第8話 Princess Holiday
「大丈夫かな!?シエラちゃん大丈夫かな!?」
「母親かッ!」
月曜の放課後、わたしはクラスメイトのかえでと共に雪蛍荘へと帰っていた。作っていた衣装が完成したとかで、今日はそのお披露目をすることになっている。寝る間も惜しんで作ってたわりに、かえで本人は授業中いっぱい寝たとかでピンピンしていた。
シエラはというと、さやかと一緒に雪蛍荘で待機してもらっている。
1人で家にいるよりいいだろうし、わたし達もその方が安心できる。けど内心だと学校にいる間になにか起きるんじゃないかってビクビクしてたんだよね。
「シエラちゃーん!」
勢いよく扉を開ける。そこに広がっていたのは……!!
「ん、ほのか」
「て、適応してるッ!!」
ヘッドセットを外したシエラがこちらに顔を向ける。
さやかの翻訳機は優秀で、なんと文字まで翻訳してくれる!……らしい。いまのところは曲を聴いてるだけみたいだけど、こうも馴染むのが早いと来週にはタイピングぐらいは始めてるんじゃなかろうか。
「なんや貸してもろたんか?」
「ん。シエラ理解した。ハードコアは楽しい」
「英才教育~」
「ほのか、少し遅かったですね」
部室の奥からさやかが顔を出す。どうやらちょうど席を外していたらしい。
「えへへ……教室の掃除手伝ってて……」
「人がええのも考えもんやで……まあそこが部長の長所やけど」
褒められると照れる〜!
「ではかえでも来ましたし、服の方を確認しますか」
「せやな。んじゃお召し変えするからちょい待って」
そう言ってかえではシエラを連れ部屋を出ていく。
──そして数分後。
「よし!丈もバッチリやな!」
「ぴったり。いい感じ」
「ま、あーしが縫ったんだから当然や」
自信ありげに胸を張るかえで。それもそのはず、衣装を纏ったシエラは、一見すると普通の人間にしか見えなかったのだから。
服はコートとインナーの2枚構成。
羽毛が丸見えだった腕は長い袖に隠され、ぱっと見ではまさか下に翼があるとは思えない。剣と競り合った凶悪な爪も、大きなブーツとルーズソックスの中にすっぽり収まっていて、その姿はまるで雑誌の読者モデルみたいだ。正直服だけでここまで隠せるなんて思ってなかったので、かえでの見立てが確かだったことに驚いている。
「シエラは魔法使えるらしいし、セオリー通り外側は魔法耐性強い素材で遠距離攻撃対策しとるで。内側は【
「正直よくわかんないけど、とりあえず可愛いから良いと思うっ!!」
「脚、ちょっと変な感じ」
「違和感あるかもしれんけど堪忍な」
シエラはずっと裸足だったから靴を履くという文化自体慣れない様子。もちろんそっちもかえでが作ってくれたけど、よく見るとなんだか少しサイズが大きい気もする。
「靴はゼロから作るんは無理やったから市販品の改造やね。大きめの靴の底を止まり木みたいに加工しとる。歩きづらいやろうけどしばらくはそいつで我慢してや」
「いっそのこと車椅子などを使ってもよいかもしれませんね。もしくは魔道拡張工学に則り本格的な義手や義足を作成しても──」
「車椅子やと迷宮の立ち入り制限されそうやし義足のが──」
クリエイティブな2人が難しい会話を始めてしまったので、わたしはシエラと話すことにした。鏡の前でくるりと回る彼女は、どうやらこの服を気に入った様子。
「すごいね~!これならほかの人も全然わかんないんじゃないかな?」
「ん。翼も違和感ない」
シエラがコートを捲り白い翼を覗かせる。過剰なほどに長いこの袖ならば、彼女の目立つ羽も簡単には見ない。袖自体がちょこっと目立つ気もするけれど、これならそういうファッションの範囲だろう。
「そっか!じゃあ服もできた訳だし、一緒にお出かけしよっ!」
「え……?」
シエラが不思議そうに首を傾げた。
◆◆◆
「みんな!はやくはやく!」
「はぁ……はぁ……。そこまで急がなくても十分時間には余裕が……」
息を切らすさやかから、抗議の声が聞こえてくる。
シエラを連れてきたのは雪蛍荘からほど近いショッピングモールだ。近所ということもあって放課後遊びに来ることも多いけど、遭難してたのもあってこうして訪れるのもずいぶんと久しぶりに感じる。
「かえでちゃん補習なくてよかったね!」
「あーし今煽られとる?」
「日頃の行いです」
力持ちのかえでは買い物する時は文字通り百人力だ。だから買い出しはかえでが参加できる日に行くようにしている。普段の彼女は補習であまり空いてないので、実は平日に買い出しに来れるのは珍しい。
「今回はもう1人いるから、運ぶのもちょっと楽かもしれないね」
「ん。シエラ頑張る」
「人の多い場所へ連れていくのは正気とは思えませんが……」
「まーまーそう固いこと言わずに」
結局シエラにも来てもらった。本人も手伝いたいと言ってくれたし、何より彼女にはわたし達の世界のこともいろいろ知ってもらいたい。様々なお店があるショッピングモールはそういう意味でも丁度いい!──と思う……。
「見えましたね」
「到着っ!」
と、そうこうしている間にわたし達は目的地へとたどり着く。
「ここが探検家御用達!なんでも揃うことでお馴染みのショッピングモール、【アルカナマーケット】だよ!」
「わ〜!!」
目の前の景色を見て、シエラの瞳がキラキラと輝いた。
アルカナマーケット(通称アルマ)は探検家向けのお店がたくさん入った総合商業施設だ。メーカー産の新装備から持ち込みの魔物を使った創作料理まで、迷宮に関連するありとあらゆるコンテンツが揃っている。
かくいうわたしも
「平日の夕方ですし、思っていたより人は少ないですね」
「ラッキーだったね!」
建物の中は普段来ているときよりかなり
ここは探検家向けの施設が多いけど、一般人向けの洋服屋さんや食事処も多い。だから家族で遊びにくる人も沢山いるけど、これぐらいの人の量なら事故ってシエラの正体がバレる危険も少ないはず。
「ほんで?最初はどこ行くん?」
「うーんそうだねぇ〜」
今回の名目は消耗品の補充だ。
週末には再び迷宮に潜る予定がある。そして消耗品は迷宮に行くほど減っていく。どうせならまとめ買いで安く済ませた方がお得だもんね。
ただその前に……。
「さやかちゃん見て!!あのカフェ新作パフェだって!いい機会だから入ってこ!」
「メニューはほのかと同じでお願いします」
「あの場所なに?いい匂いする」
「あ、こらほんまどいつもこいつも……仕方あらへんな……」
寄り道寄り道は女子高生の嗜み。わたし達はカフェへと足を進めた。
◆◆◆
その後はといえば……。
「ん、驚きの甘さ。胸が燃えるかと思った」
「まだまだあるよはいあーん!」
みんなでパフェを食べたり……
「パシャっと!」
「うわっ!」
プリクラを撮ったり……
「お〜似合っとるやん」
「ふふん」
装飾品でおめかししたり、とにかくアルマを満喫した。
プリクラはスマホカバーに貼った。こういうのがふいに見られると仲良しって感じがして好きなんだよね。
「シエラわかった。日本はいい国」
「なんかの振りみたいで不穏やな」
「いいじゃんいいじゃん!楽しければそれでいいじゃん」
ウキウキと歩くシエラを見ていると、彼女を連れてきて正解だったなぁなんて嬉しく思えてくる。
「さて、そろそろちゃんと買いものをしたいんですが、みんなどうしますか?」
どう、というのは別れるか、ということだろう。もちろんシエラを単独行動させるわけにはいかないから、誰かがいっしょにいることになるけど……。
「かえでちゃんは?素材とか足りないのあるんじゃない?」
「せやね、シエラの服で結構使ってもうたわ。早めに替えも作っときたいし買わへんと」
「私も何ヶ所か回りたいのでひとりの方が楽ですね」
「わかった。わたしがシエラちゃんといっしょにいるね!」
待ち合わせの約束だけして2人とは一時的に別れることにした。買い出しなら手分けした方が効率良いもんね。
というわけで、わたしの役割は戻ってくるまで2人を待つことになった。
一息つくためわたしは近くの販売機でパックのジュースを買った。先にベンチにいたシエラにそれを渡す。
「はいこれ!」
「ん、ありがとほのか」
ちゅーちゅーとりんごジュースを飲むシエラの姿はまるで小さな子供のようで、抱きしめたくなるほど愛らしい。なんだかなぁ〜庇護欲がそそられるんだよね。
「この飲み物、好き。ヘラムの果汁に似てる」
「へ〜!シエラちゃんの世界にもリンゴみたいなのあるんだ」
「りんご……ってどんなの?」
スマホで画像を見せてあげると、シエラはむっと難しそうな顔をする。あんまり似てなかったらしい。
ストローさえ刺してあげればパックの飲み物は問題なく飲むことができるというのは、数日間彼女とすごして気付いたことの1つだ。これに限らず、シエラの体は人間社会で暮らすには難しいことばかりである。例えばドアを開けるのも一苦労だし、食事の時も箸とか食器は使えない。
そう。シエラがこの世界で生活するのは大変なのだ。
「……ねえシエラちゃん。シエラちゃんはわたし達の世界をどう思う?」
「どうって?」
「えっと……生きづらくないかなって……」
改まるとなんだか胸の奥がチクリと痛む。
不便ということはそのままストレスになる。違う文化に触れるのは楽しいけれど、ずっと過ごすとなると話は変わってくるものだ。シエラは無表情であんまり顔に出ないから。実際どう思ってるかもわからりにくいし……。
「……シエラ、ここに来るまで住む場所すぐ変わってた」
「それは追われてたから?」
「わかんない。シエラはお姉ちゃんについてっただけだから。でも住む場所変わるの、シエラは慣れてる」
どこか達観した風の彼女の表情からは嘘は感じない。
シエラ曰く、魔王軍に見つかったのは最近なんだとか。
けどその前から住む場所を変えていたということは、お姉さんの方は追われていることを自覚していたのだろう。
「だから辛くない。むしろみんな優しくて、シエラは嬉しい」
「そ、そうかな……エヘヘ……」
褒められるとなんだかこそばゆい。
そんな気持ちを開放したくてわたしはばっと立ち上がる。
「さて、約束の時間まで結構あるね。座って待っててもいいけど……どこか行きたいとか気になるとことかある?」
「わかんない。シエラ初心者だから」
「あはは…そりゃそっか」
初めて来る場所、しかも今日知ったばかりなのだ。何もわからなくて当たり前か……。
「あ、でも……」
「?」
シエラが袖を突き出す。
「さっき通ったとこ。歩いたとこのお店、何だか懐かしい感じがした」
「懐かしい感じ…?」
「ん。なんだか胸がギュッてなるような、そんな感じ」
「うーん……じゃあとりあえず行ってみる?」
頷くシエラに先攻され、わたしは立ち上がる。
懐かしい……ってどういうことだろう。知ってるものがあったとか?横に見えるシエラはなんだかソワソワと浮足立って見えた。もともとどこかでこの話を切り出すつもりだったのかもしれない。
それから数分後、モールの端にあった怪しげなお店の前でシエラは立ち止まった。
『リサイクルショップ』と書かれた看板は魔物の骨で装飾されていて、一見するとなんのお店なのかわかりにくい。中をチラッと見た感じ普通に営業してるっぽいけど……。
「……ここであってるの?」
「ん。間違いない。感じる」
前衛的な外見とは裏腹に、お店の中は思ったよりきっちりと整頓されていた。お店自体見た覚えがなかったし、最近できたばかりなのかな?奥のカウンターに見える店員さんは気怠そうにしていたけれど、わたし達が入店したのを確認すると背筋を伸ばした。
わたし達は少しの間店内を物色してたけど、じきにシエラがひとつの商品の前で立ち止まる。
「これ……やっぱりそうだ……」
「これは……何かの羽根?」
それは魔物の羽根だった。
リサイクルショップとはいってもここはアルマ。普通の店と違い、取り扱うものも迷宮に関わるものになっている。具体的には中古の装備や魔導具、それから面倒で鑑定されなかった魔物の素材など、とにかくいろいろなものが流れてくるのだ。
この羽根もそういうもののひとつなのだろう。魔物の素材には多かれ少なかれ魔力が宿るものだけど、彼女が反応したということはそれだけではないはず。具体的には──。
「この羽根、お姉ちゃんのだ」
「えっ!?ほんと!?」
小声で言うシエラに対して、びっくりしたわたしは普通に大きな声を出してしまった。怪訝そうにこちらを見る店員さんに、わたしはあははと愛想笑いを返す。
「……それほんと?」
「間違いない」
シエラは大きく息を吐くと、それを大事そうに抱いた。
その色はシエラの翼とはかなり違う。純白の、夏空に浮かぶ雲のような色のシエラとは対照的に、まるで夕暮れ時の街のような黄金色の羽根には、当たる雨粒を弾けそうな艶が見て取れる。
というかここに羽根があるってことは──。
「やっぱりシエラちゃんのお姉ちゃんも迷宮にいる……?」
可能性が高いとは思っていた。
おそらくあちらもシエラのことは探しているはず。当然ながら、彼女を追っていればわたし達の世界……ひいてはその通り道であろう迷宮にもやってくる。その過程で抜け落ちた羽根が探検家に拾われ、店まで流れてくる可能性は十分にあり得る。
「(この店に出てるってことは入荷した迷宮自体も遠くないはず。状況的にはシエラちゃんと同じ千葉124かな……?)」
まあこの辺はさやかちゃんと相談した方がいいかな。今はひとまず……。
「それじゃあ買っていこっか!」
「いいの?」
「もちのろんだよ!」
不安気なシエラにVサインで応じる。
当然、ここで入手しない選択はない。形見……だと言い方が悪いけど、シエラちゃんにとって大切なものだろう。そういう部分は寄り添ってあげたい。ま、それに傍目から見たらただの魔物の羽根だし。そんな大したお値段じゃ──。
「うわーお……」
値札を見て絶句。
予想外の出費をふたりに報告することになり、わたしは今から憂鬱な気分になってしまった。
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2024/7/29 改稿
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