第6話 Gonna Journey
「ふぁ…おはよ〜」
「おお部長か。相変わらず早起きやなぁ」
「生活リズムの賜物だよ~」
AM6:30。
寝るのが遅くなったから正直まだ眠い……。シャキッとしない目を擦りつつリビングに行くと、そこには既に服の作成に取り掛かるかえでの姿があった。2色の布がミシンに吸い込まれていく。
「というかかえでちゃんこそ早くない?普段はもっと遅いのに」
「服早めに仕上げたかったねんでな。明日からは学校やし、あーしはどうせ補修やから放課後の時間は期待できひん。今日中には仕上げにゃあかんわけや」
「助かるけどそれは勉強を優先した方がよくない?」
放課後の時間がないのは……普通に困る!
そんな気持ちを知ってか知らずか、かえではテキパキと作業を進めていた。その姿は、普段の軽めな雰囲気とは打って変わって真剣そのもの。
と、その口角が急に上がる。
「かえでちゃん?」
「なんつってな。ほんとは興奮して早起きしてもうたんや」
かえでが続ける。
「これ完成させたら、あーしは世界で初めて異世界人に服作った人間になるわけやろ?それってなんかめっちゃエモやん。そう思うたら居ても立ってもおれんくて」
「ふふっ。楽しみだなぁ。かえでちゃん、装備デザイナー志望だもんね。わたしとしては一緒に探検家目指してくれてもいいんだけどな~?」
「この体質や。スポーツも出来んくなってもうたし、体動かすんわもう趣味でええわ。せやから、今はこっちがあーしの夢やね!」
「出来んというか出禁か!」と言ってかえでは笑った。その笑顔に裏表はないように見える。
「応援するよ!じゃ、わたしパン焼いてくるね!」
「あ、あーしの分も頼むわ」
かえでに返事をして背を向ける。
──この世界には"祝福"を持つ人がいる。
迷宮の力により、世界には様々なものが産まれた。わたしには考えられないことだけど、迷宮ができる以前は魔法すら存在しなかったらしい。
祝福はその中でも特に異質な力だ。
例えば遠く離れた場所の音が聞こえたり、魔力量がものすごく多かったり。そういう特殊な能力はまとめて【祝福】と呼ばれ、そういう【祝福体質】の人々は世界中の様々な分野で活躍している。
かえでは中学の時、後天的に祝福体質になった。常人には扱えない重装備を軽々振り回せているのも、祝福による人外の膂力があってこそのモノ。
「(でもそのせいでかえでちゃんは柔道ができなくなったんだ)」
祝福は、しかしかえでにとっては呪いでもあった。
競技の場での彼女の力は文字通り反則。だからかえではそれまでずっと続けてきた柔道を辞めてしまった、らしい。
かえでとは違う中学だったから、その時この子がどんな思いだったかは知る由もない。ただ一つ、彼女が夢を諦めたという事実だけを知っている。
机と向き合い、黙々と作業を続けているかえでを、わたしは少し離れたところから見つめていた。
◆◆◆
朝ご飯を食べた後、わたし達は雪蛍層からほど近い、ある迷宮へとやってきた。
迷宮に来たからといってすぐに冒険ができるわけじゃない。その入り口は”迷宮管理委員会”の人達が管理していて、迷宮の前には人のたまり場となる施設──通称”ギルド”が建てられている。そういうわけで、迷宮に入るにはまずそこで受付を済ませなくちゃいけない。
「たのも~!!」
「お~来たかいチビッ子達。ちょっくら久しぶりじゃあないか?」
「
扉を開けた先には役所のような窓口がある。
そこに座る女の人は、良く通る大きな声でこちらに話しかけてきた。顔を赤らめ酒瓶片手に手を振っているその姿を見て、わたしは少しの安心感を覚える。
「優希さん。いい加減業務中のお酒はやめたらどうですか?」
「いいんだよぉ~どうせ君ら以外誰もいないし来ないしぃ~……ヒック!」
さやかの忠告を聞いても優希さんはぽわぽわと上の空という感じだ。
このギルドの受付嬢である優希さんは、探検家を迷宮に入れる時の受付だったり、管理委員会の発行する
「いや~
「その節はご迷惑おかけしました……」
「いいよいいよ~。たまには仕事しなきゃお姉さん怒られちゃう」
この前わたしが遭難した時、優希さんは方々でいろいろな手続きをしてくれたらしい。
普段はこんな感じだけどその時はお酒も飲まないで書類を書いてくれたというのはさやかちゃんの談。正直今までちゃんと仕事してるのかなぁと思ってたけど、今回の一件で大きく認識を変わった。
と、わたしの後ろを見やり、優希さんが疑問符を浮かべる。
「ありゃ?てか
「……」
「今日のかえでは風邪で調子が悪いので、軽めの装備にしているんです。喉がやられて話すのも辛いとか」
「およよ。それは悪いねごめんねぇ。でも体調悪いなら迷宮もやめた方がいいんじゃないの?」
正論なので、アハハ……と愛想笑いを返すしかない。
背後の少女は事前に相談した通り無言で通している。鎧といっても普段のかえでの様な重装甲ではなく、布や皮が主体の軽装鎧だ。とはいえ全身を覆っているのは同じだし、冑もあるから顔も見えない。
「でもでも!どうしても今欲しい素材があるんです!いつも通り!3人お願いします!」
「仕方ないなぁ~でも無理はしちゃダメだよぉ〜。お姉さん書類地獄はもうこりごりだからねぇ~」
「はい……ごめんなさい……」
な、なんだか微妙に棘を感じるよっ!
優希さんがどっこらしょと呟き腰を上げる。
「んじゃとりあえずこっち来てね~」
優希さんに案内されるがまま、わたし達は建物の奥へと向かう。長い廊下を歩くこと数分、目の前に石造りの大きな門が現れた。言うまでもなく、これがダンジョンへの入り口となる【扉】。
溢れ出る重厚感は何度見ても気圧されてしまう。振り返ってみると後ろの2人も同じことを感じているようだった。
「手続きは後でやっとくから、好きに行ってらっしゃ~いzzz……」
半開きの目でわたし達を案内してくれた優希さん。その足取りはふらふらと覚束ない様子。これで本当にお仕事が成り立ってるのか不安だけど、今回はその適当具合に助けられたな……。
「あまりにも隙だらけですね」
「優希さんごめん……。それじゃあ行こっか!」
「ん、わかった」
軽装のさやかとかえでの鎧を纏ったシエラとともに、迷宮の入口へ進む。扉を潜った先は、わたし達行きつけの迷宮、『千葉第12迷宮』だ。
◆◆◆
『千葉12』は特に捻りのない普通の迷宮だ。
高台にある草原とそれを囲むようにして群生する森が特徴で、生息してる魔物も弱いから迷宮全体の中でも危険度は低い。受付が優希さん1人しかいないのも、少ない人数で十分回せているからだろう。
入口となる門は毎回同じところに出るらしく、今回も変わらず北側の森に繋がった。遠くには高台への道となる切り立った崖が見えている。
「外、出ていい?」
「あ、苦しかったよね!ごめんね!」
鎧の中から少女がひょこっと顔を出す。
『千葉124』から出た時と同じく、今回もシエラには鎧を着てもらった。優希さん相手なら誤魔化せるじゃないか~って思ったけど上手くいった。むしろここまで疑われないと逆に不安になる。
「……」
「あれ?シエラちゃんどうかした?具合悪い?」
「そうじゃなくて……ほのか達、もしかして結構強い?」
わたしの装備を見てシエラがつぶやく。使い古した装備は一見歴戦の探検家のようにも見える。見えるけど、わたしの場合お気に入りを長く使ってるだけで他意はない。至るところについた傷は勲章と言えば聞こえはいいけど、要はその分命を危険に晒したということでもある。
「探検家の全体の中だと普通……かな。かえでちゃんは強いけど、さやかちゃんは戦闘員じゃないし。わたしは一番普通だね」
「ふーん……」
しかしシエラは疑いの眼でこちらを見てくる。な、なぜ……。
「ほのか、ほんとは強いでしょ」
「うえっ!?そんなことないよ!?」
「嘘。シエラ、こういうのなんとなくわかる」
「ほどほどなのは本当だよ〜!」
祝福持ちのかえでや魔道具の研究で実績を上げるさやかはともかく、今のところ一介の女子高生でしかないわたしは自信があるなんてとても言えない。実際戦闘力はかえでの方が上だし、勉強もさやかに勝てっこないし。
わたしにあって2人にないものなんてそれこそ魔法ぐらいだけど、これだって同年代で平均点。全体で見たら中の下ぐらいだ。それでも強いて言うならば──。
「……切り札はあるけど、すごく使い勝手悪いから無いようなもの、かな」
「ふーんそっか」
よほど窮屈だったのか、鎧を脱いだシエラは文字通り羽を伸ばしている。少し納得いかない様子だったけど、彼女がこの件についてはそれ以上追及してくることは無かった。
「ふー……。暑かった。けどほんとに出てよかった?」
「は!?そうだ!人目っ!さやかちゃーん!!」
「頼られるのは悪い気はしませんが、それは脳死で丸投げしてもよいということにはなりませんよ」
話していると、少し離れたところにいたさやかが戻ってきてくれる。近くに人がいないか確認してくれてたらしい。
「先ほど迷宮の入出記録を確認しました。いつも通り、この迷宮は私達以外誰も訪れていないようです。魔道具での監視もしていますし、誰かに見られる心配はないでしょう」
「ありがとさやかちゃん!」
「それで?今日はその子の実力の確認とかえでのお使いをする予定ですが、どちらを先にしますか?」
「かえでちゃんの方かなぁ。シエラちゃんの方は途中で魔物に会ったらそれでいいし」
今日の目的は大きく分けて2つ。
1つはシエラの戦闘能力の確認。
いつ魔物に襲われるかわからない以上、迷宮に潜るとなるとある程度の自衛能力は必要になる。部室での立ち回りを見る限りシエラの戦闘力は十分あるように見えるけど、魔物が相手となると話も変わるはず。それに、一緒に潜るなら出来ることはお互いに把握しておく方が良いし。
2つ目はかえでに頼まれた
迷宮内でのみ生育する青い花で、かえでが染料として使っている。薬効成分があるから緊急時にはその辺に生えているものを薬草として食むこともあるらしい。
「たしかあっちの方にたくさん生えてるところあったよね?森の中がお花畑みたいになっててすっごく奇麗なんだよ!」
「ん、楽しみ」
「もう遠足感覚ですか……。慣れているとはいえ迷宮なのですから、もっと緊張感をですね」
「まあまあ!今日は準備もいっぱいしてきたし大丈夫大丈夫!ね!シエラちゃ──」
振り返ると、そこにシエラの姿はなくなっていて……。
直後落っこちてくる宙吊りになった少女。どうやら早速罠を踏んでしまったらしい。蔦に絡まったまま、涙目でこちらを見てくる。
「……助けて」
「シエラちゃーん!!!」
彼女を助け出しながら、わたしはもう少し警戒心を持とうと思ったのだった。
◆◆◆
「そろそろかな~」
「地理的にも間違いないかと」
「わくわく」
迷宮に入ってしばらく、わたし達は順調に森を進んでいた。
いや、というよりむしろ……。
「なんか順調すぎるね……」
「そうですね。今のところ一度も魔物に襲われていません。遭遇自体はしているのですが……あっ」
さやかの目線の先、低木の上にふわふわ毛玉のような魔物がいる。
「あ!【綿ネズミ】だ!珍しい~」
鋭い棘で身を守るハリネズミとは逆に、とにかくボリュームのある毛で全身を覆った魔物、それが綿ネズミだ。臆病な性格であんまり人前に姿を現さないらしいんだけど、今は寝てるみたい。
「かわいい~!」
「毛皮が素材として有用です。剝ぎ取りましょう」
「人の心」
「ほのか。あれ美味しい?」
「シエラちゃんも!!?」
思ったより仲間内で感覚が共有できてなかった。
と、そんなこんなで騒いでいたせいか、綿ネズミが目を覚してしまう。魔物はこちらを一瞥すると、コロコロとボールの様に転がって去って行ってしまった。
「あっ……」
「あ~!逃げられた!」
でも睡眠の邪魔しちゃって悪かったな……。綿ネズミの去った方へ謝罪の念を送る。
「ところで、今のでなぜ魔物と遭遇しないのかわかりました」
「え!?ほんと!?なんで!?」
「おそらく、魔物達は彼女を避けています」
「シエラを?」
「はい」
自覚が無かったのか、シエラはきょとんと首を傾げる。かく言うわたしもこの子が原因といわれてもイマイチ納得がしにくい。
「シエラ、魔物に嫌われる理由ある?」
「推測ではありますが、単純に魔力量が多いからでは無いでしょうか?熟練の探検家ほど、戦闘の頻度は減っていくと言います。生き物は本能的に強者との戦闘を避けますので」
「戦い減るの、悪いこと?」
「今回のように採集が目的ならよいですが、討伐系の依頼を受けるには不都合があるかもしれません」
魔物がみんな逃げていくんじゃいつまで経っても依頼が達成できない。
わたし達みたいなアマチュアは気にしないけど、強いプロの探検家はどうやって対策しているんだろう。
怒られたと思ったのか、シエラがしゅんと俯く。
「でもほら!今日はお花の採集に来たわけだし、戦闘も無いに越したことないよ!対策はまた今度考えればいいもんね」
「……それもそうですね。進みますか」
「……わかった」
◆◆◆
綿ネズミに逃げられたから数分後。わたし達は目的地へとたどり着いた。そのはずなんだけど……。
「ん?探してたとこ、ここ?」
「そうだよ!そのはずなんだけど……」
意外なことに、真っ先に反応したのは初見のシエラだった。
森の中にも関わらず日の差しているこの場所は、他の所と違いどこか神聖で特別な雰囲気を漂わせている。実際足元には背の低い草木達が陽の光を求めてせめぎ合っていて、その中には探検家御用達の薬草もある。
「薬草はたくさんありますが、
「なんでなのー!!」
森に響く叫び声が反響して返ってくる。
悪いのは運なのかタイミングなのか。よく見ると草木には最近誰かが摘み取ったような跡がある。最近他の探検家が来たばかりなのだろう。
「他のところ、無い?」
「ありますが、近くは粗方取り尽くされていそうです」
「ふっふっふ……さやかちゃん、忘れたの?まだ絶対取られてないところがあるでしょ?」
「あ、ほのか、まさか……」
ビシッと指差す先は崖の方。
「いざ行かん!高みへ!」
「嫌なのですが……」
「そんな……」
思ったより早い否定。とは言えそれも無理はない。
千葉12の高台はすごく目立つけど……。登るにはロッククライム以外の道はない。迷宮内だから当然整備もされてないし、運が悪く鳥の魔物達に襲われでもしたら登山どころではなくなってしまう。採れる素材も大して変わらないので、本来わざわざ行く必要は薄い。
「単純に疲れますし、今回は登山用の道具もありませんよ?」
「大丈夫!!そこはわたしに考えがあるから!!シエラちゃん!!」
「?」
シエラが首を傾ける。
「シエラちゃん、昨日言ってたよね!一人ぐらいなら運べるって!」
「ん。大丈夫。いつでも行ける」
「ほのか、ちょっと待ってください」
さやかが食い気味に話を遮る。
「まさかとは思いますが……」
「んふふ~」
笑顔を浮かべるわたしに対して、さやかの顔は引き攣っていた。
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2024/4/22 改稿
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