第17話 End of Dream
シエラがやってきたのは昼間訪れたばかりの巨大建造物、迷宮の入り口。
目的地に着いた頃には周りの空はすっかり暗くなっており、雨も本降りになっていた。
「──シエラ、また悪いことをした」
ほのか達にこれ以上迷惑をかけたくなかった。
かえでには責められなかったものの、シエラからすればほのかの怪我は間違いなく自分の責任だ。さやかに言われた言葉だって否定はできない。
怪怪鳥のことを魔王の一派だ。
さやかの言う通り、あの時あの魔物は間違いなく自分を狙っていた。それを撃退したとなれば、次に来る刺客は当然前のものより強いはず。次も撃退できればいいが、それを繰り返していてといつか必ず限界が来る。
「大丈夫。これでいい。それに──」
あの時、ほのかに庇われたときの感情。それを思い出し、シエラは自分を嫌悪する。その気持ちに気づいてしまったからこそ、シエラは今1人で飛び出しここに来たのだから。
「(なんとか迷宮の中に戻らないと……)」
探検部と別れてもシエラの目的は変わらない。
姉を捜すことが彼女の最優先事項である。とはいえ、それにはまず迷宮への侵入が必須事項。ほのか達に頼らないとなると、彼女が取れる手段といえば隠密か突撃の2択しかない。
壁の上から内部を見下ろす。
昼間の人の賑わいに比べ、日の沈んだこの時間、門の近くは閑散としていた。
人が少ないとその分近くの1人1人が目立ってくる。このまま壁の内側へ飛び降りれば、すぐに誰かに見つかってしまうだろう。
「(なにか気を引けるものがあれば……)」
「おい!?なんだこいつら!!」
「数が多い!増援呼べ!!」
「?」
彼女が暫くの間様子をうかがっていると、地上の探検家達がにわかに活気を帯び始めた。下を見れば、どういうわけか数人の探検家が魔物と戦っている。
シエラは知らなかったが、本来魔物が門に近づく事はあまりない。本能的に魔力量を察知できる魔物達は、外にいる探検家や門自体の帯びる魔力を恐れて避けるのだ。そのため、外まで魔物が出てくるのは門ができたばかりで周りに探検家がいない場合など特殊な状況に限られる。
故に、魔物が迷宮の外に出てくるのは、それだけでかなりの異常事態である。
「ん、今なら……」
──とはいえ、シエラがそれを知る由はない。
彼女の中に生まれたのは、今なら人目を掻い潜れるという小さな自信。
応戦する人達に申し訳ないとは思ったものの、流石に彼らも探検家。てんやわんやしつつも徐々に魔物の波を押し返している。むしろこのままでは折角の侵入のチャンスを棒に振ってしまうと考えたシエラは、素早く門へ飛び込むと、そのまま迷宮の向こうへと進んでいった。
◆◆◆
「すごい数の魔物……」
迷宮の中は無数の魔物により埋め尽くされていた。捜索も兼ね暫くの間迷宮の奥へ飛んでいたシエラだったが、進めど進めど衰えない魔物の波には流石になにか違和感を感じ、何かあったのではと疑いを持つ。
上空から見える範囲には大ミミズや四ツ鎌などの虫系の魔物しかおらず、怪怪鳥のような鳥系の魔物は確認できない。不可解なことに、魔物達の中には昨日苦労して見つけた【
(おかしい。昨日はあんなに探してやっと見つけたのに……)
おかしい部分は他にもある。
シエラはてっきり魔物たちが門を目指してきたのかと思っていた。しかし、実際見てみると彼らは門に入ることが目的というよりもなにかから逃げるため仕方なくそこを目指しているようにシエラには見える。
(森の奥に……なにかいる?)
シエラが森の向こうへ目を向ける。彼女には魔力の感知能力はほとんどない。しかし、そんな彼女でも感じ取れるほど強大な気の流れ。
魔物たちの恐慌の理由も、より危険な存在から逃げているというなら説明がつく。
それほどの力のある何か。迷宮内の魔物というのであれば問題はない。しかし、もし魔王軍の追手だとすれば──。
「……ここも安全じゃない」
できる限り遠くへと逃げる。周囲に魔物が多いことを踏まえても、今のうちに距離を取っておく判断は正しい。
──正しいが、遅かった。
「
シエラが羽ばたき、空を蹴ったその時だった。
突如聞こえた詠唱。それが耳に届くと同時、巻き起こる爆風により彼女は地上へ吹き飛ばされてしまう。体重の軽いシエラがそれに逆らうことなどできるはずもなく、自由落下以上の速度で近づく地面を避けることもできなかった。
「かはっ!!?」
地面に叩きつけられたシエラが苦悶の声を上げる。爆風をもろに受けた彼女の翼の先は、炎に炙られたように焦げていた。
シエラの羽は魔法に対して強い耐性を持っている。その効力はすさまじく、並みの魔法ならば翼に触れただけで霧散するほどだ。その翼が今、魔法によりダメージを受けたという事はつまり相手の魔法の威力が耐性を貫通するほど高いということである。
「流石だなぁ?半殺しのつもりだったんだがなぁ?」
広げた翼を畳みながら、一人の男が目の前に降り立つ。
不健康そうな顔、やる気なさげな猫背、カラスを束ねたような漆黒の翼。その姿にシエラは見覚えがある。否、見覚えどころの話ではない。
「アアル……」
「覚えているかぁ?うれしいなぁ!」
忘れる方がどうかしている。
あの日村を焼き、姉と自分を引き裂いた張本人。それが今目の前に姿を現したのだ。シエラの顔は怒りに歪む。対するアアルはといえば、口角を上げ、恍惚とした表情でシエラを眺めていた。
「俺は本当にオマエに会いたかったんだよ。あのガキが
「やっぱりあれも……」
シエラはアアルの言葉はほのかのことだと推測する。
やはりあの襲撃もシエラが狙いだったのだ。罪悪感が再び彼女の胸を苛むが──。
「……シエラ、貴方に聞きたいことがある」
ニヤつきながら迫る男に対し、シエラはすっくと対応する。
シエラにとって、アアルは怒りの対象であると同時に、姉の安否を知る可能性が一番高い相手でもある。彼女の姉への感情が、ほのか達への想いが、アアルへの恐怖に打ち勝ったのだ。
「俺はな、あの日オマエを逃がしちまってからずっとそれが心残りだったんだよ。あの女はオマエのことがたいそう大事だったらしいからなぁ。1人はさみしいもんだよなぁ!」
「ッ!お姉ちゃんをどうしたの」
「あぁそうだ。そうだった……。俺ぁあの女を魔王サマの元へ連れてかなきゃならねぇんだ。そうすれば俺ぁ更に魔王サマから愛される……。そうして俺は報われるんだ。オマエもその方が嬉しいよなぁ?」
「(これ……)」
譫言のように呟くアアル。その目にはまるでシエラは映っていない。
「(シエラのこと、ものすごく舐めてるんだ。だから目だって合わせない)」
アアルにとって、シエラは"話し相手"ですらなかった。誰も道端の石ころと会話をしないように、彼にとってシエラの存在はその程度のもので、あくまで姉の付属品としか思っていなかった。
これでは情報を得ることもできない。これでは単に危険な爆弾が目の前に落ちてきただけだ。シエラはジリジリとアアルから距離を取る。
「それでオマエらは?オマエらはまた俺を邪魔するのか?俺が何かを成すのがそんなに怖いのか?」
「あなたのことなんて知らない!お姉ちゃんはどこッ!」
「そうか。やっぱり邪魔をするんだなぁ……。なぁッ!!」
笑顔を浮かべていたアアルの顔が、次の瞬間憤怒に染まる。彼が地面を踏みつけると、その部分がまるで隕石でも落ちたかのように陥没する。その激震に恐れをなし、周囲に巣食っていた魔物達は軒並み逃げ去っていく。
「魔王サマの命令は絶対ッ!!その使徒である俺を邪魔する奴ぁ死ぬべきっ!オマエもそう思うよなぁッ!!」
彼が地団太を踏むたびに周囲の地形は揺れる。息をのむシエラへ向けて、アアルはその右手を掲げた。
「生け取りのつもりだったがやめだ。オマエを相手にしていたら俺がおかしくなっちまう……。脚の1本でも残ればそれでいい」
「……シエラも、もうあなたに期待しない」
「【
アアルの背中から炎の矢がバラまかれる。少しの間自由落下したそれが次の瞬間、物理法則に逆らうようにして空中で静止する。水に落ちた棒が床に跳ね返されるような動きが、何もない空中で生じている。
「追い穿てェ!!」
アアルの叫びが木霊すると同時、矢の先端が突如シエラへ向き直り、間髪入れず彼女へ襲い掛かる。アアルが最も多用する魔法。その威力はシエラも身をもって体感している。
「【
魔法による走力の向上。アアルの攻撃で消耗していたシエラには、素の状態での回避は難しい。高速で迫る矢に対し、シエラは使い慣れた魔法を詠唱することで対応した。
一直線に飛来する炎の矢を、シエラは左へステップを踏み回避。対象を見失い地面に突き刺さった矢は、数瞬後小さな爆発を起こす。
無論、爆発に巻き込まれれば無傷とはいかない。
「チッ、防御しねぇか。オマエ、俺の魔法を知ってやがるなぁ?」
「
反撃に放った魔法は、アアルの羽の一振りによって霧散してしまった。それを見てシエラは下唇を噛む。
彼のいう通り、シエラはアアルの使うこの魔法の仕様を元々知っていた。なぜなら、この魔法はかつてアアルが村を襲撃した際にも使っていたものだから。
単純な話、あの魔法は2段構えなのだ。
物理的な矢による攻撃と、爆発による攻撃。矢を防御した相手にも爆風でダメージを与える嫌らしい戦法である。
「ふざけやがってクソが……。次はそうはいかねぇからなァ!!」
アアルの背後に再び炎の矢が出現。闇に包まれた森が炎の光で照らされる。
その数は先ほどの2倍以上。アアルの言う通り、シエラの能力でこれらを全てを避けるのは不可能に近い。
「(これは……)」
自分の力でアアルに敵うのか。答えは否。怪怪鳥数体と同時とはいえ、村を滅ぼせるほどの相手。シエラ1人では万にひとつも勝ち目がない。けれど、姉への手掛かりを前にして、何もしないではいられるほど、彼女は冷静にもなれなかった。
「(ごめん。ほのか。約束守れない)」
数発の被弾を覚悟し、地面を踏み締めた、その時だった。
「【
「あ゛?」
突如聞こえてきた叫び声、直後にアアルの背後から飛来した鉄塊。巨大な剣のようなソレは──。
「んなッ!?」
男の真横に突き刺さった鉄塊は、次の瞬間大爆発を引き起こた。炎に飲み込まれたアアルの声は、轟音に掻き消され聞こえなくなる。
間髪入れずに飛び込んできた少女がシエラの翼を引いた。その少女の顔に、シエラは見覚えがある。
「かえで!?なんで!?」
「なんではこっちの台詞やわ!なにいきなり1人でいなくなっとんねん!!」
シエラを追ってきたのは、さっき別れたばかりのかえでだった。
彼女の姿は昼の探検の時と比べ一回り小柄になっている。シエラを追う為、軽装のままここまでやってきたのだ。
「ご、ごめんなさい!でも、シエラ、みんなに迷惑かけたくなくて……」
「さっき言ったけどっ!!あーしは顔見えないと普通に不安になるんやっ!!せめて理由ぐらいは言うのが筋っちゅうもんやろがっ!」
かえでの言葉はもっともである。しかし、シエラには探検部へは言えない気持ちがある。今のシエラにとって、かえでの言葉は逆効果だった。
「違う……違うの。シエラはもう……」
力無く俯くシエラを、かえでが空いた手で抱えて駆ける。
「ちゅーかなんやねんあのバケモン!ヤバい気配がビンビン出とるわっ!あれがシエラの追っ手か!?」
「強翼の使徒、アアル……。シエラの……お姉ちゃんを探してた魔王軍」
「そうかい!初手から全力ぶち込んで正解やったわ!」
武器に入っている砲弾を暴発させることで、それを推進力に砲剣を投擲するこの技は、単に武器を投擲するのに比べ何倍にも威力が上昇する。
しかしその代償は重い。
武器を破裂させる都合上、当然ながら投げた武装は完全に壊れてしまう。故に、これは本来1本の砲剣で1度しか使用できない、文字通りの切り札である。しかし──。
「ぶっちゃけあんまり手応えあらへん!多分まだ余裕で生きとる!今のうちに距離とって他の探検家と合流を──」
「
かえでが言い終わる前に、少女達の進行方向へと炎の矢が突き刺さる。直後に爆発を起こしたそれが2人の少女の足を止めさせる。
「がぁ〜痛くねぇなぁクソが」
「な……」
背後から聞こえた声に、かえでは思わず振り向く。
そこには気だるげに立ち上がるアアルがいた。ローブをはたく彼の姿は、かえでの決死の一撃がほとんど応えていないことを物語っている。
「(いや、そんなはずはあらへん──)」
確かに手応えは無かった。とはいえあれだけの爆発。ダメージを受けないはずはない。
シエラと同様にアアルの羽にも魔法への抵抗力がある。しかし、魔法への抵抗力が高くとも、かえでの砲撃は物理的な事象であって魔力はほとんど絡んでいない。加えて
「あ?オマエ怪々鳥を倒したガキだなぁ?ソイツを看取りにでも来たかぁ?」
「はぁ?なんて?」
異世界人であるアアルの言葉は当然かえでに通じない。武器のなくなった彼女はシエラを後ろへ控えさせ脱出の隙を探る。
そんな彼女の姿を見て、アアルはクヒヒと下品に笑う。
「……シエラ。こっから先なにが起こってもシエラの責任やない。ここに来たのはあーしの意志や」
「ダメっ!」
「はよ逃げいっ!!」
かえでが籠手を構える。怪怪鳥と戦った時と異なり、腰を低くし、両手を空けたその構えはかえでがこれまで打ち込んできた人を想定した競技の構え。踏みしめた大地を反発させ、少女は敵対者へ肉薄する。
「くだらねぇ……」
アアルが腕を掲げながら呟く。
「対して知りもしない奴のため命をかけるなんざぁ俺ぁごめんだ。命っつーのはもっと大事な、何物にも変えられねぇ物の為に使うもんじゃねぇか?クソガキィ?」
「だからなに言うてるねんてッ!!」
迫り来る炎の矢と磨き上げた技が激突する。
──勝敗はすぐに決した。
◆◆◆
「──クソが。手間ぁ取らせやがって」
「かえで!かえで!!」
「ぅ……ぐ……」
シエラが傍の少女の体を揺さぶる。しかし、倒れ伏した少女からの反応は弱い。
勝負は最初の数撃でついてしまった。かえでの鎧の大部分は砕け散り、手足の至る所がやけどによって腫れている。かろうじて続いている息も徐々に弱くなっているようにシエラには感じられた。
そして、これ以上アレの接近を防ぐ手立ても──。
「かえでっ!」
「うるせえェなぁ!!」
「っっ!!」
蹴り飛ばされたシエラの体はゴムボールのように跳ねて転がる。離れた木に勢いよくぶつかった少女はそのままぐったりと動かなくなった。
それを見て一瞬にやりと笑ったアアルは、なにかを思い出したようにかえでの方に向き直る。
「おい。俺の勝ちだぜ?」
倒れた少女の横に付いたアアルが少女を見下ろす。男の目はまるでいい夢から覚めた子供のように冷え込んでいた。
「結局何の意味があったんだぁ?オマエ、俺に勝てねぇの分かってただろ?」
魔王サマと、その力による勝利だけが自分の存在価値。そう考えているアアルにとって、負けるとわかっていたにも関わらず自分に挑んだかえでの行動は理解できないものだった。故に、心底不思議だという風ににその問いを投げかける。
「さっきからオマエ何回も【門】の方見てたよなぁ?ほんとは逃げたかったんだろう?わざわざ逃げるチャンスまでやったのに、勝てねえ相手と戦って、ボロ布みてぇに擦り切れて、それになんの意味があるんだぁ?」
本当にくだらねぇ、とアアルは吐き捨てる。
「意味なんてねぇよ。結局お前もあのガキもここで死ぬ。そうなりゃなにもしなけりゃ生き残れたオマエは、まさしく無駄死にじゃねぇか」
「はっ……何言うとるかわからんけど……どうせ無駄とかなんとかやろ……?」
か細い声でかえでが言葉を発した。小さいが確かに聞こえたその声に、アアルは目を見開く。
「驚いた。その怪我でしゃべれるたぁ……」
「あーしがなんで逃げへんかって……?そんな理由1つしかないやろ……」
「あぁ?オマエなに言って──」
アアルの体に黒い影がかかる。
「とうっ!!」
「っ!」
背中から感じた何者かの気配。アアルは咄嗟に迎撃を試みる。
16発の炎の矢。ノールックで放ったそれは本来であれば過剰な火力。にもかかわらず、放ったそれに手ごたえは全くない。躱された炎の矢は乱入者の背後の森へ次々と火を放った。
あと少しで目的を達成できる。そんな中現れた乱入者に対し、魔王の使徒は敵意をむき出しにした。
「……オマエ、何者だぁ?」
「それはこっちのセリフっ!!あっでも一応挨拶はするよっ!初対面だもんね!」
目の前に立ち塞がった何者か。背はシエラと同程度。銀色がかった短めの髪と軽装鎧。2本の剣を携えた少女。
気の抜ける態度の彼女の姿にアアルは見覚えがあった。
「わたしは迷宮探検部部長、
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