第7話 魑魅魍魎 - 跋扈
「キャーーー!!!」
崖下から聞こえてくる叫び声。
声の主はさやかだ。ロボットアームを掴む形で輸送してもらっている彼女の姿は、事情を知らなければどこかへ連れていかれているようにしか見えない。
一気に上空へ飛び出したシエラは、物理法則を取り戻すようにゆっくりと停止。そのままふわふわと綿毛のような速度でわたしの元へと降り立つ。
「シエラちゃんありがとう!!すっごく楽しかった!」
「よゆー。何回でも任せてほしい」
「さやかちゃんはどうだった?」
「はぁ……はぁ……落ちるのはともかく、上がるのは初めての経験です……貴重な経験になりましたありがとうございます……ウプッ」
語気を強めてそう主張するさやかは、そのまま口を抑えて崖際へと走って行ってしまう。──何も言うまい。
「お花、どこ?」
「ええっと、確か崖沿いに進んですぐだったハズ……」
千葉12の高台エリアは樹木もまばらな草原だ。
崖下に見える森とは打って変わり、目の前には平原が広がり、日差しを遮るものがないからか、足元の草花は背が高く育っている。
このままサクサク進んじゃってもいいけど──。
「さやかちゃーん!だいじょーぶー!?」
離れたところにいるロングヘアの少女に声をかける。彼女はしきりに手を振った。どうやら大丈夫じゃないらしい。
「さやかちゃんまだ気分悪いみたい。もうちょっと休んだらみんなでいこっ!」
「ん、わかった」
さやかの気分が落ち着き、探検を再開できたのはそれから数分後のことだった。
◆◆◆
視界の端に目的地が見えてくる。遮るもののない丸見えの地形なので、この距離からでもすぐわかった。
「うわぁ~!」
近くで見るその光景は、まるで地上の海。
一面に広がる青い花畑は、そよ風に揺られ波打っている。迷宮外だと観光地化必死なこの光景も、探検家のわたし達なら好きな時に独り占めできるのだ。
そんな光景を見て、シエラは興味津々といった風に目を輝かせている。
「お気に入りの場所なんだよね。あんまり来る機会はないけど」
「すごい。シエラ、ここに住みたい」
「気に入ってくれて何よりだけど、流石に住むには危ないかな!」
低レベルとはいえここは迷宮。魔物に天気と危ない要素は盛沢山だからね。
「じゃあ、せめてちょっとだけ飛んできたい。ダメ?」
「それは全然オッケーだよ!あ、でもあんまり遠くに行かないでね!」
頷いたシエラはそのまま大きく羽を羽ばたかせる。彼女の起こす風で周囲には
隣に立つさやかも、飛び立つシエラを見つめている。
「──」
「さーやかちゃん!」
「どうしましたか」
「なんだか顔が怖かったからさ」
さやかはなにも言わなかった。
わたしは彼女の横に座り、地面をぽんぽんと叩く。意図を察してくれたさやかが、すぐ隣に腰を下ろした。
「……さやかちゃん、なんでシエラちゃんの名前呼ばないの?」
「気づいていましたか……」
さやかがはぁ、とため息をつく。
さやかはシエラのことを名前が分かった後も一貫して『あなた』と呼んでいたように思う。なんとなく距離を感じる言い回し。わざわざやっているのなら、その理由はそのまま距離を取るためだろう。
「名前を呼ぶと情が沸いてしまう気がしたので」
「なんで?それっていいことじゃん」
「ほのかは随分と買っていますが……やはり私は彼女を信頼することができません。大人しく見えるのも人に近づくため、人に擬態しているだけ、という可能性は否定できません」
「さやかちゃん、それは……」
「分かっています。恐らくそんなことはありません。彼女の精神構造は私達と同じ、ただの幼い少女なのでしょう」
さやかの長い髪が風にたなびく。
「ただ、万が一、ということもあります。もし彼女が敵、あるいはそれに類するものだった時、私は自分が止めなかったことを後悔したくないのです」
「……」
さやかの考えは、多分わたしと同じだ。
わたしは後悔しないためにシエラを助けた。それと同じように、さやかは『助けない』ことで後悔をしないようにしている。だからわたしは、さやかの考えを否定することはできない。
「さやかちゃんの考え、なんとなくわかるよ。あの子を助けたのもわたしのワガママだったもんね」
けど──。
「けど、それとこれとは話が別じゃないかな~」
「それとこれ、とは?」
「さやかちゃんがシエラちゃんを信頼できないのは仕方ないよ?けど、冷たくされたら傷つくし、仲良く出来たら嬉しいもん。信頼できるかどうかは、これから一緒に過ごしながら、少しずつ確かめていけばいいんじゃないかな」
スタンスが対立している手前、あんまり偉そうなことをいうのも変だけど、わたしとしては2人にも仲良くしてもらいたいというのが本音だ。それを告げるぐらいは……いいよね?
「善処します……」
さやかの静かな言葉、それを聞いた直後、タイミングよくシエラが降りてくる。空を飛ぶのがよほど気持ちよかったのか、彼女は体を伸ばして日の光を浴びていた。
「なにか話してた?」
「シエラちゃんとも~っと仲良くなりたいなって、ね!」
「……そろそろ頃合いです。魔法の確認をしましょう」
言外の主張は、残念ながら無視されてしまう。さやかは少し先に歩いて行ってしまった。
「いきますよ。ほのか、シエラ」
「~~っ!うん!」
「?」
少しだけ進展した2人の関係性。本人は首を傾げてたけど、それを感じたわたしはなんとなく胸が温かくなったのだった。
◆◆◆
「それではひとまず、あちらの
「ん、わかった」
少し離れたところから届くさやかの声。
彼女の指差す先には角ばった木が生えており、その幹には現在、持参したダーツ版が掛けられていた。要は攻撃魔法であれを狙おう!というわけである。
シエラの顔はやる気に満ち溢れている。
わざわざ迷宮まで来たのは、彼女の使える魔法を確認するためでもある。部員として本格的に迷宮に潜るならなにが出来るのかは把握しておきたい。そうでなくても、相互理解は仲を深める絶好の機会になる。
部室での彼女は少し衰弱してたけど、今はそれも回復している。もし威力の加減が出来なくても、迷宮内ならだれにも迷惑かけない。
「大丈夫?できそう?」
シエラは病み上がり。
魔法を使う時は心身ともに健康であることが望ましいとされている。迷宮でそんなこと言ってる暇ないでしょ!って思うけど、されているものはされている。少女の方を見ると、期待してほしいとでもいうように首をこくりと縦に振っていた。
「じゃあ、やる」
少女が目を閉じる。集中が強まるにつれ、細身の体から魔力が溢れ始めた。流れ出る力の奔流が、近くに落ちる木の葉を散らし──。
「……ってあれ?」
ふいに近くの草原がざわつく。同時に感じる魔物の気配。
──草原の遠くの方に、なにやら土煙が立ち上っているのが見えた。入口とは逆の方向、迷宮の奥から、何かがこちらへ猛スピードで駆けてきている。
「シエラちゃんごめん!一旦ストップ!」
「ん、どうしたの?」
「なんか魔物が向こうから来てる!さやかちゃん!」
「双眼鏡があります。木の上からなら十分見えるでしょう」
「ばっちこい!」
木登りは得意だ。
さやかから投げ渡された双眼鏡を片手に、わたしはすぐさま近くの木を駆け上がる。土煙の方を覗くと、牛型の魔物が数匹、まっすぐこちらに駆けてきているのが見えた。
「珍しいな〜」
「ほのか、どうしたの?」
「うわ!シエラちゃん!近ッ!」
びっくりした~……。
双眼鏡から目を離すとすぐ隣にシエラの顔があった。シエラからしたら低木ぐらいひとっとびだよね。翡翠色の瞳が不思議そうにこちらを覗いている。
「えっとね、牛さんの魔物がこっち来てるんだけど、なんだか様子がおかしいの」
「ん、おかしいって」
「普段はもっと大人しいはずなんだよね」
あの牛は【
話を聞いたシエラが土煙の向こうへと目を細める。
「魔物達の後ろ、何かいる」
「え!?見えるの!!?」
シエラがこくりと頷くので、わたしはもう一度双眼鏡を覗いてみる。さっきは土煙で見えなかったけど、距離が縮まった今なら──。
「あ!あれ
「【
木の下へさやかが歩み寄って来てくれる。
「初心者パーティには荷が重いですが、あれの本体は植物なので炎に弱いです。魔法を使えれば問題になりません」
「そうだね。わたしが行ってパパっと──」
「ほのか」
シエラに呼び止められる。
「シエラにやらせて欲しい」
「え?でもシエラちゃん迷宮での戦闘慣れてないし、炎魔法だって……」
「いいんじゃないですか?」
「さやかちゃん!?」
意外っ!てっきりさやかちゃんは止めるものだとばかり……。
本人もそれに自覚はあるのか、すぐに理由を教えてくれる。
「今はちょうど彼女の実力を見ているところです。的に魔法を使うだけと言うのも実態に即しているとは言えませんし、実戦環境の方が参考にもなります」
「それはそうだけどさぁ〜!」
この迷宮に入り浸っているわたし達からすれば、
けどシエラにとってはそうじゃない。
「そもそもシエラちゃん、なんで戦いたいの?逃げるって選択もあるよ?」
質問を聞いたシエラがさやかへ目を向ける。
「迷宮は、ほのか達と一緒じゃなくても入れる?」
「無理ですね。免許が無いと本来迷宮には立ち入れません」
さやかのいう通り、本来迷宮に潜るには免許が必要だ。今回は誤魔化せたけど、本当ならもっとちゃんとした手続きがいる。
「シエラ、早くお姉ちゃんを探しに行きたい。そのために早くほのか達に認められたい。だから、シエラはあの魔物を倒してシエラの強さを証明する」
「うーん……」
シエラのモチベは否定しにくい。姉を探したいという気持ちも、そのためにわたし達に認められたいという気持ちも、どちらも尊重されるべき感情だ。正直その気持ちも分かっちゃうし……。
さやかの方を見ると、彼女はわたしを見て苦笑していた。なるほど!さやかちゃんいつもこんな気持ちなんだね!
「も〜わかったよ!危ないと思ったらすぐ止めるからね!」
「ん、それでいい」
話し終えた直後、わたし達の隣を何かが駆け抜けていく。
逃げていた
それらが過ぎ去った後、少し遅れて姿を現したのは異形の怪物。
「大きい……」
「シエラちゃん!無理しないでよ本当に!」
「頑張る」
決意を発したシエラが魔物と対峙。
目の前のシエラを獲物と認識したのか、蔦の動きが一瞬静止する。
「来ます!」
伸縮する蔦が勢いよくシエラに飛びかかる。まるで植物とは思えない速度のそれを、彼女は上空に跳躍することで回避した。
「すごい!」
「よゆー」
飛び上がったシエラは、下方から迫り来る蔦をその鋭い爪で切り裂いていく。
剣と打ち合えるほどの硬度。植物を手折るぐらい訳ないだろう。しかし、攻撃をよけられ触手を切り飛ばされながらも食大蔦は攻撃の手を緩めない。
──唐突に
直後に花弁の中から放たれた岩の砲弾。下方からの攻撃に気がいっているシエラは、その攻撃に気づかなかった。
「あれは!?」
「シエラちゃん!!避けて!!」
まずい!!
わたしは剣を抜いて走り出した時、砲弾は既にシエラに命中していた。食大蔦が魔法を使ったのだ。
──魔物の全体でも、魔法を使う個体は1割程度。
初心者用に近いこの迷宮で、魔法を使える個体はほとんどいない。完全に油断してた。
せめて急所だけは回避していて欲しい、そう思いシエラの方を見て──。
「【
──透き通る声が響いた。
一迅の風が目の前を過ぎ去っていく。
直後、
「え」
既に朽ちかけていたその体は、支えを失ったことで倒れ伏す。呆気ない決着。意外な最後にわたしは一瞬言葉を失う。少しして気を持ち直したわたしは、急いでシエラの元へ駆け寄った。
「し、シエラちゃん!大丈夫!?」
「ん、問題ない」
魔法が直撃した筈の彼女が、なんの怪我も無くそこにいた。魔物を倒した彼女の表情は、心なしか少し自慢げに見える。
「シエラちゃん、その、怪我とかは!?さっき魔法を……」
「ん、シエラの翼、魔法効かない。あれぐらいへっちゃら」
「な、なるほど……確かに汚れも弾けそう」
シエラが広げた羽は、未だ一切の汚れなく純白を保っている。
「……食大蔦を倒した攻撃はどのように?」
「?シエラの魔法で攻撃した。これなら牛さんの部分傷つけずに済む。かんぺき」
「えぇっと、シエラちゃん、そういうことじゃなくてね──」
さやかの言いたいことはわかる。
魔法を使ったのはわかる。けど、どんな魔法を使ったのかがわからないのだ。
あの壊れ方は、なにかを命中させたというより、まるで巨大な腕で握りつぶしたみたいに見える。その証拠に、球根が粉々になる威力にもかかわらず、牛の損傷は古いものばかりだ。単純に正面から攻撃を当てただけならこうはならないはず。
それを聞くとシエラは不思議そうに首を傾げた。
「ほのか、シエラの魔法見たかったんじゃ、ない?」
「そうだよ。どんな魔法使えるのかなって思ったんだけど、全然見たことない魔法だったからびっくりしちゃって……」
「?シエラの魔法、ほのかは見たことないはず。知らないの当たり前」
きょとんとするシエラ、そこに感じる違和感。会話が絶妙に噛み合ってない感じ。同じ言葉を話してるのに、お互いに違う意味で捉えてるようなズレ。
会話を聞いていたさやかが、徐に手を上げる。
「私に一つ、仮説があります。ただ、かえでにも聞いてほしいので今日のところは一旦雪蛍荘に戻りませんか?」
「いいと思う。シエラちゃんは?」
「ん、大丈夫」
……先を行く2人を見て思う。
シエラの使った得体のしれない魔法。これは革命だ。
誰も知らない攻撃魔法の存在。
これがもしほかの人に知られたら、シエラはどう見られるのか?そんな当たり前の問題が、今更ながら脳裏をよぎる。
本当に気を付けないとな……と、わたしは改めて気を引き締めるのだった。
◆◆◆
「知らない魔法ねぇ。あーしはようわからんけど」
「魔法そのものの内容より、知られていない、という事実が問題なんです」
晩御飯のカレーを配膳しながら、さやかが反論している。
迷宮内では日が沈まない。
千葉12はずっと昼なのでよくわからなかったけど、外はもう夕日が落ちる頃だった。周囲の目に気を配りながら雪蛍層に帰宅した後、すぐに晩御飯の用意を始める。就寝時間が早いぶん、夕飯の用意も早いのだ。
「これまで私たちは彼女の見た目に気を配ればよいと考えていました。しかし、彼女の魔法は一般的に知られたものではありません。これは迷宮での戦闘にすら身バレの危険が生まれたということです」
「まあんあなこと言うたら服破けるなり焼けるなり、衣装が壊れてまう危険もあるやろ。あ、部長牛乳パス」
「はい!かえでちゃん!」
わたしは冷蔵庫から牛乳瓶を出してかえでに渡してあげた。
かえでは食事時、お茶の代わりに牛乳を飲んでいる。前に珍しいね~と言ったら、「普通に好きで飲んどるだけやから!背伸ばしたいとかやないから!!」と大声で主張された。別になにも責めてないよ!
「ほんじゃ、いただきます」
「「「いただきます」」」
隣に座るシエラが両手(翼?)を合わせていただきますをする。
シエラの横にはさやか謹製のロボットアームが生えている。さやかの技術力で作られているので、ぱっと見では殆ど人間の腕と見分けがつかないぐらいなんだけど、逆にリアルすぎてちょっと……。
案の定、横目に見たかえでが口元を引き攣らせている。
「いややっぱ怖いやろそれ!なにを思って作ったん!??」
「研究していると食事をとる時間ももったいないですから。どうせ借りるなら猫の手よりも人の手でしょう?」
「肌の質感デフォルメしてほしいわ……」
「ところで、話を戻しますが」
さやかがコホンと咳ばらいして口を開く。かえでちゃんごめんね。
「シエラの使った魔法についてです。先日部室で使っていた魔法は普通の【
「ん。とーぜん。あの魔法使えるの、シエラとお姉ちゃんだけ」
シエラが自慢げに胸を張る。
珍しい魔法、という意味では、既存の魔法を各々が発展させた【拡張魔法】がある。これは元の魔法からできることの範囲を広げたもので、例えばわたしの【付与魔法】も厳密には【
けど、それはあくまで元の延長。シエラの魔法は風魔法でできることを大きく超えている……気がする。
「やっぱりシエラちゃんの魔法すごいんだね!」
「ほんで?なんかわかったんか?」
「あくまで推測ですが……」
さやかがコップの中身を飲み干す。一拍置いて彼女は話し始めた。
「似たような魔法が存在することから、シエラの世界の魔法と私たちの知っている魔法は同じ原理で働いてると予想できます。ただ、これらはそれぞれ学習の方向性が違うのではないでしょうか?」
「方向性?」
「はい。私たちは【
確かに、魔法は大体誰が使っても強い。
使える回数に差はあれど、たとえ一度きりだとしてもあるのとないのでは取れる行動にかなりの差が出る。
「対して、彼女の使う魔法は彼女という個人に最適化された魔法の様に思います。彼女の集落が何人規模なのかは知りませんが、その中ですら使い手が限られるというならば、まともに継承されているものでもないのでしょう」
「む。なんかやな感じ」
「いらん棘出すのやめぇや」
シエラが不満げに頬を膨らませてる。
う~んなんか頭がこんがらがってきたよ……。
「つまり……どういうこと!?」
「カレーはみんな大好きやけど、激辛カレーは人選ぶとかそんなような話やろ?」
「なるほど~!」
「シエラ、辛いの苦手」
「例えやから気にせんといて」
かえでの言葉を聞き、シエラはアームの差し出したカレーを頬張った。もちろん味は普通のカレーなので、美味しそうに食べている。
例えのおかげで、さやかの言うことは大体わかった……気がする。
わたし達の魔法はみんなが大好きな普通のカレーだけど、シエラは激辛カレーの方が好みに合うってことだね。
「とにかく、彼女の魔法の固有性が高いことは間違いありません」
「せやからあんまり魔法使うなっちゅう話やろ?」
「それもそうなのですが、身バレに関してはもう一つ気になることがあります」
これが本命とでもいうようにさやかは目元を鋭くする。
「彼女はもともと敵に追われ逃げてきた身です。魔法を見られたとしても、他の探検家であればある程度誤魔化しも効きます。しかし、もし彼女が未だ追われていた場合、魔法を見られれば追っ手との衝突は必至でしょう」
「それは確かにそうやな」
さやかの言葉を聞き、シエラは俯いていた。
わたしもその可能性は考えていた。
シエラは傷を負って倒れてたけど、魔法を使える彼女がそのような事態になるというのは相応に危険な出来事があったからに他ならない。そして、彼女の住む集落が襲われた事実。シエラから直接聞いたわけじゃないけど、わたし達の間ではそれは半ば事実として認識されている。
つまり、シエラがまだ【魔王軍】に追われている可能性。
「……シエラ、何回も魔王軍に襲われてる」
わたし達の想像は、本人によって肯定される。部室で戦った時、彼女は多対一に慣れているように見えた。あれも魔王軍から追われた時の経験によるものだったのかもしれない。
「ほのか達はもう十分助けてくれてる。だから──」
「大丈夫大丈夫!そんなのもう今更だよ!」
パパっと思考を切り替えて、わたしはカレーを一気に頬張る。
ん~!うまみが口の中いっぱいに染み渡る!
「もひシエラひゃんが悪い人に襲われはら、わたひ達で守ってあげればいいんだよ!」
「飲み込んでからしゃべってくれへん?」
「またあなたはそんな無責任な……」
「無責任じゃないもん!絶対やるんだから!」
部員候補を逃すわけにはいかない。そうでなくとも、一緒にご飯を食べる人は多いほうが良い。
「はいはい。私も手伝いますが、くれぐれも無茶はしないように」
「あーしはどっちでもええけど、2人ともやる気なら手伝うで~」
「二人とも!大好き!!」
「みんな、ありがとう。シエラも頑張る」
シエラの言葉に、わたしはぐっ!、と親指を突き立てる。
シエラが来てから二日目の夜は、少しずつ更けていった。
──────────────────────────────────────
2024/4/23 改稿
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