第13話 Hainuwele

「【空魔法:大渦エルヴェルベール】ッッ!!!」


 空へ飛び出したシエラは、担いでいた両手杖を魔物へ向けた。

 杖が一際大きな光を放った直後、魔物の周囲を何重もの空気の塊が取り囲む。まるで内部を押しつぶすかのように圧縮されていった空間は、しかし魔物が羽を広げると同時に霧散してしまう。

 魔物の鋭い眼光がこちらを見据えた。


「シエラちゃん!?」

「なんやどうしたっちゅうねん!」

「わかんない!けどあの子、あのおっきい鳥のこと知ってるみたいだった!」


 あれだけ感情を剝き出しにしたのだ。なにも関係が無いなんてことはあり得ない。


 わたしは剣に魔力を込める。

 シエラがどうして怒ってるのかわからないけど、とにかくあの魔物は普通じゃない。助けに行かないと!


「うッ!」

「シエラちゃん!!」


 飛び上がった魔物の攻撃によって、シエラが弾き飛ばされる。落下する彼女と地面の隙間へ駆けた。ギリギリのところで間に合ったわたしは、彼女が地面に当たるすんでのところで抱き止めることができた。


「シエラちゃん!!いきなり1人で突っ込んで危ないじゃん!!」

「アイツは……あの魔物は!シエラが殺さなきゃいけないのッ!!」


 シエラの放った強い言葉が、わたしの中に深く突き刺さる。その言葉の対象がわたしじゃないことはわかる。わかるけど、少し前までの大人しかった彼女と、煮え滾る怒りを湛えた今の彼女では言葉から受ける印象もまるで違う。


「落ち着いてよ!闇雲にいっても勝てないよ!」

「そうやぞ!まずは協力せな!!」

「来ますッ!!」


 魔物の翼が大きく振るわれ、凄まじい風が巻き起こる。冗談みたいな風の力は、竜巻という形でわたし達を襲った。暴風に抗うため、わたしは剣を地面に刺して耐え忍ぶ。ただ翼を振るっただけでこの威力だなんて──!


「あかん!シエラが!」

「くぅっ!」


 かえで達は近くの木にしがみついていたけど、体重の軽いシエラは耐えきれずに吹き飛ばされてしまう。空を舞うシエラを視認し、魔物の尻尾、蛇の頭が不気味な光を放つ。食大蔦スプレッドミルと同じ、あの魔物も魔法を──ッ!


「かえでちゃんッ!!」

「喰らえやーッ!!!」


 魔物の追撃が来る前にかえでが動く。

 響き渡る轟音。かえでの持つ巨大な剣、その先端が開き、黒い砲弾が放たれる。空を舞うシエラに釘付けになっていた魔物はかえでの攻撃に気づかず、その一撃をもろに喰らう。強烈な爆発音が辺りを揺らし、舞い散る火の粉が周囲の草木を焦がした。


 1度の探検で2発しか装填できないかえでのとっておき。もちろん威力も並みじゃない。


「ガァァァァァ!!!!」

「ナイスかえでちゃん!このままカバー入るよ!」

「がってん!」

幻想獣機ファンタジオン:両翼扇風機ファルコプター


 わたし達が距離を詰めるのも、さやかが魔道具を放つのはほとんど同時だった。空を飛ぶ数匹の鳥は吹き飛ばされたシエラ方へと向かっていく。吹き飛ばされたシエラを助けに行ってくれたのだろう。


「【付与魔法グランツワイズ:炎々炎々ドゥナ・フラムズ】!!」


 詠唱。

 右手に握る剣が、纏わりつく炎によって赤く燃え上がる。魔法により拡張されたわたしの剣は、かえでの砲剣と同程度まで刀身が伸びていた。勢いを落とさないままわたしは魔物へと肉薄する。


「くらえーー!!!」


 かえでの砲撃により怯んでいる魔物はわたしの剣を避けようともしない。直撃した魔物の体は哀れにも真っ二つに崩れ落ち──。


 ──ることは無かった。


「なんで!?」


 まともに攻撃を受けたにも関わらず、巨鳥にはほとんどダメージが入らなかった。それもそのはず、剣が当たる直前、まるで蝋燭を吹き消すかのように炎がかき消えたのだ。


「(この感じ、シエラちゃんの羽と同じッ!)」

「オラァ!!!」


 わたしに続いてかえでの鈍器のような一撃が魔物に命中する。わたしの攻撃と違って、かえでの攻撃は純粋な筋力でダメージを与えている。例え魔法耐性があったとしても──。


「オラオラオラァ!!まだまだいくで!!」

「キアアアアア!!」


 かえでの連撃が炸裂し、鳥の魔物は悲鳴をあげる、いくら巨大といえど、流石にかえでのパワーは無視できないはず。ここは畳み掛ける!


「【付与魔法グランツワイズ:風閃リアフェルト】!!」


 横合いから飛び掛かると同時、わたしは付与していた魔法をチェンジ。本来は刀身に付与して貫通力を上げる風魔法、それを逆側に使うことで一瞬だけ剣速を上げるッ!! 


「とりゃー!!」


 かえでの対処に夢中な魔物へ、横合いからを見舞う。

 高速で放たれた刺突は、目論見通り胴体へ命中。刺さった部分からは赤い血が溢れ出す。


 血が出たということはダメージにはなったはず。けどこれじゃまだ浅すぎるッ!!


「ラッシュいくよ!」

「合点や!」

「ダメです!2人とも逃げて!!」


 後ろからさやかの声が聴こえた。


「え?」


 次の瞬間、わたし達の足元に旋風が巻き起こる。尻尾についた蛇がこちらを睨みつけていた。なにかの魔法が──。


「きゃっ!?」

「部長ッ!!」


 気付けばわたしは空中に投げ出されていた。さっきのシエラと同じ、地面が遠く離れた空。


 まずい。何が?落下が?


 魔物の尾が、さっきと同じように光ったことだ。


(あ、ヤバい)


 これ避けれな──。


「ほのかっっ!!」


 さやかの叫びに呼応し、魔道具達がわたしを弾き飛ばす。

 直後、一瞬前までわたしがいたところを何かが高速で通り抜けていく。それが過ぎ去った後、両翼扇風機ファルコプター達は見るも無惨な鉄屑へと姿を変えてしまった。落下するわたしには、彼らへ感謝する暇もない。


「ぎゃぷっ!」


 なんとか受け身を取ろうとするも失敗。口の中に苦い土の味が広がる。体に多少ダメージは入ったけど、今は倒れてる場合じゃない。痛む体に鞭打ち立ち上がる。


「ほのか!大丈夫ですか!?」

「ありがとさやかちゃん!わたしはへーき!それより2人は!?」

「クソッ!!なんちゅう馬力やねんこいつ!!」


 かえではわたしが抜けた分の穴を1人で埋めていた。巨大な鍵爪と剣が鍔迫り合う音が響く。さっきまでピカピカだった鎧は既に傷だらけで、この状況が長くは続かないことが否が応でも伝わってきてしまった。


 シエラは──。


「うっ……」

「シエラちゃん!」

「すみません……間に合いませんでした……」


 シエラは──脚の、腿の辺りから血を流していた。

 多分わたしの撃たれたのと同じ魔法が、シエラの時も使われたんだと思う。切り口は刃物で切られたみたいになっていて、わたしは咄嗟に破いた服で止血を試みた。


「消毒薬はあります」

「ありがと。シエラちゃんは任せていい?」

「それは良いですが……どうする気なのですか?」

「……逃げるわけにはいかないよ」


 他の探検家に助けを求めればシエラの姿を見られてしまう。それに怪我人庇いながら撤退するのもそれはそれでリスクだ。それなら、万全じゃなくても次善の今戦うのが最善のはず。


「ダメ……あいつはシエラが……」

「安静にしてください。貴女の勝手で2人が傷つけば、私は貴方を許せません」

「ちょっとさやかちゃん!」


 止めようとしたわたしを、逆にさやかが制止する。


「そもそも何故そこまであの魔物にこだわるんですか」

「……あの魔物が……怪怪鳥ヴィヴァルチャが、シエラ達を襲った奴だからっ!」


 心臓がキュッと閉まる感覚。シエラが潤んだ目でわたしに声を投げかけてくる。その必死な姿を前にして、わたしは言葉を失ってしまった。


「あれからお姉ちゃんの魔力を感じたッ!!あの魔物はお姉ちゃんに繋がってるかもしれないの!!」

「……」

「ここを逃したら、もう会えないかもしれない……もう二度と……」


 俯いたシエラの声が、少しずつか細く消えていく。


 シエラは姉が大切だと言っていた。大事な人が消えてしまう怖さは。もしその手掛かりがあったなら、多分わたしも避けられない。


「シエラちゃん」


 ──それでも、わたしは迷宮探検部の部長だ。


「わたし達は迷宮探検部!【勇者】じゃないんだし、強い魔物に挑むならちゃんと作戦を立ててみんなで挑まないと!とにもかくにも報連相!これ大事っ!」

「で、でも……これはシエラの都合で……」

「それなら尚更だよ!みんなで一斉に戦えばシエラちゃんも怪我しないで済んだかもしれないし……。なにより、他の人巻き込んだら意味ないよ!」

「う……。ご、ごめん……」

「うん!わかればよろしい!」


 部長だから、部員の責任も持たなくちゃいけない。それはやったことの責任もだけど、これから起こりえることの責任もだ。


「そういうほのかもしょっちゅう無理してにフォローされてますよね?」

「さやかちゃん。話がややこしくなるから今そういうの言わないで欲しかったかな。わたしが悪かったから」


 ……コホン。


「ああは言ったけどさ、部活の仲間で友達だもん。迷惑なんて思わないよ。やりたいことはみんなで相談して、みんなで一緒にやるの」

「…………」

「だからさ、遠慮とかしないでもっと巻き込んでくれていいんだよ?」


 俯いたシエラの羽を握り、わたしは頷く。

 アルマケに行ったとき、シエラは自分の意見をあまり言わなかったように思う。それは多分、わたし達に遠慮をしてたからだろう。


 けど。わたしはもっと彼女に頼って欲しい。もっと彼女と仲良くなりたい。


 少しの間逡巡していたシエラ。その目が覚悟を決めたようにこちらに向く。


「シエラ、あの魔物倒したい。ほのか達にも協力してほしい」

「任された!!」


 わたしは彼女のお願いに笑顔で答える。部員の願いだ。張り切っていこう。


「ふぅ……よしっ!」


 腰に刺していた2本目の剣を抜く。磨かれた刀身が、木漏れ日を反射する。

 この剣には別に魔剣だとか業物だとか、武器として特別な要素は何もない。でも、先輩から受け継いだっていう立派な逸話が付いている。


夢乃ゆの先輩……。力を貸して」


 今なお魔物を食い止めている、かえでの元へ駆ける。

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