして、一ヶ月程が経ち、この三人で居る環境を少しだけ変化させたのは義杵のある一言から始まった。
「二人のどっちかで良いから夜勤バイトせん?」
義杵から話を聞き要約すると、人員が足らずホテルを回していくのは難しいとのこと。
「もしバイトに入ってくれたら、支配人が紹介した人とされた人に2万円ずつ渡すらしいからさ」
その話を聞いても俺はバイトをする気にはなれなかった。まず夜勤バイト自体興味が無いと言うこともあるのだが、それ以上にバイト先までの距離が遠かった。
「俺はパスする」
俺は答えたから後は、旺太だ。大学に入学してからずっと、「良いバイト先が見つからない」と言っていたが、何て答えるのだろうか?
「そのホテル昇給制度あるか?」
「あー、バイトアプリにはあるって書いてたな」
少しの間黙り込んで悩み出した答えは、
「2万貰えるし、昇給制度もあるんなら、面接するか」
そう旺太が口にすると義杵は、スマホを開き直ぐに誰かに電話を掛けているようだった。
午前で講義が終わり、電車に乗る時間までまだ時間があった為、電話が終わるのを待つことにした。
聞こえてくる内容からして、さっき言っていたバイト先なんだろうけど、どんな会話をしているのか俺も旺太も分からなかった。
数分して、義杵はスマホを耳から離し、通話を切った。
「何話してたんだ?」
「旺太って、これから暇か?」
「暇だけど、それがどうかしたか?」
俺の言葉はシカトされてしまった。だが、この会話の流れからして俺は蚊帳の外だと感じ、話を遮るのを覚悟で切り出す。
「そういえば、本屋寄って帰るんだったわ。新刊の在庫確認しに行くから先に帰るな。」
俺は、それだけを告げ二人の元から離れた。
さっき言った本屋に行くこと自体嘘で、正直に言えば、あの場に残ったとしても居心地が悪い気がした。
...結局、電車が来るまでには二人とも帰って来なかった....
少し不気味に感じた俺は、旺太にLINEをする。
志優:「電車、間に合わんかったけど何かあった?」
このLINEを送り、俺は電車の中へ乗り込む。
そして、その返信が来たのは、送ってから4時間後だった。
「面接行ってた」
この一文だけ見た俺は、旺太の意図が理解できず、「?」を思い浮かべている白いキャラクタースタンプを送る。すると直ぐに既読がつき返信を待つ。
「義杵から、「バイトの面接今から行くぞ」って言われて履歴書も持たず面接に行った」
「履歴書不要な、バイト先ってあるんだな」
バイト経験の無い俺は、このようなことに関しては無知だった。
「面接中に、履歴書書かされた」
ますます意味が分からなかった。俺の中にあった面接の定義が崩れてしまった。だが、考えたところで無駄だと感じた為、主題は変えず少しだけ話の路線を変えてみることにした。
「でっ、合否はいつなんだ?」
「その場で即合格だった」
「...?」
もう、思考すること自体を放棄してしまった。LINEの会話はそこで終了し、俺は一人で黙々とバイトの面接に関して調べることにした。
だが...そんな面接の仕方は記されておらず、不安な気持ちが膨れ上がってしまった。
寄生人 ふゆつき @tukasawa
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