第18話 You Mean the World to Me.
「わたしは迷宮探検部の部長、蘇芳ほのか!!友達を虐める悪い人は、絶対絶対ぜぇ~ったい!!許さないよ!!」
迷宮内。樹海の奥。山火事の中心のようなその場所で、わたしは啖呵を切った。
目の前に佇んでいる男の人がゆっくりとこちらに向き直る。その顔は血が通ってないみたいに白くて、昔やったホラーゲームの敵みたい、なんて思った。
「クヒヒ……」
「(遠くでも感じた怖い魔力……この人で間違いない)」
「部長……。怪我大丈夫かいな……」
「かえでちゃん!今は自分の心配してっ!」
横たわったかえでが苦し気に呟く。
わたしの怪我は……完治とまではいかないけどだいぶ良くなっている。現代医療の賜物か、はたまた付きっきりで看病してくれた友達のお陰か。とにもかくにも、今危険なのは大怪我しているかえでの方だ。
「部長……あのアアルとかいう奴……。あのなりであーしより力が強かった……。気をつけい……」
「わかった。シエラちゃんは?」
「あっちの茂みに……」
「ありがとう。後は任せて」
そう言って微笑んだ後、かえでは今度こそ意識失ってしまう。余裕そうに振舞ってたけど、怪我の状況を見ても早く病院に運ばなくちゃまずい。
一瞬、目線を森の奥へと向ける。森の反対側にはさやかが待機している。聡明なわたしの幼馴染は、きっとこんなサインでも意図を拾ってくれるだろう。
そっとかえでを横にして、わたしはフードの男へと向き直る。
「オマエ、俺の言葉わかるんだなぁ。なんかの魔法かぁ?」
「魔法、じゃないよ……(よかった。さやかちゃんの翻訳機、ちゃんと効いてる)」
首に掛けた
「あぁクソ……次から次へと……。オマエも俺の邪魔をするのかぁ?」
「邪魔もなにも、友達をいじめられて黙ってるわけないでしょっ!」
剣を中段に構えて相対。
……強気に返したけど、さっきから脳内ではけたたましい警報音が鳴っている。
わたしは近くの相手の魔力を感じ取れる。そこまで正確ではないけれど、自分より強いかどうかぐらいならすぐにわかる。それを踏まえると……目の前の相手がとてつもなく危険な存在であることは間違いない。
「どいつもこいつも俺の──魔王サマの邪魔をしやがってなぁッ!!」
アアルの目に炎が灯る。
「(くるっ!)」
「
男の背後から飛び出した炎の矢が、一斉にわたしの方へ飛来する。横へ駆けるとその背後を追うように多数の矢が爆裂した。
「ひょえええ!!!」
後ろから爆発が追いかけてくるッ!!アアルの背後からは絶えず矢が補充されていて、それらはまるで生き物みたいにわたしの走った軌跡を爆破していく。1撃でも喰らえない!
「(大丈夫っ!アイツは今こっちしか見てないっ!)」
狙い通りではある。
アアルはまだ一歩も動いてない。多分わたしのことを舐めてるんだろうけど、好都合だ。簡単に時間を稼げる。
そうして横目に見たアアルが、ニヤリと笑う。
「
「なッ!?」
直前まで何もなかったはずの目の前の空間に、突如炎の矢が発生。この距離、このタイミングはヤバ──。
「っぶなッ!!」
ほとんど不意打ちだったそれを、わたしは捩じるように体をひねって回避。ギリギリのところを掠めた炎の矢は、後ろの爆発の波に飲まれひと際大きな爆音を響かせる。我ながら神回避っ!
「
魔法により背後に引き起こした旋風。
その反動はわたしの体を一気に敵へ近づけた。シエラみたいに器用には出来ないけれど、一瞬だけならわたしだってッ!!
「
「ヒヒッッ!!」
光を放つ剣を勢いそのまま敵へと叩きつける。
赤熱した剣は付与された高温でどんな装甲だって溶かし切る、いわば防御不能の必殺技。それが──。
「えっ?」
確かに目の前にいたはずのアアルの姿が、まるで幻のように霧散する。必殺のはずの剣は空を切り、勢いそのまま地面を溶かした。
「(なんでっ!?)」
透明化!?気体化!?いや、今はそれよりも──。
「どこに!?」
「
「あっつ!!?」
目の前に発生した爆風でわたしは吹き飛ばされてしまう。咄嗟に顔を庇えたからダメージはそれほどじゃない。地面への落下も体操の要領で着地すればっ!
「とうっ!!」
片手で地面へ触れ、落下の勢いを殺す。そのまま両の足でなんとか無事着地。
追撃を警戒し顔を上げたところへ、正面の森からの合図が見える。
「さやかちゃんッ!!」
「こっちを見なさいバカ頭巾!!」
「あ゛ぁ!!?」
森の反対側から届いたさやかの声に、アアルがひと際大きな反応を示した。彼が目線を向けた瞬間、わたしは両目を腕で覆う。なぜならこれがわたし達の作戦だったから。
「
さやかの手から魔道具が滑り落ちる。
それが地面に触れた直後、目の前を昼と錯覚するほどの閃光が辺り一帯を埋め尽くした。もろに喰らったアアルが目を押さえて叫び散らす。
「グアアアアァァ!!!」
「今ですっ!」
「すたこらさっさー!!」
ほんとはアイツを懲らしめたい。
友達を傷つけた相手に背を向けるなんて本当はやりたくないよ。けど今優先すべきはその友達を安全なところまで連れていくこと。それ以外のことは後回しっ!
わたしは倒れていたかえでを担いで全速力で駆けだす。気絶した人の体は重いって聞くけど、かえでの小さな体はそれを全く感じさせない。
そのまま広場から離脱しようとした時、背後から男の怒号が響く。
「ふざけるなよガキがァ!!!□
後ろをちらりと見て飛び込んできた光景。アアルが右手を振り下ろし、地面を叩き割っていた。割れた地面から炎が噴き出し、そのまま規模を増していく。地割れはまるで意思を持つかのようにわたしの方へ向かってきて──。
「逃げろーッ!!」
炎が照らす月夜の森を、振り返らずに突き進む!
◆◆◆
「はぁ……はぁ……。死ぬかと思った……」
全速力で走ってきたから少しだけ休憩しないと胸がしんどい。
「ほのかっ!大丈夫でしたか!?」
門まであと半分というところでさやかと合流。彼女はリュックから生えた機械腕でシエラを抱えていた。よかった……。サインはちゃんと伝わってたみたい……。
「わたしは大丈夫。それよりかえでちゃんをお願い」
全身傷だらけのかえでは、1発貰っただけのわたしよりよっぽど重症だ。いまはまだ息があるけど、このままだと本当に命に係わる。
「さやかちゃんはこのまま迷宮を出て、かえでちゃんを病院に連れてって。シエラちゃんは……」
「雪蛍荘に連れていきます。この時間なら人目も問題ないはずです」
「お願い」
さやかは細かいところにもよく気付く。今だって、わたしが応急処置のため
だから、そんな彼女の顔に影が落ちたのは、多分わたしの考えが伝わったからだと思う。
「ほのかは……?」
「……残るよ。アイツまだ追いかけてきてるみたい。このままだと追いつかれる」
後ろから危険な気配が近付いてきている。千葉124には2か所の入口があるから、逃げる方向を見てないはずのアアルはどっちに向かうか分からないはず。それなのに迷わずこっちに来てるあたり、わたし達の場所をリアルタイムで把握してると見て間違いない。
「ダメですほのか。許容できません」
「ごめんね。でもかえでちゃんがやられてる以上、足止めできるのはわたしだけだもん」
「囮なら私でもできますッ!いえ、むしろ魔道具がある分私の方が適任ですっ!」
「囮なら、シエラがやる」
「っ!シエラちゃん!?」
さやかに担がれたシエラが言葉を発した。
良かった!意識戻ったんだ!でも──。
「ダメだよ!シエラちゃんだって重傷なんだよ!いくら怪我の治りが早くても……」
「……意味のないことをやらせる、意義がありません」
地面に降りたシエラの服を、羽の付け根まで捲り上げる。なんとなく、彼女が右腕を庇っているように見えたからだ。見たところ確かに血は止まっているけど、火傷した部分はそのままに見える。単純な切り傷や擦り傷以外は、治るにも人並みの時間がかかるのかもしれない。
シエラはバツが悪そうに下を向く。
「ほら!やっぱりまだ怪我してる!それにアイツの狙いはシエラちゃんでしょ?捕まったらどんなひどい事されるか……」
「それはほのか達には関係ない」
「関係なくないよ!」
「関係ないのッッ!!!」
シエラの声が思ったより鋭くて、わたしはびっくりしてしまった。
キッとわたしに視線を向ける彼女は、一見すると敵対心を露わにしているようにも見える。けどわたしは彼女から目をそらさない。
「シエラがどんな目にあっても、それはシエラの責任なのっ!ほのか達は"他人"だからっ!シエラが頼っちゃいけないからっ!これはシエラが背負わなきゃいけないの!」
「あなた……」
「シエラちゃん……」
息を切らす彼女の姿が、誰かと重なる。
人に頼ることを恐れ、関係を作らないように努める誰か。そんな少女の姿に、わたしには心当たりがある。いや、あった。
「シエラ、あの時──ほのかに庇われた時、"安心"した」
「……」
「ほのかが怪我してるのに、死んじゃうかもしれないのに。シエラは最初、自分が怪我しなかったことに安心したの……」
……あの時っていうのは怪怪鳥と戦った時だろう。別にわたしは気にしてない。あの時は体が勝手に動いていた。それはシエラを助けようとしたからだし、むしろ安心してもらっていいとすら思う。けど、これはきっとそういう問題じゃない。
「さっきだって、かえでが1人でアアルに挑んだ時、シエラは何も出来なかった……。1人の時は戦おうって思えたのに、かえでが居たから戦いを押し付けた。お姉ちゃんの時だって、ほんとはシエラにできることがあったかもしれない。なのにシエラはお姉ちゃんを見捨ててここまで逃げてきちゃった……。お姉ちゃんの優しさを知ってたのに、1人で逃げたシエラはものすごく悪い子。ほのか達と一緒に居たら、シエラはまたほのか達に甘える。そうしていつか、自分の為にみんなを見捨てる……」
「……」
「みんなを傷つけるシエラは、人を助けられないシエラは……。そうなる前にいなくならなきゃいけない……」
か細くなっていく彼女の言霊は、夜の森へ吸い込まれて消えていく。
──居なくならないで!、と言うのは簡単だ。
けど、それじゃあダメだ。シエラは自分の気持ちに向き合ってその答えを出したのだから、ただ気持ちを伝えるだけじゃシエラもさやかも、そしてわたしも納得できない。いなくならないで欲しいというわたしの気持ちも、みんなで納得できる形で伝えなきゃただの独りよがりになってしまう。
シエラには居なくならないで欲しい。それはわたしの本音。
後輩で、友達で、音楽を聴いて笑って、花畑で楽しそうに踊って、姉を探そうと努力して。たった2週間だけど、一緒にご飯を食べて一緒に眠った。
そんなわたし達が関係ないなんて、そんなはずはないッ!
「シエラちゃんは、人を助けられるよ」
「違うっ!シエラはみんなを危険に晒す!シエラはみんなを助けない。助けられない!」
「そんなことないっ!!」
何故ならわたしは、この子がどういう子なのかを知っている。
そんなに長い間一緒にいたわけじゃないけれど、それでもわかることはいっぱいある。
「パフェのイチゴをくれたのは?」
「だって……ほのかが好きって言ってたから……」
「怪怪鳥と戦ってるとき、魔法で助けてくれたのは?」
「あれは敵が逃げようとしたから……」
「わたしが来るまでかえでちゃんを護ってたのは?」
「だって…そうしなきゃかえでが殺されちゃうから……」
「それってシエラちゃんが人の為に命まで張ったってことでしょ!!他の人を助けられない、優しくない人はさ!人に物をあげたり!人の為に戦ったり!人の為に命を賭けたりはしないんだよっ!」
自分でもびっくりするぐらい大きな声が出た。
でもそれはしょうがない。だって、これだけはどうしても伝えたかったから。
「最初に探検部に入って!って頼んだ時、シエラちゃんはわたしを助けたいって言ってくれたでしょ?わたしね、あの時すっごく嬉しかったんだよ?」
「……」
「シエラちゃんは、人を助けてる、助けられる人なんだよ」
「……」
「そんな子がすこーし友達を頼るぐらい、神様だって許してくれる。むしろ許さなかったらわたしが神様ボコすよっ!」
「何を言ってるんですか貴方は……」
さやかがあきれ顔でため息をつく。
そんなわたし達のやり取りを見て、シエラはその場にへたり込んでしまった。
「けど……シエラ……シエラのせいでほのかに傷ついてほしくないよ……」
膝をついた彼女の頭に、そっと手をのせる。
追手から逃げ、起きた時見知らぬ地にいた彼女はいったいどれだけ他人に頼りたかっただろうか。きっとわたしじゃ想像もできないぐらい辛い日々だったのだろう。せめてわたしは、そういう人に寄り添える人でありたい。
「ほのかまでいなくなったら、シエラは……」
「大丈夫。わたし、本気を出したら結構強いんだよ?あんなやつけちょんけちょんなんだからっ!」
「ほのか……」
わたしはシエラをぎゅっと抱きしめる。
きめ細やかな羽毛の肌触りが心地いい。
「安心して」
「ん……」
そう返事をして、シエラは再び目を閉じる。
疲れちゃったのかな……。もう寝息を立てている。わたしは彼女の軽い体を持ち上げて、そっとさやかに委ねた。
「ごめんねさやかちゃん。戦う理由が増えちゃった」
「……私にとっては貴方の無事は最優先事項です。何にも代えられるものではありません。わざわざ危険に身を晒す行為は容認できかねます」
ですが、と彼女は言う。
「友達として、部員として、ほのかの気持ちを優先したい……という気持ちもあります。ですから──」
さやかが手のひらを上げる。
「必ず無事で戻ってきてください。私も、自分にできることは精一杯やります」
「がってんしょうち!頼りにしてるよ!」
わたしはさやかと勢いよくハイタッチをする。
頼れるわたしの親友は、その時小さく微笑んでいる気がした。
◆◆◆
「あぁ?オマエ1人かぁ?」
「……」
さやかと別れてから数分。
再び対峙したとき、アアルは事も無さげにそう言った。
わたし1人だと役不足だと思ったのだろう。実際自力じゃ絶対に勝てないし、アアルの手の内も全然わからない。正直、このままじゃ勝ち目はない。
「ねえ。なんでシエラちゃんを狙うの」
「あぁ……。またくだらねえことを考えさせられる……」
フードの中から覗く眼光が鋭さを増す。
その目に浮かぶのは憎悪。ドス黒いなにかへの憎しみ。
「俺ぁ弱え奴が嫌いなんだよ……。力がねえ奴は声をあげる資格もねえ。言葉ってのは強者にだけ許された手段だ。弱ぇ奴は強者に踏みにじられるだけで声をあげることも許されねぇ。許されるわけねぇんだよなぁッ!!」
ガリガリと頭を搔くアアルの背中から、大きな炎が吹き上がる。
矢の形に成形されたそれらは回転しなら彼の周りに浮かんだ。
「そういうヤツらが!俺の──魔王サマの邪魔をするだぁ?虫唾が走るよなぁ!!」
周囲を漂う矢のうち1本がこちらへと向きを変える。
直後に加速した矢はコンマ数秒でわたしの眼前まで迫った。この速度で迫る物体。普通の人間が躱すことは到底できない。
それを、わたしは素手で掴む。
「あ゛?」
直後爆発する炎の矢。発生した熱が左腕に伝播する。
炎の熱が肌を焼く感覚とじんとした痛みが同時に脳に届いて、わたしの顔は苦痛で歪んだ。
「オマエ……。なんのつもりだ?」
「貴方は……これをわたしの友達にぶつけたんだね」
あの魔法の仕様はさっき戦ったからなんとなくわかる。
矢自体の貫通力と爆発の二段構え。防御が主体のかえでには相性が悪い攻撃だろう。けど、だからと言って戦い慣れている彼女がそれだけで一方的に負けるはずもない。
あれだけ傷ついていたのは多分、背後にシエラを庇っていたからだ。
シエラは自分が助けなかったといっていたけど、本当はかえでが助けさせなかったんだと思う。あの子もあの子でよく無理をするから。
「わたしはさ、部員のみんなが大好きなの。友達の為に本気で命を懸けれるような、すごい子ばっかりでさ」
右手で腰の剣を抜く。
先輩から貰ったこの剣は、わたしが部長でいられる理由でもある。これを持っていると自分に自信が持てる。そんな気がするんだよね。
「だから、部長のわたしもみんなに誇れるような人にならなくちゃいけない。そのためにも、あなたは今、ここで倒さなくちゃいけないの」
「ごちゃごちゃごちゃごちゃうるせぇなぁッ!!」
男の声。それが遠く離れていく。
──魔法はできるだけ短時間で使うのがセオリーだ。
実際、普段のわたしは詠唱短縮で魔法を使ってるし、敵の目の前で詠唱をするなんて普段は絶対にしない。やるとしても前衛がいることが前提条件。
けど、未熟なわたしはそうでもしないとこの魔法を扱えない。
そして、未完なわたしはこの魔法を使わなきゃ勝てない。
「ふぅ……」
集中。世界が自分だけになる感覚。
否。自分の中に新しい世界を作り上げる感覚という方が正確かもしれない。
「
体中に力が漲る。全能感に心が躍る。
指先から髪の先端まで、わたしの肉体のすべてに魔力を注ぐ。
「【
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