第5話 系ぎて
「ようこそ!【
「わぁ……!」
シエラがダンボールから顔だけを出す。
学校より徒歩で数十分。少し古びた木造一軒家。
ここがわたし達の帰る場所、シェアハウス
「ほんとは部室より先にこっちに連れてきたかったんだけどね」
「休日の昼間でしたし、迷宮から近い方を選んだのは正しいと思いますよ」
「がー!!ほんま疲れた!!」
「かえで!汚れた体でソファに寝ころばないでください!シャワーは先に浴びていいですから!」
シェアハウスということで、今はわたし達迷宮探検部のメンバーがみんなで入居している。大家さんが住んでるのは遠くなので、管理はみんなで分担してるんだけど、こういうのにはやっぱり適性があって……。だからさやかちゃんに生活を管理されてるっていうのも全然比喩じゃなかったり……。
と、
「うわぁ……」
「シエラちゃん?」
シエラの体がなぜかダンボールから出てこない。……何かあった?
「も、もしかして具合悪い!?大丈夫!?」
「ほのか、もしかして偉い人?このお城、そのままあがっていい……?」
「いいよ全然お城じゃないよ!?」
城じゃない、と聞いてシエラは目を見開く。
まさかやんごとなき身分と思われるとは……。というかそう見えたってことは、シエラちゃんの住んでいた場所は石造りの家もなかったのかな?異世界の街並みってどんな感じなんだろう。
シエラの興味は尽きない。
「ん?あの板、ほのかみたいな人がいっぱい入ってる」
彼女が羽で指す先にはかえでがつけたテレビが。
こちらとしては慣れ親しんだものも、この子にとっては不思議に見えるのかなぁ。……ていうかわたしみたいな人ってもしかして手足のある人間のこと?シエラちゃんもしかしてわたし達の顔の区別付いてないんじゃ……。
「あれはテレビっていう機械だよ。中に人がいるんじゃなくて、例えるなら写真がすごい速さで切り替わってるというか──」
「写真?」
「あかんこれ無限に続くで」
かえでの言う通りだ。
このままじゃ今日が質問攻めで終わっちゃう。なにせシエラはこっちの世界を知らない。見た目相応に好奇心も強いみたいだし、このまま説明をしてたら終わるのはいつになるのか……。
「……気になることは後ほど私が答えます。それより今後の方針についてです」
さやかちゃんナイスアシスト!わたしはぐっと親指を立てる。
そんなわたしを見てさやかは肩を竦めた。た、頼りなくてごめん……。
「まずは真意を聞かせてください。彼女を探検部にいれる、というのは本気ですか?」
「もちろん本気も本気だよ」
気を取り直して、ここからは部室での話の続きだ。
議題はもちろんもちろんシエラの今後について。
「部室で見た感じ、実力は十分でしょ?言葉の問題は翻訳機で何とかなるし」
「確かに事前に考えていた条件には合致します。しかし、彼女の場合それ以前に複数の問題がありますよ」
さやかの言うことに耳を傾ける。わたしの姿勢を感じ取ったのか、彼女は静かに続けた。
「私が思うに、部活に入れる以前にまず大きな問題が3つあります。1つ目は"戸籍"です。異世界で生まれた彼女に戸籍はありません。血縁もいない以上、このままでは身分を証明する方法がありません」
「そらそうやな」
ある意味ではこれが一番の障壁かもしれない。
戸籍がないんじゃ身分もない。身分が無いんじゃ当然学校にも通えない。部活に入る以前に学校にいけないんじゃ論外だ。出身が異世界の人の扱いはわかんないけど、たぶん孤児みたいな扱いになると思う。
迷宮が出来て以来、住んでいた場所が迷宮災害に巻きこまれる事故は後を絶たない。だから孤児自体は珍しくないし、役所まで行けばなにか手続きはしてもらえると思うけど……。
「次です。おそらく彼女は戸籍を得るために孤児として登録することになると思いますが、それには2つ目の問題、"見た目"が壁になります。この姿で見つかれば確実に通報されます」
「通報……?」
「怖い人らに追っかけまわされるんや」
かえでの脅しを聞き、震えたシエラがわたしに抱きついてくる。
さやかの言う通り、シエラの手足は言い逃れの余地がないほど鳥類のソレ。道に出ようものなら確保・保護・収容まで一直線間違いなし。当然ここのメンバー以外に正体を知られるわけにはいかない。
つまり、部員にするには戸籍が必要で戸籍を得るには見た目を何とかしなくちゃいけないということになる。鎧のまま窓口に行くわけにもいかないからね。
「とりあえず何とか手足隠さないと!ってことだね」
「最低でも専用の服か何かが必要になります。……そして最後にもう1つ。これが1番重要です」
さやかの眼光が鋭く光る。まるでここまでの2つは前座ですとでも言いたげなその視線に、わたしは喉の奥がきゅっとなった。
「そもそもの話、そこまでして彼女を部員にする必要があるか、という点です。彼女を部員にするよりも、誰か他の人間を探す方がはるかに楽でリスクも無いのでは?」
「ぐっ……」
流石さやかちゃん……痛いところを突いてくる。
確かに、シエラという個人に拘る理由は薄い。正体がバレた時のリスクは大きいし、仮にそれが誤魔化せてもすぐに戸籍が手に入るとも限らない。特別な事情のない人を今からでも探すべき、というのは間違いなく正論だ。シエラの不安げな視線を感じる。
──実際、シエラちゃんを入部させたいっていうのははわたしのわがままなわけだし。
一度助けたいと思った相手を後からやっぱり見捨てるなんて、絶対にやりたくない。けど、わたしだってそれだけじゃみんなを納得させられないのは分かっている。分かっているから、ちゃんとした理由も考えてきたんだ。
「さやかちゃんの言う通り、他の人も探すべきだとは思う。けど、わたし達は今まで2週間勧誘して誰も見つけられてないんだよ?」
「……」
「廃部決定まであと半月……。それまでに他の子が見つかるとも限らない。最低でも今の内に保険は絶対かけとくべきだよ!」
みんなを納得させるためわたしが考えた理由。それは"保険"だ。
仮に他の子が見つからなかった場合、それからシエラ入学の手続きをしても間に合わない。お役所仕事は時間がかかるものだし、時間はいっぱいあった方が絶対に良い。
「それに、今後のことを考えればシエラちゃんの服はどっちにしろ必要でしょ?今の内から考えといたほうがいいと思うんだよね」
「ふむ……なにやら含みは感じますが、一理ありますね」
全然バレてた……。
けどその上で乗ってくれたってことは許してくれたってことなのだろう。苦笑するさやかがそれ以上何かを追求してくることは無かった。
と、感慨にふけっていたところへ別の声が届く。
「んで?その服はどうするんや?シエラの体やとオーダーメイドやろけど、まさか店で採寸するわけにもいかんやろ?」
「ええっと、当てはあるよ?当ては……」
「目ぇめっちゃ泳いどるやんけ」
かえでの方から顔を逸らす。
いやね、本当に当てはあるんだよ?まだ許可貰ってないだけで……。
そんな訳なので自信をもってやれます!とは言えない。うぅ……かえでちゃん、そんな目でわたしを見ないで…。。
「はぁ……。わかっとるで。あーしやろ?その当てっての」
「はい……。おっしゃる通りです……」
「服、縫える?」
「縫うって感じやないけど作れるで」
かえでが自慢げに腕を上げる。
かえでの言う通り、シエラの服は彼女に作ってもらうつもりだった。
かえではパーティの前衛だけど、それと同時に装備デザイナーを目指すクリエイターの卵でもある。
そして、かえでの腕は信頼できる。
何を隠そう、わたしのこの皮鎧も彼女に作って貰ったものだ。戦闘スタイルが人それぞれな都合、魔法剣士の装備は候補が少ない。そういう細かい需要を満たすものを作れる辺り、かえでちゃんに引き受けてもらえると安心できるんだけど……。
「ダメかな……?」
「いやまあ元からそのつもりやったけどな」
「ほ、ほんと!?」
それならすごく助かる!かえではいろいろ忙しいと思ってたから不安だったけど、そういうことなら安心だよ~……。
「大丈夫なのですか?着ぐるみ以外隠せる衣類が思いつかないのですが」
「ダメダメ。そんなけったいなもん着て歩くなんてもったいないで」
「かえでちゃん鎧にもこだわってたもんね」
かえでは自身の装備も自作している。だから武器も防具もビックリドッキリなギミックがついてるんだけど……。あれ心臓に悪いからできれば使わないで欲しいんだよなぁ……。
「せやな。まあ着ぐるみとまではいかんでも、手足さえ見えなきゃええんや。それぐらいならなんとかなると思うで」
「んっ……くすぐったい」
視線が恥ずかしかったのか、シエラがもじもじと赤面する。
正直なところ、シエラは翼も脚も普通の人とかなり違うし、これがどうやって隠れるのか想像つかない。でもまあかえでなら上手くやってくれるだろうし、そこはお披露目までのお楽しみだね!
と、かえでがいきなりしかめっ面になる。
「ただ、今のままじゃいくつか魔物の素材足らんのよな……。
「それなら明日行ってくるよ!」
「ほな頼むわ」
任された!
ほしい物リストは後で送ってもらおう。ダウンロードすれば迷宮でも見れるし。
……というか遭難してたから優希さんに会うのも久しぶりだった。ちゃんと挨拶しないと。
「整理すると、明日かえでは服の制作を、私とほのかは素材を取りに優希さんのところ──【千葉12迷宮】へ行くということでよろしいですか?」
「ええで」
「シエラは……どうすればいい?」
おずおずというふうにシエラが言う。
うーん。ずっとお家でお留守番っていうのも暇だよね……。
よし。
「じゃあシエラちゃんも迷宮いく?」
「え」
わたしの言葉にシエラはきょとんと首を傾ける。
「シエラがいて大丈夫?」
「歩いてすぐだし、見た目もかえでちゃんの鎧を借りれば大丈夫だよ。確か軽いやつあったよね?」
「これよりちょっとマシぐらいやで?シエラは大丈夫なん?」
「ん。よゆー。ほのかぐらいなら吊り下げて飛べる」
「おぉ結構逞しいんやね……。物理的に」
お……?もしかして、ほんとに一緒に空飛べたりするのかな!?
そうだといいなぁ……。
さやかはというと不満げに肘をついている。視線から大体何言いたいかは伝わってきた。
「はぁ……。どうせ止めても無駄なんでしょう?」
「監視頼むで~」
「他人事の様に言わないでください!!」
食い気味なさやかちゃんの言葉が思ったより鋭くて、わたしは思わず吹き出してしまった。
◆◆◆
その後、晩御飯の時間
シエラちゃんは腕が使えないから、ご飯は食べさせてあげる形に。
「……子供扱いされてるみたい」
というのはシエラちゃんの談。
不満そうだったけどなにかいい方法が思いつくまではこうするしかないので甘んじてお世話されてもらいたい。
そうしてなにやらが終わった後、わたし達はリビングで団欒した。もちろん議題はシエラちゃんのこと。
聞いた話、シエラの住んでいた場所では手足が鳥である方がスタンダードなんだとか。一緒にお風呂に入った時、シエラちゃんにまじまじと体を見られたんだけど……どうやら体形が珍しいのはお互い様だったらしい。これについてはさやかの予想が当たったことになる。
手足のある人物も見たことがあるらしいけど、それについては何故だか話したがらなかった。当たり前だけど、まだ完全には信用されてないらしい。
そうして団欒の時を過ごしていると……。
「あ!もうこんな時間!!」
気が付けば時計は時計は10時を指していた。
明日も休みといえ、規則正しい生活は学生の基本。おやすみを言い合い各々部屋に戻る。そうして明日に向け就寝しようとしたその時だった。
コンコン。
「ん?誰?」
この時間にノックなんて珍しい。かえでちゃんはわたしより寝るの早いし、逆にさやかちゃんはこの時間は部屋で研究に没頭している。扉を開けると、そこに居たのは寝巻きに身を包んだシエラだった。
当然服はまだ完成してないので今着ているのはわたしのお下がりだ。どうせわたし達しかいないから手脚隠す必要もないしね。
「ほのか。聞きたいことがある」
「いいけどどうしたの?こんな時間に」
ちょうど日記を書き終えて眠ろうとしたところだった。寝つきの良さが仇になったのか、今のわたしはめちゃくちゃ眠い……。
「ほのかはなんでシエラを助けたの?」
「そっか、シエラちゃんには聞こえてないよね」
なんでかと言われたらさやか達に説明した通り。自分の夢に背かないために、だ。わたしは改めて彼女に説明する。しかし、それを聞いて尚彼女は納得いかない様子だった。
「それは洞窟での話。でも、そのあとシエラはみんなの部屋を傷つけた。それにほのか達自身も……。シエラがほのかだったら、"絶対"に許せないと思う」
シエラの声には、今までで一番感情が乗っていた。気がする。
確かにわたしにとっても部室は大切だ。だからこそ部員を探してまで部の存続を目指してるわけだし。それを思えばわたしもさやか達のように怒って然るべきだったかもしれない。
「えっとね、わたしね尊敬してる探検家がいるんだよね」
「探検家って、ほのか達みたいな?」
「うん。迷宮を探検するのがお仕事の人達だよ。新しい物を見つけたり、魔物と戦ったりして、みんなの生活を助けるお仕事!」
正確に言うとアマチュアのわたし達はお仕事ではないんだけど、言っても混乱させるだけなので黙っておく。
「結構有名な人で、テレビに出てたこともあるんだよ?あ、テレビっていうのは下にあったあのでっかい板ね」
「ん。わかる。さやかから聞いた」
「おー!もうすっかり仲良しさんだね」
確かにさやかは厳しいところもあるけど、彼女の面倒見の良さはわたしが保証する。なにせいつも面倒を見られてるからねっ!
「あの人みたいな立派な探検家になるのがわたしの夢なんだ」
「そうなんだ……」
脳裏にその姿が浮かぶ。果てしなく遠い背中。わたしはあの人に近付けているだろうか。
「昔ね、迷宮ではぐれちゃったことがあるんだ。あの時はすごく寂しくて、心細くて、何回ももうだめかもって思った」
実のところ、わたしが遭難したのは1度じゃない。当時小学生だったわたしは探検家としての経験もなく、持ち物も遠足のおやつぐらいのものだった。
「ずっと隠れてやり過ごしてたんだけど、ついに魔物に見つかっちゃてさ。もうダメだって思ったけど、それでも諦めずに逃げ回ってたの。そしたらその人が助けに来てくれたんだ~」
「もちろんすっごく怒られたけどね」、と付け足しておく。
思えば昔からわたしは諦めが悪かった。迷宮で遭難したって、落とし穴に落ちたって、女の子が暴れたって、諦ないで頑張ろうと思える。思ってしまえるぐらいには。
「シエラちゃんが倒れてるのを見て、事情があるのは何となくわかった。わかった上で、助けたい!って気持ちを諦められなかったんだ。それが理由だよ」
「そう。そっか……」
わたしの言葉を聞いて、シエラは俯く。その顔はなんだか困っているように見えて、わたしはちゃんとした答えを提示できなかったんじゃないかと不安になった。
「ダメだった…?」
「ううん。満足。ほのかがなんだかお姉ちゃんみたいだなって思った」
「え!?それってどういう!?」
「おやすみ」
それだけ言ってシエラは部屋を出て行ってしまう。強めに閉まった扉がバタンと音を立てた。
シエラを見送って一息ついたあと、わたしはそそくさと毛布を被った。今日はいろいろあったし早く寝よう。そう思ってギュッと目を瞑ったけど──。
(お姉ちゃんみたい……お姉ちゃんみたい……)
頭の中でシエラに言われた言葉がぐるぐる回る。ダメだ。意識が沈んでいかない……
──結局わたしが眠れたのは、日付が回った後のことだった。
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2024/4/22 改稿
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