第10話 To:Be continued
「なるほど。今朝そんな話を」
「うん!シエラちゃんもそろそろ迷宮潜りたいんだって!!」
「タイミングええな。今日ちょうど先生に話通す予定だったんや」
放課後。わたし達はいつもと同じように部室に集まっていた。
部室の修理は完了してるし、人を呼ぶにも問題ない。こうやって見ると数日前のボロボロだった景色が嘘みたいだ。いつもと違うことと言えば──。
「ん。シエラ、やっぱり早くお姉ちゃん捜しに行きたい。その為には
「長て」
「確かに先生の許可は必要だね」
今日はシエラも部室に来ている。
実際のところ迷宮に潜るだけなら先生に会う必要はない。別に先生が迷宮を管理してるわけじゃないからね。だけど、話を通ささず迷宮に行っても先生は納得してくれないと思う。
「その人、どんな人?」
「いい人だよ!ちょっと押しが強いけど」
「人のこと言えへんやろ」
そ、そうかな…?
わたしがそわそわしていると、さやかが腕に巻いた時計を確認する。
「もうすぐ約束の時間になります」
「思ったより早いねんな。あーしもちょいと緊張してきたわ」
襟を正す面々にならい、シエラもすっくと背筋を伸ばしている。
どちらにせよ週末にはまた"千葉124"に潜る予定だったし、今日部室に集まったのもその目的を果たすためだ。シエラの"お願い"も問題なく聞いてあげられる。
廊下側の曇りガラスに人影が映った。
「よぉ〜お前ら!」
勢いよく扉が開かれる。
そこに立っている人物こそ迷宮探検部の顧問、"
「毎回それで入ってくるのをやめてください、カイ先生」
「まあまあ壊れたら直すから心配すんな。それで?蘇芳からは部員が見つかったって聞いたんだが…」
入ってきたカイ先生は、何かを探してきょろきょろと周囲を見回す。
シエラを部員にするための最終関門、先生からの承認。学校に提出する書類とかは先生がまとめてくれることになっているので、新入部員を入れるためには避けては通れない。
先生とシエラの目が合う。
「お、君か。新入部員は」
「
「おう……なんかこう、態度がでかいな……」
敬語ができなかったシエラに対し、先生は顔を引き攣らせながら対応する。
「私はこの馬鹿どもの顧問をやってる"カイ"ってもんだ。よろしく」
シエラに対しカイ先生が右手を差し出す。もともとこの人は生徒との距離がすごく近い。初対面の相手と挨拶し合ったなら握手ぐらい普通にするだろう。けどシエラには手が無いので、先生の意図を察せずオロオロするばかりだ。
「先生おっすおっす!」
「なんでお前と握手しなきゃならんのだ」
シエラを前に出すわけにはいかないので先生の手は私が横取りする。どう考えても奇行なんだけど、先生は特に気にしてなさそうだった。「まあいつものことか」とだけ呟き席に着く。
作戦通りではあるけど、普通に流されるとそれはそれでちょっと納得いかないかも……。
「そんで?要件はその子の入部申請だろ?書類は準備してるか?」
「はいはーい!こちらです!」
わたしは持っていた資料を手渡す。こちらもさやかと協力して昨日の内に作っておいた。受け渡しした後わたしはそそくさと下がる。
なにか思うことがあったのか、カイ先生は一通り目を通すまで何も口にしなかった。読み終わった先生が目線をこちらに向けなおす。
「なるほど。2級相当の風魔法に高い近接戦闘力、これが本当なら
「あ!先生それは禁句っ!めっ!」
ちょっと気にしてるんだから!
「悪い悪い冗談だよ。まあこの齢でこの実力ってなら将来有望だな。むしろこちらから入部をお願いしたいぐらいだが……」
先生が視線を落とす。見ているのは多分、来歴の部分だろう。
「”迷災孤児”、ね」
「はい。彼女は魔物に襲われ家族を失った、迷宮災害の被害者です」
迷宮がいつどこに発生するかは誰にもわからない。ある日突然町の中心に現れるということもざらだ。特に昔は魔物に抵抗する手段が今より少なかったし、その頃は今よりもっとたくさんの被害が出ていたらしい。そうして親を亡くした子供達は、迷災孤児と呼ばれ、全国の孤児院で育てられている。
もちろん、本当のところシエラは迷災孤児じゃない。
けど通信制クラスに入るにも適当な書類が必要になる。この子も迷宮から出てきたわけだし、ある意味では迷宮の被害者でもあるし……ということで、彼女には迷災孤児として振舞ってもらうことにしたのだ。
そんなことを考えていると、カイ先生の眉間にしわが寄っているのに気付いた。あれ?なにかまずい部分とかあったかな……?
「な、なにか?」
「別に。ただ孤児って言うのが気になってな」
「孤児だとなにかまずかった!?」
「いや、別に孤児だから、通信制クラスだからって断ることは無いぞ。だが飛鳥井は迷宮のせいで家族を失ってるんだろ?単純に本人は迷宮に苦手意識とか無いのかと思ってな」
た、確かに!!
言われてみれば迷宮災害被害者が探検部に入るのはちょっと違和感あるかも……。
先生は続ける。
「こいつらはイかれてるから別だが」
「ちょい」
「本来迷宮探検は過酷なものだ。1週間潜って何の成果もないってのもザラ。命に係わることもザラ。ちゃんとした目的──ないしモチベーションがないと、続けるのはしんどいぞ?」
頬杖をついた先生が目を細める。
先生の問い方は、心配をしているというよりはシエラを試しているみたいに見えた。現役は引いていても先生も元探検家。そんな意図を察したのか、シエラが口を開く。
「シエラ、お姉ちゃん探したい。部活入ったら手伝ってくれるってほのかに言われた」
「ストップ!それわたしが弱みに付け込んでるみたいに聞こえない!?」
「ほう。つまり飛鳥井本人は別に迷宮探索をやりたいわけではない、と?」
「せんせーい!それは聞き方がずるいと思いますっ!」
誘導尋問だ!違法捜査だ!
「それは違う。シエラ、迷宮探検興味ある。また行きたいと思ってる」
「ん?なんだ経験者か」
先生が眉を上げる。
「センセイ、迷宮探検が辛いものって言った。けどそれは嘘。シエラ、ほのか達と一緒に迷宮に行くの楽しかった。」
「そうか。なら面接なんて必要なかったな」
先生の表情がふっと和らぐ。それを見てわたしも肩の力が抜けるようだった。どうやら面接は突破できたらしい。正直これでダメ!とか言われたら廃部の危機がぐっと近づいてたので、何事もなく終わって助かったよ……。
「…じゃあこれで廃部は取り消しってコトだね!」
「いや、残念ながら私の一存で決められる話でもないんだなこれが」
カイ先生はわかってたとでも言いたげだった。こういう時先生が持ってくる話はすごくいい話か悪い話の2択と決まっている。
「正直なこと言うとな、私からすれば部活なんて好きにやってもらって構わないんだ」
「え~じゃあなんとかしてよぉ~」
「自分で言うのもなんだが先生かなり融通利かせてると思うぞ?」
カイ先生がため息をつく。
「はぁ……。お前らは今回、本来は廃部だったとこを特別に見逃されてるわけだ。そんな状態の奴らを特にお咎め無しで許すほどウチの上層部は適当ではないんだよ」
「たかだか学校やしそんな権力ないやろ」
「失礼だな。内申やらんぞ」
残念ながら今回は悪い方だったらしい。
およそ先生として最悪の返しが伝わらなかったようで、シエラはきょとんと首を傾けている。
「シエラは何すればいい?」
「単純な話だ。お前ら4人でパーティー組んで迷宮に潜ってくればそれでいい」
「え?そんなので良いの?」
「簡単じゃあ無いぞ。今回課題にされてんのはこないだできたばっかりの『千葉124』だ。慣れない環境とメンバーでちゃんとやれなきゃ意味ないだろとかなんとか──新しいダンジョンなんて危険で仕方ないっつーのにやれやれ」
「先週行きましたね」
「今週潜る予定やな」
「足が早いなこの探検バカども!!」
先生が呆れて頭を抱える。
「お前ら今結構追い込まれてんだぞ?なんで普通に迷宮潜ってんだ呼び込みやれよ」
「まあまあでもそうやってダンジョン潜ったからこそシエラは──」「このアホ!」
痛い!
かえでのチョップが炸裂する。
うっかりシエラの身の上を話しそうになったのはごめんだけど、だからってものすごいアホを見る目でこっちを見てくるのはやめて欲しい。悲しいから。
「シエラは、なんだ?」
「『千葉124』には宣伝用の動画を撮りに行ったんです。完成したそれを見て来てくれたのがその子になります」
「なるほど。てっきり現実逃避でもしてたのかと思ったが、お前らは私が思っていたよりは真面目だったらしい」
真顔で誤魔化しているさやかはすごい。確かに動画は撮りに行ったし、シエラにも動画を見せた。わたしはと言えば先生の言葉が半分正解だったから、恥ずかしさで顔から火が吹き出しているというのに。
「にしても部員増やせ言う割に条件絞るのは酷ないか?」
「そりゃそうだ。これはいわば新メンバーの加入試験。お前らが廃部を免れたのはこれまでの実績あってこそだろ?。適当な人間を数合わせで採用されてたんじゃ意味がないからな」
「まあ心配は要らなそうだが」、と先生が呟く。
最悪誰かに名前を貸してもらうって話もあったけど、こうなるとその作戦取らなくて正解だったかもしれない。何が起こるかわからない都合上、新しい迷宮に素人を連れて行くのはリスクが大きい。初心者を安全に連れて歩くには、今の探検部では人手が少な過ぎる。
「先生も探検家だもんね!」
「元だけどな。これでも昔はブイブイ言わせていたんだが、教師は忙しくて叶わん」
ハッハッハと先生は自虐的に笑っている。忙しいはずの先生がわざわざ存続のためにいろいろ動いてくれるのも、この人自身が迷宮探検を好きだからに他ならない。こんなところで大人の世界の厳しさを語っているのも、今のうちに楽しんでおけという意思表示なんだと思う。
「シエラ頑張る。ほのか達助ける」
先生の言葉を聞いたシエラは、やる気ありげにふんすと手を引いている。
「なんか随分懐かれてんな蘇芳。とても同い年には見えん」
「あはは……なんでだろ……」
心臓に悪すぎるよー!!
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2024/8/1 改稿
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