第2話 オンソクデイズ

 ──2週間後


 ◆◆◆


「あっつ~い…」

「言うなや部長。よけいあつなる……」


 後ろから聞こえる非難の声。


 わたし達は今いるのは『千葉第124迷宮』というダンジョン。

 迷宮の中は外とは全くの別世界。目の前には鬱蒼としたジャングルが広がり、周りの空気は南の島のようにじめついている。


「で、勢いで来てもうたけどそもそもなんで迷宮来てんねん……」

「なんでもなにもないよかえでちゃん!!」


 バッ!と両腕を広げるわたしを、鎧を着こんだかえでがジト目で見ている……気がする。


「わたし達は迷宮探検部!!迷宮を探検しにくるのに理由はいらないよ!」

「まあそれはそうなんやけどな、物事には優先順位ゆうもんがあってな」

「だっでえええ!!全然誰もごながっだもんんん!!!」

「よしよし。ほのかは頑張ってますよ」

「さやかは部長甘やかしすぎやて」


 さやかの胸があったかいよぉ……。


 ──早いもので廃部通告から既に2週間も経ってしまった。早速勧誘活動に取り掛かったわたし達は、ポスターを作ってみたり、呼び込みをやってみたりと努力をしてみたけれど……。何の成果もっ!得られませんでしたッ!!


「先生の言った通り、新入生は既に部活を決めていましたね。部員を獲得するにもアプローチを変えるべきでしょう」

「ほーん例えば?」

「そうですね……」


 さやかが顎に指を当てる。彼女の考え事をするときの癖だ。


「適当な運動部を解体し無所属のパイを増やしましょう」

「お前運動部にどんな恨みあんねん」

「そういうかえでは何か案があるのですか?」

「お前よりおもろい答え考えんのハードル高いわぁ」

「2人ともそういう企画じゃないよー!!」


 かえでちゃんもなんで乗り気なの!


「結局のとこ地道にやってくしかないやろ。とりあえず1人勧誘できればええわけやし、名前だけでも貸して貰うって手もあるで」


 さやかの奇策は置いとくとして、かえでの言葉は一理ある。途中で抜けられちゃうリスクも低いし、なにより対象も多い。全校生徒に当たれば数人ぐらいはOKしてくれるだろう。

 けど──。


「もちろん勧誘も続けていくけど……。どうせなら一緒に潜れる方が楽しいと思うんだよね」

「そらそうやけど、じゃあ部長はなんか案あるん?」

「もっちろん!!そのためにわざわざダンジョンまで来たんだからね!」


 ダンジョンに来たのは、なにも現実逃避ってわけじゃない。

わたしだってちゃんと考えてるんだよ!


「ここで探検してる人を探して、部活に入って貰おう!」

「ま~た部長が変なこと言い始めたで……」

「変じゃないよっ!ほら、うちの学校って通信制の課程があるでしょ?あれなら簡単に入学できるし、確実に部員が増やせるっ!」

「ほのからしい、突飛な発想ですね」


 さやかからの何とも言えないコメント。多分褒められてるんだとは思う。


 高校に通うのに学費がかかったのは過去のこと。迷宮が生まれて以来、日本の経済はうなぎ登りだ。ほとんどの学校は学費が無料だし、おかげで転校転入のハードルはすごく低い。迷宮に来ている以上、少なからず探検家に興味あるだろうしねっ!


「ありやとは思うけど、探検来とる高校生って、普通に他校の探検部入っとる可能性高ない?」

「…………」


 懐に入れていたスマホを取り出す。


「どうせならわたしたちが楽しそうに探検してるのを動画にしようと思って!今日はその素材作りで来ましたッ!」

「いやいや軌道修正は無理あるて!?」

「資料写真は残っていますが、映像データは少ないですからね。流石です」

「さやかは何でも部長肯定すんのやめれ」


 珍しい魔物や植物は写真として残してはある。ファイリングして部室に置いてるから勧誘にも使えるけど、動画の方が臨場感も伝わるはずだ。


「まあ作戦いくつか用意する分にはええと思うけんど」

「そうだよね!というわけでさやかちゃんよろしくっ!」

「やはりこうなるんですね……」


 さやかがため息をつきながらスマホを受け取る。いや、別に面倒事を押し付けたとかじゃないよ?はこういうのに向いているのだ。


「はぁ……。それにしても本当に暑いですね、この迷宮は」


 さやかが上を見上げる。

 真夏のような日差しが差す森。日焼け止め無かったら明日は大惨事だったかも。


「そうだねぇ〜。こんなことなら水魔法ハイドロワイズのスクロール何枚か持ってくれば良かったよ」

「なんで行く言うた本人が下調べしとらんねん」

「えへへ……新しいダンジョンなんて久しぶりだったから……」


 『千葉124』は、出来立てほやほやの新規ダンジョンだ。

 新しい迷宮は手つかずのお宝やらがいっぱいなので、一攫千金を狙って沢山の探検家が訪れる。事実、わたし達の周りにも何組かパーティーがたむろしている。


 普段わたし達は近場の同じ迷宮に行くことが多いけど、今回は人が沢山来るだろう新しい迷宮を選んだ。ついでになにか珍しい魔物でも見つけられれば宣伝にもなるかな~って魂胆もある。


「情報に関しては私が纏めてきました。問題はありません……」

「ほんまにかゆいとこ手ぇ届くなぁ」


 さやかの目元に叡智の象徴が見える気がする。

 小学校の頃からずっと彼女には頼りきりなので、いい加減彼女無しでは生きられなくなるんじゃないかと最近は少し不安だったり。


 さやかがコホンと咳払いする。


「千葉124は確認されている殆どのエリアが森林地帯です。生息している魔物は『悪魔甲虫』や『大大だいおおムカデ』などの虫系全般と、それを捕食する大型の鳥系が少しですね」

「虫系はかえでちゃんちょいと苦手やねんけど…」

「えぇ……」

「まあやるときはやるから」


せっかくここまで来たのにそれはないよ~!


と、


「む」


 茂みから何か聴こえた気がする……。

 入口からはかなり離れている。そろそろ出てきてもおかしくはない。


「っ……!さやかちゃん、かえでちゃん」

「敵襲ですか?」


 コクリ、と頷く。

 ジャングルの暑さと湿気は、集中力をゴリゴリと削る。特に重装備のかえではしんどそうだし、その分わたしが対処しないと。


「進行方向、多分2匹」

「言ったそばからかい……。作戦はいつも通りでええか?」

「カメラの準備はできました。いつでも録画は可能です」

「よっし!頑張るよ〜!」


 使い慣れた直剣を構えたその時、見計らったように魔物達が姿を表す。


「うへぇ〜やっぱり虫やん気持ちわるぅ……」


 かえでの言う通り、敵の正体はカマキリと大きなミミズの2匹。

 カマキリの方は腕が4本もあって、色合いも青っぽくてどことなく毒毒しい。ミミズの方はかなり大きく、太い胴体は人間も軽く一飲みにできそうだ。


「カマキリは任せて!」

「あ!待てや部長!」


 先手必勝ッ!


 わたしは四ツ鎌へ飛び掛かる。上段からの振り下ろし。しかし直剣はカマキリの鋭利な腕に阻まれてしまった。剣を受けなかった残りの腕が反撃とばかりに襲い掛かってきて──。


「あぶなっ!!」


 横なぎに振られた鎌を後ろに飛びのいて回避。完全には躱しきれず、ピンクのスカートの端に切り込みが入った。


「あっ!お気に入りだったのにっ!」

「無警戒に飛び出さないでください!『四ツ鎌』の腕部には麻痺毒があります。重装備のかえでに任せるべきです!」

「ごめんごめんかえでちゃんっ!叩かないでっ!」

「せやで部長!!あーしこないブヨブヨした奴の相手嫌なんやけど!!」


 かえでが巨大な砲剣ガンソードを振り回しながら抗議してくる。

 【重装戦士】のかえでは、小さな体からは想像できないほどの力持ち。重厚な鎧は生半可な攻撃じゃびくともしないし、手にした砲剣もコンクリートの壁ぐらいなら木っ端微塵にできるほど破壊力抜群なのだ。


 とはいえその分動きが遅く、もぐらたたきの要領で顔を出し入れしている大ミミズには現在進行形で翻弄されていた。みるみるうちにかえでの周りは穴だらけになっていき、このままだとどこかのタイミングで足を取られてしまうだろう。


「ああもうなんやコイツ腹立つわ!!そっちがその気ならこっちも──」

「かえでちゃん待って!!チェンジチェンジ!!」


 かえでちゃんにキレられたら大変だっ!


「さやかちゃんあれ!!前に作ってたやつパス!」

「ちゃんと名前で言ってくださいっ!【両翼扇風機ファルコプター】!!」


 さやかが叫ぶと、彼女の背中から小さな影が飛び出した。

 その正体はハトを模した魔道具。まっすぐに向かってくるそれは、わたしの方に緑色の筒を投げ渡してくれた。


「ありがとさやかちゃん!虫にはこれに限るよねっ!!」


 ミミズの掘った穴に筒を放り込む。

 この筒は【魔導技師マジックエンジニア】であるさやかが発明した『魔道具』だ。殺虫成分の含まれた煙を放出してくれる優れモノなんだけど、煙の量が多すぎて火事と間違えられて以来封印されていた。


 とはいえその効力は全く衰えていない。作戦通り穴の中で発煙筒が爆発。煙を嫌がった大ミミズが穴から出てくる。


「そこ!!」


 大ミミズの横腹を一閃。

 魔物は体液をまき散らしながらのたうち回っていたけど、すぐに動かなくなった。


「ふう…いっちょあがりってね!」

「ほのか、お疲れ様です」

「一仕事終えたとこ悪いんやけどっ!こっちまだ戦闘中なんやけどっ!」


 固い物がぶつかり合う音が響く。

 鎧に鎌が当たった音だ。見ればかえでの鎧は表面が傷ついてるけど、本人に怪我は無いように見える。


「交代して正解だったね」

「オラぁ!!」


 かえでの薙ぎ払いが命中。

 カマキリはわたしの時と同じように攻撃を受け止めようとしていたけど、わたしとかえでじゃ威力が違う。衝撃を殺しきれなかったカマキリは、ズガンッ!と音を立て弾き飛ばされた。


「リベンジさせてもらうよ!!」


 その落下地点へ、わたしは駆ける。


 虫系の魔物、特に甲虫の多くは、体の表面を硬い甲殻で覆っている。

 銃弾すら弾くその強度は探検家とって大きな脅威だ。例にもれず『四ツ鎌』も全身に甲殻の鎧を着こんでおり、たとえこのまま剣が当たってもまた弾かれてしまうだろう──。


 ──このままならね!


付与魔法グランツワイズ地雷炎トゥルミナ!!」


 わたしが詠唱すると、手に持った剣が光と熱を帯びる。

 そうっ!わたしの戦闘スタイルは魔法と剣の二刀流、【魔法剣士】ッ!!


 輝く剣がカマキリにヒットする。

 先程弾かれたその剣が、今度は勢いそのまま胴体を両断した。真っ二つになったカマキリの切り口は、溶けた鉄のように赤熱していた。


ふぅ……。


「よしっ!大勝利ぃ!!」

「よっ!流石部長!」

「いや~それほどでも~」


 近くにいたかえでとハイタッチ。

 かっこよくキマってたかな?かな!?


「どうだったさやかちゃん!いい感じに撮れた!?」


 さやかに撮影成果を聞こうと振り向いたところ、彼女の不満げな顔が目に入る。

 振ろうと思って上げた手の所在がなくなり、ぷらぷらと揺れた。


「ええっと……なにか……?」

「いえ。今はいいです」


 さやかがぷいっとそっぽを向いてしまう。そう言われるとものすごく気になっちゃうんだけど……。その姿を見て何かを察したのか、かえでが小声で耳打ちしてくる。


「さやかの奴、部長がまた怪我するんちゃうかって心配しとるんや」

「えっ!そうなの!?かえでちゃんは可愛いなぁもう」

「やめてください。からかうのは……」


 頬を赤くしたさやかが更に向こうを向いてしまった。

 このままそっぽを向かれ続けたらさやかちゃんの首が180度曲がっちゃう!

 

「隙やりっ!!」

「あ、こらかえで」


と、その間にかえでがさやかのスマホを抜き取ってしまった。

鎧を着てるのにこの速さ。わたしじゃなきゃ見逃しちゃうねっ!


「ほ~ん結構ええ感じに撮れとるやん」

「えー!どれどれ!?」

「ほのかも!もう……」


 かえでの横に並んで画面を覗く。

 動画にはわたしが魔物を一刀両断するシーン凛々しく映っていた。おー……我ながらかっこいい、かも?


「結構いい感じじゃない!?これならわたし達も配信活動とかやってみてもいいのではっ!?」

「迷宮配信業界はレッドオーシャンや。今更はじめても訴求力は期待できひんで」

「夢がない~!」


 わんわん泣く小さくて悲しい存在。それがわたし。

 そんなこんなで動画を確認している間に、2人は魔物の解体に行ってしまった。魔物は2匹だからわたしの出番はないかな……。


 「(……というかやけにわたしばっかり映ってる)」


 さやかちゃん撮るの上手いけどこういうとこあるんだよね~。

 一応後でもう1回見返しておこう。そう思った時だった。


「ほえ?」


 ──唐突に、画面に水滴が落ちる。


 上を見ると、さっきまで太陽が照り付けていた空がいつの間にか灰色の雲に覆われていた。降り注ぐ水滴の数は増え続け、地面の色が徐々に変わっていく。


「あかんスコールや!」


 かえでの声が聞こえた直後、堰を切ったように土砂降りが降り始める。

 『千葉124迷宮』は熱帯気候。急な強い雨が発生し得るというのは分かっていた。分かってたけど……。


「これはいくら何でも強すぎだよー!!」


 声が掻き消えるほどの雨音は、まるで台風の中のよう。

 魔力で強化されたわたし達に直接ダメージはないけど、雨が強すぎてさやか達が見えない。


「…!……も!…くこ………ら離………い!」

「え!?なにさやかちゃん聞こえないよ!!」


 さやか達がなにかを叫んでいるのが聴こえてくる。

 聴こえてくるんだけど届いてこないっ!


「な、なんて?」


 とりあえず合流しようと声の方へ進むと、状況を察してくれたのか2人の方から駆け寄ってきてくれた。助かった~!


「もー!2人とも何言ってるか全然──」

「早くっ!ここから離れますよっ!」

「え?」


 ──直後、地面に入る亀裂。


 わたし達はさっきの戦闘した場所からほとんど移動していない。

 それはつまり、ということだ。そこに発生したスコールは、ほぐされた地盤を液状化させ、ついには天然の落とし穴へと姿を変える。


 最初にその罠にかかったのはわたし。気付くのに遅れたわたしはぐちゃぐちゃの地面に足を取られてあえなく落下した。


 次に落ちたのはさやか。落下したわたしにいち早く手を伸ばしてくれたけど、さやかの膂力ではわたしの分の体重を支え切れず、勢いはほとんど変わらない。そのまま引きずられるように落ちる。


 最後にかえで。怪力のおかげで2人分の体重を支えてもびくともしない。けど、彼女の足場はそうもいかない。重さに耐えきれなった彼女の足場がぼろっと音を立てて崩れる。


 ──そうしてわたし達は、仲良く穴に吸い込まれてしまったのだった。


──────────────────────────────────────


2024/3/6 改稿

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