第12話 R'N'R Monsta
「う~ん。おかしいなぁ」
近くで一番背の高い木に登る。仕方ないことだけど、ここからじゃ葉っぱが邪魔で地面は見えない。この感じだと足で探すしかないかなぁ。
「どうだった?」
「全然見えないや。この辺のはずだよね?」
「はい。移動時間などから見ても間違いないかと」
木の上から華麗に着地。そのままさやかの持つ地図を覗く。
迷宮探検においてマッピングの重要性は高い。他にも潜っている人間がいる以上大まかな地形を記したものぐらいなら売られているけど、細かいトラップや壁なんかは自分たちの記憶が頼りになる。そういうわけで、前回潜った際の道のりはさやかが記していた。それを見る限り場所は合ってるはずなんだけど──。
「なにか手掛かりがあるかもっ!って思ったんだけどね」
「シエラ見つけた穴に行くって案はよかったと思うで」
かえでが肩を竦める。
シエラの姉を探すため、わたし達はシエラが元いた洞窟を向かっていた。そういうわけで、ひとまずあの縦穴の場所へ戻ってきたのだ。最悪また飛び降りる覚悟でここまで来たんだけど──。
「なんでなくなっちゃったんだろ?」
「迷宮の自己修復か、はたまた誰かが埋め立てたのか……。いずれにせよ、考えても仕方のないことです」
「残念。無駄足になっちゃったね」
「ん。大丈夫。この辺にも羽根隠せば無駄にならない」
シエラがふんすと胸を張る。
なんとなくだけど、迷宮に入ってからのシエラはいつも以上に張り切って見える。本格的に姉を探せるのが嬉しいのだろう。協力した甲斐があるね!
「どする?地面撃ってみる?」
「あまり大きな音を出すと周囲の魔物を呼び寄せる可能性があります。避けたいところではありますが……」
「シエラちゃん、どうする?」
木の根元に羽根を埋めている少女へ、わたしは声をかける。
最終的に決めるのはわたしとはいえ、これはシエラにとっては大きな問題だ。ここで少し無理をすれば姉にたどり着けるかもしれないとなれば、彼女の気持ちを優先したくもなる。
「ん、大丈夫。この辺に羽根の気配無い。通ってないと思う」
「そっか!わかった!」
本人が納得してるならいっか!
と、
「おや……これは」
誰かのスマホの通知音が響く。その持ち主はさやかだ。
迷宮内は別世界。電波が届くはずもない。その代わり、迷宮内では魔力を用いた通信手段が確立されている。さやかのスマホに通知が届いたのも、魔力を通じて魔道具との通信を行ったからだ。
「見つけました。すぐ近くですね。蒼血樹の樹液を吸っています。今なら労せず捕まえられるでしょう」
「お~!さっすが!」
さやかが見せてくれた画面にはお目当ての魔物──"
「一旦こちらを優先しましょう。よろしいですね」
「ん。シエラもそれがいいと思う」
「よ~し!それじゃあいくよっ!迷宮探検部、ファイオー!」
「「お~」」
「……」
◆◆◆
──虹色甲虫を視界に捉えたのは、それから数分後のことだった。
その見た目を一言で表現すると、虹色のカブトムシ。とはいえそれはあくまで見た目だけの話で、サイズはわたしの枕と同じぐらいあるし、よく見たら顔もちょっと怖い。そんなのが3匹も群れているとあり、虫が苦手なかえではさやかの後ろに隠れている。
「それじゃあ行ってくるよ……」
「はよ頼むわ……」
「頑張ってください」
さやかから虫網を譲り受け、わたしはそろりと足を進める。
「あと2歩で部長の間合いや……」
カエデ達が息を呑むのを感じる。
虹色甲虫はまだこちらに気づいていない。このままいけばあと少しで確実に捕まえられる。
──いける!! そう思った時だった。
プシュー!!
「うわ!なにっ!?」
「ほのか!息を止めてください!」
周囲の樹木から一斉に霧のようなものが噴出し始める。咄嗟に口元を覆って身を屈めたものの、間に合わず少しだけ吸ってしまった。
「なんやこれ?」
「ほのか!大丈夫!?」
心配した探検部の面々が駆け寄ってきてくれる。
霧が出たのはほんの数秒の間で、今はもう大人しい。霧を噴き出した木へ、さやかが手を当てる。
「…おそらく蒼血樹の呼吸ですね。彼らは正午付近に水分を撒き、その分葉から空気を取り込みます。時刻としてはまだ早いですが、ここは熱帯気候ですし通常よりタイミングが早かったのかもしれません」
さやかが言う。とりあえず毒ガスの類じゃなくて助かったよ……。
「すみません。先に伝えておくべきでした……」
「いいよいいよ!危険はなかったんだし!」
「でも今のでお目当ての魔物には逃げられてもうたな」
「?まだあそこにいる」
「え?」
わたしも含め、シエラ以外のみんながぽかんとする。シエラが促す先。わたしには目を凝らしても葉っぱしか見えないけど……。
「【
背中から杖を降ろしたシエラが詠唱する。杖の先のキューブが緑色に輝き、巻き起こった風が木の周りをドーム状に囲っていく。
「すごっ!?」
「ん。このまま捕まえる」
もう少しでドームが完成する。そう思った時、木の上から虹色の魔物が飛び出した。
その正体はもちろん
「む、逃げられた」
「ほんまにいたんか!」
「追いかけましょう!」
さやかの言う通り、ここで逃がすわけにはいかない。わたし達は急いで後を追う。
「シエラちゃん乗って!」
「ん」
姿勢を下げたわたしに、シエラが抱き着くように乗っかる。
彼女の靴は間に合わせ。まともに走れるものじゃないので、こういう状況になった時はわたしが担ぐことになっている。シエラの体重はすごく軽いし、魔力で強化をすれば担ぐのだってへっちゃらだ。
「まだ見える!?」
「あっちの方」
シエラが視線を向ける方向。確かに虹色の光が見える。木漏れ日を反射するその甲殻は、この距離でも大いに目立っていた。けど──。
「ちょっと飛ぶの早すぎない!?」
「ハァ…ハァ…虹色甲虫は……目立つ分、その速さで……外敵から身を守ると…ハァ…ハァ…」
「いいよ無理して解説しなくて!?」
虹色甲虫の飛行速度は予想以上だった。
脇腹を押さえるさやかは限界が近そうだし、かくいうわたしも正直しんどい。もうあの個体は追わなくていいんじゃないだろうか……そんな考えが頭をよぎる。
「ん、任せて。【
その時、背中から細い声が届いた。
シエラの詠唱の直後、脚の重さが嘘のようになくなる。それはまるで足に翼が生えたかのように、一歩の幅が大きく広がった。
「すごい!すごいよ!月にいるみたい!」
「行ったことないやろっ!」
これなら追いつける!
「かえでちゃん!シエラちゃんをお願い!」
「任されたでっ!」
シエラをかえでに預け、わたしはさらに速度を上げる。シエラの魔法の力はかなり物で、その距離はぐんぐんと縮まっていく。そして──。
「そりゃーー!!」
狙いすました虫網。振りきった後、握りしめた柄には確かな手ごたえがあった。見れば網の中にはしっかりと虹色の輝きが捕らえられている。逃げ出されないよう、わたしはしっかり網に覆い被さった。
「さやかちゃん!!かご!かご!」
「少し待ってください」
逃げられないように気を付けながら、わたしはカブトムシの胴体を鷲掴みにする。かえでがなんだか嫌そうな顔をしているけど、気のせいという事にする。蓋を閉めると、中からはカリカリと壁をひっかく音が聞こえた。
「捕獲かんりょ~!!」
「いや近くで見たらやっぱ顔グロッ!?」
「綺麗」
かえでとシエラの相反する感想。わたしはかえでちゃん寄りの意見です……。
「何はともあれ、とりあえずこれで依頼達成やな」
「納品受付をすれば、ですよ。探検は無事帰るまでが探検ですからね」
さやかの言う通り、ここはまだ迷宮の中。未知の魔物やら罠やら、危険なものはいくらでもある。それはわたしも理解していることだ。
──だからソレに遭遇してしまったのは、ただ単に運が悪かっただけの話なのだ。
◆◆◆
「あれ、この気配……」
空気がざわついてるような……。
少し集中して周囲の状況を取り込む。目を閉じると、風の音と虫の鳴き声に混じって、遠くから魔物が近づいてきてるのを感じた。これは──。
「みんな!2時の方から魔物が来てる!数は……多分、多めッ!」
「ちゅーことは10匹近くか。目的は果たしてもうたし、早いとことんずらせん?」
「ううん。結構足が速い魔物みたい。この感じだと、逃げるより待ち伏せして奇襲した方が後々楽かも」
シエラの方を見る。
彼女の実力はわかっている。ついさっきだっていろいろと手助けしてくれたし、足手まといになることは無いはずだ。
けど──。
(一緒に戦うのは初めてだし、ほんとはもう少し段階踏みたいんだよね……)
下手な連携は集団の安全を損ねる。この場合、慣れているわたし達よりもシエラが危険だ。そんな視線の意図が伝わったのか、はたまたなにかを察したのか、シエラは力強く頷く。
「大丈夫。みんなに迷惑はかけない」
「来ますよ」
さやかに言われ、わたし達は近くの茂みに身を隠す。
それから数秒後、木陰から覗くわたし達の前に魔物達が姿を現した。黒い骨格、ワニ並みの体躯、それと同じぐらい巨大なアンバランスな顎。
蟻のような姿のその魔物達は、どこかで仕留めたであろう【大ミミズ】の死骸をせっせと運んでいた。
「【
「……そうなると、ここで奇襲も美味しくないね」
第3等級、"
「
「あの魔物の名前です。仲間意識が強く、1匹に攻撃すると近くの巣から延々と増援がやってきます。偶然流れ弾が当たったせいでパーティが壊滅──というのはよく聞く話です」
さやかの言葉を聞いて、シエラが顔を険しくする。
「どうするの?」
「撤退が安定やろ。幸い相手さんはまだこっちに気づいとらん」
「私の魔道具で気を引きます。念のためこれで距離を取ってからにしましょう」
さやかの懐から飛び出した魔道具が、大回りで敵の目の前に展開される。毎度おなじみの
「ほんま便利やなぁそれ。作るの結構手間なんちゃう?」
「面倒ではありますが、安全には変えられません」
「そうだね。このまま少し待って───後ろッッ!!」
突然の敵意。咄嗟に抜いた剣で背後を切り払う。
背後に感じた気配。その正体は、真っ青の体を持つ蜘蛛のような魔物だった。体を真っ二つにしたにも関わらず、まだ動き続けてる脚はものすごく気持ち悪い。尻尾から出ている糸は木の上まで続いていて、見上げると灰色の巣のようなものが目に入った。
「ごめん全然気づかなかった!!」
「無理もありません。これは【
「おいおい来とるで!」
シエラの叫び声が響く。振り向くと、先程の蟻たちがこちらへ突撃してきていた。
確かに声大きかったかもだけどさぁ!
「戦略的撤退っ!!」
一斉に魔物へ背を向ける。
蟻や蜂などの魔物は総じてナワバリ意識が強い。テリトリーの外まで逃げ切れば、増援の可能性はぐっと低くなる。それに、わたしたちはまだ彼らに攻撃していない。この段階で仲間を呼ばれる可能性も低いハズ……っ!
「ほのか、後ろ。近づいてきてる」
背中から聞こえるシエラの声。チラリと後ろを確認する。
思ったより距離は取れていない。それどころか少しずつ距離は縮まっている気までする。追ってきているのは4体。もともと獲物を運んでいたようだし、巣に戻る方とで2手に分かれたのだろう。
「数が少ない内に迎え打つべきやないか!?」
「ここじゃ木が邪魔で戦いにくいよ!とりあえず開けたとこに行かなきゃ!」
「シエラに任せて。【
シエラが詠唱した魔法が、光となってわたし達を包み込む。先ほどと同じ、体を軽くする魔法だ。
「ありがとー!」
「楽にはなったけんど、どうするんこれ!?」
「確かこの先に広場があります!そこで迎え撃ちましょう!」
「ん、わかった」
他の魔物に気を付けながら、わたし達は樹海の中を駆け抜けていく──。
◆◆◆
数分後。
さやかの言った通り、わたし達の目の前に小さな広場が現れた。森林地帯にもたまにこういう場所がある。曰く、何年も日が差さなかった結果、新しい木が芽吹かないことがあるらしい。そのまま周囲の木が寿命を迎えると、こういう草が生えただけの広場ができるんだとか。
「ここ……」
場所としては悪くない。剣が振りやすいこの場所は、森の中に比べれば何倍も戦闘に向いている。
でもなんだろう、この嫌な感じ……。
「で、どうするんや?」
「ここで迎撃してもいい……と思う」
「私も特に意見はありません。ほのかの判断に従いますが……。なにか懸念でもあるのですか?」
「うん。ちょっとね……」
さっきの個体達を攻撃しても、すぐに増援がやってくるようなことは無いだろう。
危険からは遠ざかってるはずなのに、漠然とした不安な気持ちがぐるぐると回って消えてくれない。足元の草むらが、目の前の木々が、突き抜ける青空が、少しも変わらない周りの風景たちが、何故か不気味に見えてきて仕方がないのだ。
「ほのか、どうしたの?」
「うん。うまく言えないんだけど、なんとな〜く胸騒ぎがするというか、あんまり長居するのはよくない気が──」
「部長、悪いけど考えてる時間はなさそうや」
わたしの懸念は、砲剣を構えたかえでに制止されてしまう。
森の方面から魔物達の気配が溢れ出す。迸る緊張感。各々が得物を構えたころ、それらは木の陰から姿を現した。
「キシシシシ……」
第3等級魔生物、
数は変わらず4体。先ほどよりも近くで見るその魔物は、サイズに対して感じる圧力はかなり強い。これら1匹ずつが、四ツ鎌や
「
「大丈夫。まかせて」
さやかはそういって後ろに下がる。特に近距離戦において、運動が苦手なさやかは分が悪い。代わりにさっきまで殿を務めていたかえでが前に出る。
「部長。今回は出し惜しみせんで」
「わかってる。シエラちゃんは──」
「ん。大丈夫。シエラ、後ろからちょっかいかける」
「ありがと!そうしてくれると助かる!」
シエラには、もし戦闘する場合は魔法だけで戦うよう言ってある。幸いにも彼女の魔法は遠くからは風魔法と見分けがつかない。近接戦で服が傷ついても大変なので、しばらくは後方支援してもらうことにしたのだ。
「ほなさっさと行くで──ん?」
距離を詰めようとしたかえでが、突如空を見上げ立ち止まる。
敵の眼前にもかかわらず、あまりにも無防備なその態度。しかし、
わたし達の視線の先、青く澄んだ空の中に、小さな黒い点が映る。
──そして、その点はすぐに巨大な影へと姿を変えた。
「敵襲──」
さやかが言い終わるより早く、影が目の前に落下する。着地の衝撃は地響きという形でこちらまで届き、巻き上がった土煙が視界を塞いだ。煙の向こうからは凶悪な金切り音や強風の吹き抜ける音が断続的に響いており、すでに状況が始まっていることは誰の目にも明らかだった。
「ケホッ!ケホッ!なんやこれ!」
「みんな!構えて!さやかちゃ──」
「『
「
二人はわたしが指示を出す前に動いていた。魔道具と魔法の力により、土煙が散っていく。木々の先、落下してきたモノの全容が明らかになるにつれ、わたし達の間にはこれまでに無い緊迫した空気が張り詰めていく。
「なに…あれ……」
落下してきたモノの正体は、巨大な鳥の魔物だった。
4本の脚と鋭い爪。翼竜並の巨体とそれに揺られる2対の翼。のたうち回る尻尾はよく見れば蛇の頭が付いていて、射抜くような相貌はわたし達を文字通り獲物として見定めている。周りに散らばっているあの黒い破片は、恐らく一瞬前まで目の前で対峙していた──。
「なんやこいつッ!?」
「見たことの無い魔物です!警戒を!」
「【
「え?」
緊迫した状況下、シエラの呟いた言葉が強く耳に残る。けどそれは、魔物の名前に耳馴染みがなかったからじゃない。
──彼女の放つその言葉に、燃えるような怒りが宿っていたからだ。
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