第11話 VIIIbit Explorer

「うわぁ……!」


 目の前にいる冒険者たちの集まりを見て、シエラが感心している。

 千葉124は郊外の森の中にある。本当ならあまり人が集まるとこじゃないけど、そこは迷宮効果、人口密度はアルマケを超えている。特に迷宮前の広場は人で埋め尽くされていて、少人数かつ女の子だけのわたし達は少し肩身が狭い。


「ほのか、わかっていますね?」

「もちろん!先生からの【依頼クエスト】、絶対クリアするぞー!!」

「ほんまにわかっとるんかなぁ……」


 かえでのため息を余所に、わたしは空高く腕を掲げる。

 シエラがやってきてから、早いもので1週間も経ってしまった。廃部の期限は残り数日に迫ってきている。今週中に先生からの依頼クエストを達成できなければおそらく次はないだろう──。


 とはいえだ。


「確かに依頼は意識しなきゃだけど、それ以前にわたし達は"迷宮探検部"なんだよ?迷宮に来たなら、めいっぱい楽しまなきゃねっ!」

「確かに肩の力入れすぎんのもあかんけども……。はぁ……不安や」

「大丈夫です。先ほどは釘を刺しましたが、今回の依頼は4級の魔物の捕獲。普段の私達なら問題なく達成できる範囲です」

「4級?」


 聞きなれない言葉だったからか、好奇心旺盛なシエラが飛び込んでくる。

 いつもの服に加え、今日の彼女はアルマケで買った杖も背負っていた。そのまま持つ、というのは出来ないので、肩紐を付けて持ち運んでいる。


「魔物の等級分けのことです。最も低い第6等級からの第1等級まで、危険度や希少性を元に決められています。先日シエラが倒していた"食大蔦スプレッドミル"は4級の魔物です」

「ん。ということは、今回のも同じぐらい強い?」

「あれは魔法も使う個体だったから4級の中だと上澄みじゃないかな~。それに魔物の等級って強さだけ決まってるわけじゃないんだよ?」


 わたしはシエラにスマホを見せる。画面に映っているのは今回の依頼クエスト目標、虹色甲虫レインボーンの画像。虹色の甲殻に身を包んだカブトムシのような魔物だ。


「これは虹色甲虫レインボーンっていう魔物なんだけど、すっごく逃げ足が速くてなかなか捕まらないんだよね。だから強さだけなら5級以下なんだよ」

「ん、奇麗」

「アクセサリーに使うんだって」

「微妙に俗っぽいですよねあの人」

「まあバイト代は出してくれるらしいねんからええやろ」


 依頼クエストの依頼者は受注者に何かしらの対価を払う必要がある。企業の場合は素材や武器なんかを現物支給することもあるそうだけど、普通はもっぱらお金だ。


「ん、これ捕まえればいい。どこで見つかる?」

「比較的珍しい魔物ではありますが、この迷宮のでは多くの目撃証言が上がっています。証言の数からしても向かえばほぼ確実に捕らえることができるでしょう」

「そりゃ行きたいのはやまやまやけど、確か北側って復讐軍蟻レヴアントのテリトリーやろ?危険度考えるとあーしはあんまり気乗りせんなぁ」


 復讐軍蟻レヴアントは第3等級の魔物だ。1体ごとの戦闘力はそこまでだけど、この魔物の恐ろしいところはその特性。名前にと入っているだけあり、1匹でも攻撃すると仲間がわらわら湧いてきて手に負えないのだ。


 意見を求めるように、3人の視線がこちらへ向く。


「さやかちゃん。虹色甲虫レインボーンって北側以外では見つかってない感じ?」

「いえ、数はかなり減りますが、南側でも目撃はされています」

「じゃあ今日のところは南側を探索しよっ!今日見つかれば御の字、見つからなかったら明日北側から入ろっか」

「堅実でええんちゃう?」


 期日まで時間がないとはいえ、それは安全を疎かにする理由にはならない。逃げられる場面は逃げる方が良いに決まっているのだから。


 そんなことを話しながら、わたし達は迷宮の受付までやってくる。

 迷宮の前には本来"千葉12"のように管理委員会の建物が作られるはずなんだけど、"千葉124"は新しい迷宮だから受付も仮設的なプレハブだ。


 そして、その向こうには黒光りする巨大な建造物がある。向こうの世界にはないものだからだろう。後ろを歩いていたシエラがわたしに耳打ちしてきた。


「ほのか、あの壁なに?」

「千葉12の時と同じ、あの中に迷宮への入口があるんだよ」


 ダンジョンへの入り口は本来巨大な扉として存在している。この壁はそれを囲うための、いわば檻のようなものだ。歩いてきてくれたさやかが補足を入れてくれる。


「この壁は凶暴な魔物の流出を防ぐ処置です。もし迷宮から魔物が溢れ出れば、常駐する探検家だけでは手が足りませんから」

「けったいなもんやでほんま」


 迷宮用の重装備を着込んだかえでが小声で言う。普段は小さなかえでだけど、鎧を着ていると一回り大きく見える。なんとなく圧力を感じるのはやっぱり顔が見えないからかな?


「迷宮内の状況ですが、少し調べた限りは特段変わった様子はないようです。立ち入り制限などはかかっていないようですよ」

「それなら安心だね!せっかくちゃんと準備したんだし早く行こっ!」


 受付の前には順番待ちの列が出来てたけど、その分数も増設されてたらしく、わたし達は思ってたより早く職員さんの前に立つことができた。


「3級探検家の蘇芳ほのかです!4人パーティで申請お願いします!」

「かしこまりました。【探検家ライセンス】の提示をお願い致します」


 職員さんは笑顔で対応してくれた。本来は迷宮に入るときはこうしてライセンスの提示が必要になる。行きつけで顔見知りということもあるけど、優希さんのところは本当に例外なのだ。


 言われた通りわたしはポケットに入れておいた黒色のカードを取り出す。


「そちらの方は?」

「シエラ、それ持ってない」


 シエラが不安そうにしていたけど、それに関しても問題ない。


 通常1〜5級まであるライセンスの階級は、数字が若くなるほど特典が増えていく。3級探検家はそこそこ実力が信頼されているので、難しい迷宮でなければ民間人だって連れて行ける。

 慣れているのか、受付の人も特に止めるようなことはしてこない。


「蘇芳さんの随伴ですね、わかりました。それではあちらの入口にお進みください」


 職員さんに言われた通り進むと、その先には空港の手荷物検査場のような施設があった。


 迷宮に入る時の検査はしっかり行われる。

 持ち込む装備は事前にリストアップしておかないといけないし、何人で入ったか、どこから来たか等も(本当は)明記しなくちゃいけない。迷宮内は人目も少ないし、いろいろなが起きる。そういう時に不要な疑いを掛けられないためにも、持ち込む得物はちゃんと申告するのがマナーでありルールなのだ。


「それでは、こちらで一旦荷物を預かります」

「(シエラちゃんシエラちゃん!)」

「!」


 勝手がわからずおろおろしているシエラに話しかける。そういえばシエラにこういう細かいところを伝え忘れていた。


「(持ち物は1回こっちにおいてね。あとですぐに返してもらえるから)」

「(ん、わかった)」

「蘇芳さんはこちらでお願いします」

「あ、はい!」


 職員さんに呼ばれてしまったので仕方なくシエラと別れる。


 持ち物が少ないわたしは、検査にかかる時間も短い。案の定パパっと終わってしまったけど、やっぱりあの子を1人で置いてきたのが気がかり……


「部長〜。あーしも終わたで」

「やっほ〜!お疲れ」


 ゲートから出てきたかえでとハイタッチ。フルフェイスの鎧を着る彼女は、見た目に反して持ち物は少ない。武器と防具以外は持ち歩かない主義なんだとか。戦闘員としては正しい判断だけど、かえでの場合装備が重すぎてほとんど意味ない気もしている。


 そんなこんなでかえでと2人で暫く待っていたけど、残る2人がなかなか出てこない。


 ──なにかがあったに違いない。


「かえでちゃん。わたしちょっと様子見てくるね」

「おう、気をつけてな」


 かえでに手を振り、周りを軽く見て回る。さやかはともかく、やっぱりシエラの方は迂闊だったかもしれない。何事もなければいいんだけど……。


 とりあえず、ゲート付近を重点的に探索。空港と同じく出口は何か所かあるので、それらを一つずつ確認していく。そうしていくつか過ぎたころ、知っている人物がなにやら職員さんを困らせているのが目に入った。


静寂しじまさん、こちらは…」

「魔道具です」

「こちらは…?」

「自作の魔道具です」

「ではこちらも……」

「それはただのブロマイドです」


 視線の先にいるのはさやかだった。役職の都合上、彼女の持ち物はわたし達の中でも圧倒的に多い。今日も今日とて職員さんに止められていた彼女は、持ち物である機械仕掛けの動物達に囲まれ通路を塞いでいた。


「さやかちゃん!」

「ほのか。どうしましたか?私に会いにきてくれたのですか?」

「うーんまあ半分正解だしそれでいいよ」


 わたしが視界に入ると、さっきまで難しそうだったさやかの顔が一気に綻ぶ。クールな見た目に反していろいろと分かりやすい。

 さやかが1人、ということはシエラも1人のはず。彼女とまだ合流できていないことを説明すると、さやかは顎に指を当てて思考を始めた。


「シエラの持ち物は何でしたか?」

「えぇっと、みんなで買ったお菓子でしょ。例の杖でしょ。あとはさやかちゃんの翻訳機を出してたかな。職員さんが何とかしてくれるかなぁと思ったけど、やっぱり迂闊だったかも……」

「……確認しますが」


 一拍空けてさやかが言う。


「シエラは持ち物を全て出していたんですよね?」

「そうだよ!」

「私の翻訳機を外したのなら、シエラは今言葉がわからない状態なのではありませんか?」

「───」




 職員さんに詰められ涙目になっているシエラと合流したのは、それから数分後のことだった。


 ◆◆◆


「怖かった」

「ごめんね!ごめんねぇ!!」


 今後シエラを一瞬でも1人にするのはやめよう……わたしはひっそりとそう決意した。


 なんとか人目を誤魔化したわたし達は、扉から離れた場所で倒れ込んでいた。前回と同じく、周囲は鬱蒼としたジャングル。じめじめとした暑さが纏わりついてくる。


「ほのか、さっきのは流石に気を抜きすぎです。なのですから、もっと自覚を持ってください」

「はい……ほんとに気をつけます…」

「ほんまもう心臓に悪いわ…」


 そういいながらかえでが兜を外す。気温のせいか、彼女の頭は茹っていた。


「がー!!暑すぎるわここ!!」

「うへ~ほんと暑くて干からびそ~……。シエラちゃんも、大丈夫?」


 シエラの方へ向き直る。

 かえで作のシエラの服は、布面積が広い分熱も籠りやすそうに見える。素肌(?)を見せないためとはいえ、熱帯気候のこの迷宮ではしんどいはず。


「ん、大丈夫。シエラ、服の下に空魔法エリアルワイズを展開してる。ずっと風浴びてるから暑くない」

「なにそれすごっ!?わたしにもやって!」

「いいけど……少しでもズレると肉が抉れるか服が弾ける」

「そこまでのリスクは背負いたくないかな!!?」


 血の気が引くタイプの涼しさは求めてなかったよ。


「ちゅーかそれシエラは平気なん?」

「ん。シエラの翼は魔法弾くから、あえて魔法を散らして風だけ起こしてる。他の人にやろうとすると肌の近くで攻撃魔法使うことになって危ない」

「な、なるほど……」


 とりあえずシエラにしか出来ないことというのはわかった。

 と、話を静観してたさやかが口を開く。


「暑さに関しては私の両翼扇風機ファルコプターで対応してください。それよりあちらに宝箱がありますよ」

「わー!!ほんとだ!!」


 茂みをかき分け森の中、誰かがキャンプしたであろう跡地に大きな箱が置かれている。こんな場所に置かれてるのに汚れはそこまでついておらず、箱自体新しい物であることがすぐにわかった。


「なに、この箱?」

「宝箱だよ~!もともと他の探検家の忘れ物とかを入れとく用のものだったらしいけど、今は持ちきれないアイテムとかを入れて他の人に譲る為に使われてるね」

「まあなんというか、探検家の遊び心やな」


 当然鍵などはかかっておらず、蓋は簡単に持ち上がった。中身は【弓兵きゅうへい】用の矢が数本と薬草。そして得体のしれない薬らしき小瓶……。


「薬草だけありがたく貰いましょう。私達のパーティでは矢は使いませんし、小瓶は不安の方が大きいですしね」

「そうだね。じゃあわたし達もなにか入れとこっか!」


 とは言ったものの今日はまだ探検を始めたばかり。いつもは拾ったものや倒した魔物の素材を入れてるけど、どうしようかな……。うんうん唸っていると、シエラがおずおずといった風に口を開く。


「これ、何入れてもいい?」

「う~んまあ危険物じゃなければ多分いいんじゃないかな」

「この小瓶も危険物の可能性あるねんけどな」

「ん。ならシエラの入れたい」

「え」


 予想外の提案。わたし達の間に何とも言えない不思議な空気が流れる。


「なんや?新手の呪いかなんか?」

「そんな人形に髪の毛を入れるみたいな」

「違う。お姉ちゃんがこれ見つければ、シエラがここに来たってこと伝えられる」

「あ~なるほど……」


 確かに一理ある。今回の探検は依頼クエストの達成以外にも、シエラの姉の探索という目的もある。もしシエラのお姉さんもこの世界に来ているのだとしたら、あちらもシエラとの合流を目指しているはず。情報を伝える努力はしておく方がいい。


「でもシエラちゃんの羽根って、奇麗だけどそんなに珍しい感じでもないよね?お姉さんが見てわかるものなの?」

「それなら大丈夫。シエラとお姉ちゃん、特別な魔力の繋がりがある。近くに来たら絶対わかる」

「良い案だとは思いますが、1つ懸念点が」


 さやかが難しい顔で手を上げる。


「シエラの追手についてです。もし仮に敵対者もこの世界に来ているとすれば、その行為はみすみす敵に居場所を教えることに繋がりませんか?」

「確かに。じゃあ敵にはバレないように、お姉さんにだけ分かるようにしないといけないんだ……」


 う~んなにかいい方法ないかな……。


「あ、そうだ!シエラちゃん!」


 ビビっと閃く。これならきっと大丈夫。


「お姉さんは近くに来さえすれば羽根があるってわかるんだよね!」

「ん。絶対」

「なら箱を二重底にしよっ!」


 わたしは笑顔で手を叩く。


「まあ確かに、人間探しとる敵さんが箱開けたとして、わざわざ底引っぺがしてまで確認するとは思えんしな。慣れとる普通の探検家は厚みで疑うやもしれんけど、そっちに見つかってもぱっと見ただの羽根やし」

「お姉様の場合は近くに来た時点でわかりますし、いいかもしれませんね」

「ん、そうしよう」

「よーし!そうと決まれば加工だよ!迷宮探検部、ファイオー!!」

「「お~」」

「やる気っ!!」



 ──近くに埋めるだけで良いということに気付くのは、それからしばらくしてからだった。

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