第3話 フリーフォール
「うわぁーーーー!!!!」
「ギャーーー!!!」
大ミミズが穴だらけにた地面。そこに大量の雨が降ったことで脆くなっていた地盤が崩壊したのだ。真上に居たわたし達はその崩落に巻き込まれ、雨粒を追いかけるように落下していく────って!!
「逃避してる場合じゃなかったっ!!」
「どうすんねんこれーーー!!!」
「さやかちゃん何とかしてーーーー!!!」
「ッ!『
さやかの言葉に反応し、彼女のリュックから黒い影が3体分飛び出る。
その正体は、さっき虫よけスプレーを運んでくれた魔道具だ。小さな羽をパタパタ振り、わたし達の体を支えようとしてくれている。頑張る姿は可愛いけど、その力はといえば落下が少し遅くなった程度で──。
「さやかちゃん!!多分あんまり意味ないよこれ!!」
「この子達は普段は羽で風を送ってくれる扇風機です」
「なんでそんなもん今だすねん!!」
「間違えました」
かえでの魂の叫びが木霊する。
その悲痛な声が届いたのか、さやかの背中に巨大な布がはためく。
「『
さやかの背中から伸びた機械の腕が、わたしとかえでを抱き寄せる。
一瞬の間をおいて訪れる抗力。同時に開かれたパラシュートの反動だ。数秒、ふよふよ浮いたあと、わたし達は無事地面に足をつけることができた。
「はぁ…はぁ……ホンマに死ぬかと思うたで……」
解放されたかえでが勢いよく寝転がる。
「あ~また汚れるよかえでちゃんっ!」
「かえで。貴方はもっとウェイトを下げてください。
「いや重いんは鎧と武器やから。技術の進歩祈ってもろて」
「でもフリーフォールみたいで楽しかったね!」
「いやまあ実際
心なしか突っ込みにも力が入っていない。兜を外してため息をついている。
さやかもさやかで恐怖が遅れてきたのか顔を青ざめさせている。そういえばこの子は高所恐怖症だった。
「よしよし」
「……すみません」
良いってことよ!わたしはほほ笑む。
「んで、ここどこや?」
「多分、ダンジョンの地下……だよね?」
周りを見渡す。
落ちた先は、光るコケに覆われた洞窟地帯だった。
光る、といっても電灯みたいに明るい感じじゃなくて、夜行ライトみたいなぼんやりとした感じ。正直さやか達の顔もよく見えない。
宝箱でもありそうな気配だけど……今は脱出の方が先決だよね。2人も同じ考えらしく、さやかはライトを手に地図を広げ、かえでも懐中電灯を構えて近くを歩き回っている。
「ふむ…原義的な意味の
「えぇ!?またぁ!?」
地図にない場所での遭難。1週間ぶり2回目ッ!!!?
「さ、最悪だぁーーっ!!」
「今回は私がいるので大丈夫ですよ」
「それただ被害デカなっただけちゃう?」
かえでの冷静な突っ込みが光る。
叫んだわたしのところへ、魔道具のハト達が擦り寄ってくる。
……もしかして励ましてくれてるのかな?お礼に首を撫でてあげよう。おーよしよし。
「ふふっ……。さやかちゃんの動物っぽい魔道具ってみんなかわいいよね~。しかもとっても便利!」
「ありがとうございます。こういう暗いところで役立つ子もいるんですよ。『
さやかのリュックから新たに飛び出したのは、ハトと同じぐらいの大きさの亀。その背中から昼間みたいに明るい光が放たれた。
「うわ眩しっ!!……ってあれ?」
「おいおいおいどういうことやこれは……」
明かりによって今まで見えなかった洞窟の全貌が浮かび上がる。先ほどまでは暗くて気づかなかったけど、この洞窟には先客がいた。
「ハァ……ハァ……」
「女の……子?」
1人の少女が、洞窟の壁にもたれ掛かっていた。
日本人離れした顔立ち、光を反射する白い髪。背丈はかえでより少し大きいぐらいか。体中が傷ついたその姿は、の距離で見ても痛々しい。意識も無いし、荒く息を吐いている辺り、かなり危険なんじゃ……。
「ねえ! 大丈──」
「ほのかッ!!!」
「ひゃい!」
洞窟に響くさやかの怒声に、わたしは思わず飛び跳ねてしまう。振り返ると、彼女は親の仇でも見るかのように少女を睨んでいた。さやかとの付き合いは長いけど……こんなに怖い顔は初めて見る。
「……その子は見なかったことにしましょう」
「え!?なんで?すごい苦しそうにしてるよ!?」
「だからです。得体のしれない相手。ただえさえここは新しい迷宮、それも未開域です。行動ひとつでも慎重になってください」
正しい、けれど冷たい反応。普段のさやかなら怪我人を放っておくなんてことは絶対に言わない。にもかかわらずこんな対応をするのは──。
「何言ってるの!?人命優先は探検家の基本でしょ!目の前で苦しんでる人がいるのに、それを見捨てるなんて──」
「苦しんでる人も何もッ!!!」
遮るような彼女の叫び。一拍おいてさやかが核心に触れる。
「"ソレ"は本当に人間ですか?」
わたしは言葉に詰まってしまった。
少女の顔はどう見たって人間だ。白い髪も、荒い息遣いも、間違いなく血の通った人間のもの。
でも、その手はどう見ても人間ではなかった。
本来であれば腕に当たる部分、肘から先は羽毛に覆われている。脚の方も太ももの途中から猛禽類のようになっていて、その爪はまるでサバイバルナイフのみたいに鋭い。その姿はまるで神話の怪物のようで、人間とは違う生き物であることは誰が見ても明らかで──。
「私には、その少女が人には見えません。魔物が相手では人命救助の原則も関係ないでしょう」
「……あーしもさやかに賛成や。今は大人しいみたいやけど、近づいて嚙みつかれでもしたら洒落にならん」
「確かにそうだけど……」
ぐっと口を噤む。
2人の意見は……正しいと思う。この子の素性は知れないし、話し合える保証もない。それに、2人は冷酷だから少女を見捨てようとしてるわけじゃない。こうでも言わないとわたしが諦めないと知っているだけだ。
少女の方を見る。
「ハァ…ハァ…おぁ……」
「っ!」
か細く聞こえた声。振り絞るような命の鼓動。今にも消えそうな輝き。
──わたしそれを。見なかったことにはできない。
「それでも。やっぱり放ってなんておけないよ」
2人を見て告げる。
「確かに誰かもわかんない、人間でもないかもしれないけど、わたし……ここでこの子を見捨てたら絶対後悔する。いつか絶対、見捨てたことを思い出す日が来る。そんなの嫌だよ!」
わたしが憧れた探検家達は、困っている人に手を差し伸べてあげられる、そんな人達だった。かつてわたしがそうして貰ったように、わたしも誰かを助けられるような人になりたい。
もし今この子を見捨ててしまえば、きっとわたしの目指す探検家には永遠になれない。尊敬するあの人達に、胸を張って会うことができない。
だからわたしは、この子を諦めちゃいけないんだ。
「ワガママなのは分かってる。もしこの子が魔物だったら、その時はわたしが責任を持ってなんとかする。だから──」
「……」
さやかの表情を窺う。
彼女はわたしの事をよく知っている。わたしの夢も、その理由も。
知っているから、信じられる。
「はぁ……ほのかのそういうところ、私は好きですよ」
さやかが顔を綻ばせた。
「責任を負うのなら、私から言うことはありません。私はほのかの親友ですから」
「右に同じ、やね」
2人の言葉を聞いて、わたしの目頭が熱くなる。……わたしの友達たちは世界一かもしれない。
「それで?どうしますか?魔物の可能性がある以上、他人に見られるわけにはいきません。当然病院も連れて行けませんし」
「とりあえず部室に連れてこ!ベッドも救急セットもいっぱいあるよ!」
「ええと思うけどどうやって運ぶん?」
「この子の体ものすごく軽いみたい。簡単に運べると思う」
「あ、こら迂闊に触らないでください」
少女の翼はすべすべで高級感がある。
わたしが羽に触れたのを見て、さやかが霧吹きをもって近づいてきた。使い捨ての手袋を嵌めた彼女は、そのまま包帯や消毒液を使って応急処置を始める。
「見た目はどうするん?さやかとか、なんかええ感じの道具あるんちゃう?」
「
さやかの発明品も万能じゃないからなんでもはできない。できる事だけだ。
「それに関してはわたしに考えがあるよ」
「ほのかに考えがあるならそれで行きましょう。こういう時は頼りになります」
「えへへ……」
「それ、普段はダメとも取れへん?」
……そーなの!?
「まあそれは置いといて、あとは
落ちてきた場所を見上げる。
洞窟の天井、はるか上から差し込む光はとても小さい。この子がいる都合、救助を呼ぶわけにもいかないし……。
「うーんどうしよっかなぁ……」
「普通に出口探すんはどうや?この子が中におるってことは、どっかしら出入口あるってことやろ?」
「やみくもに歩くのではそれこそ遭難です。具合が悪化する可能性を考えると長居もしたくありませんし」
今この瞬間も少女は衰弱し続けている。休ませるにしたって、ここは環境が悪すぎるし……。
「梯子はあるから1人上行ければええんやけどな。さっきの魔道具、全員分の使っても飛べへんの?」
「人を浮かせるにはそれでも出力不足です。せいぜいが先ほどのように落下速度を抑える程でしょう」
「それだああああ!!!」
「うわぁ!なんや!」
頭の中に電撃が走る。この方法ならほぼ確実にここを登ることができるはず。わたしは思いついた作戦を2人に共有した。
「どうかな?」
「うん、まあええんちゃう?」
「試してみる価値はあると思います」
「よーし!それじゃあさっそくやってみよう!!迷宮探検部!ファイオー!」
「「「おー」」」
「2人とも声小さくない?」
◆◆◆
「うおりゃぁーー!!」
「元気やな~部長」
ほのかの叫び声が降り注ぐ。彼女が地上にたどり着くまで、副部長2人は下でお留守番だ。
「ええんかさやか。部長が無理すんの嫌がっとったろ」
「相談してくれればそれでいいです。こういう時のあの子はどうせ止めても止まりませんし」
「違いない」
くっくっくとかえでが笑う。
二人の見上げる先には、壁を蹴ってジャンプするほのかの姿があった。
この中で一番動けるとはいえ、彼女本来の跳躍力では壁の間を往復するなどできるはずもないが……。彼女が持つ紐の先、そこに括られた
「で、コイツホンマになんなんやろな」
「…」
かえでが倒れ込んだ少女を訝しむ。
羽の少女には現在軽量化のためほのかが脱いだ上着がかけられている。そのお陰か、先ほどまで荒かった少女の息は落ち着いていた。
「さあ……。二足の魔物はそれなりにいますが、ここまで人に近い魔物は私の知る限り報告されていません。いえ、魔物に近い人間の可能性もありますが」
「あーしはどっちでもええんやけどな」
かえでが呟く。
「さっきはああいうたけど、人の顔してる以上見捨てんのも寝覚め悪いし、あーしは部長の方針のが安心やね」
「ほのかの服を羽織るなんて許せません」
「お前顔がよくなきゃ捕まっとるで……」
さやかの髪が洞窟内の灯りを反射して星空のように瞬く。彼女の顔はいつも通り澄ましているが、その瞳には黒い感情が灯っていた。
「私はほのかのためなら何でもやります。あの子が助けたいというのであれば協力は惜しみません。ですが、もしこの少女がほのかを傷つけるようなことがあれば、その時は──」
「いやったーー!!ふたりとも~!!こっちこっち~!!」
ほのかの大声が少し離れたところから響く。
2人が上を見ると、穴から顔を出したほのかが手を振っていた。彼女の投げた長大な縄梯子が、カラカラと音を立て落下する。
「……この子はあーしが背負うわ。いくら軽いいうても人間は人間やし、こういうのはあーしの担当やし」
「お願いします。私は少しだけこの洞窟の土を採取していきます」
よっこらしょ、と年寄りのような声を出し、かえでが少女を背負う。
総重量100キロを超える装備のまま縄梯子を登る膂力は、明らかに人間離れしていた。
「流石
「いいから早く行ってください」
かえでとさやかのそんな声が周囲に響いた。周囲の土を試験管に入れたさやかは、かえでが上へたどり着いたのを確認した後静かにその後を追う。
洞窟には、少女から抜け落ちた羽根だけが残された。
◆◆◆
「スンスン……この辺りのハズだが……」
ほのかたちが去ってから数時間後、一人の男が洞窟を歩いていた。だらりと下がった両腕と生気のない顔色は、死者が歩いているのかと見紛うほどに不気味でおどろおどろしい。男はしばらく鼻を上下させていたが、その動作はある時ピタリと止まる。
「あ?こいつはぁ……」
視線の先にあるもの、洞窟内でも目立つ純白の羽根は、彼が探していた相手のものに違いない。しかし、その姿は周囲には見当たらない。男は羽根を拾い上げ顔に近づける。
「この匂い……あのガキ以外に1…2…3匹。あぁクソめんどくせぇ!!!」
噴出した怒りをそのままに、男が洞窟の壁を蹴り壊す。その衝撃は壁に亀裂を入れ、岩を粉々に打ち砕くほどで、洞窟内に響きわたる轟音はとても痩身の男が出したとは思えない。砕かれた小石がパラパラと音を立て落下する。
「ハァ…ハァ…まあいぃ。どうせ予定に変更はねぇ」
手に持っていた羽は、怒りにより握りつぶされていた。先ほどまで白かったはずのソレは、この一瞬で焼け焦げたように黒く変色している。
「あの羽は俺が焼却する」
男が見上げる先からは、地上の光が小さく差し込んでいた。
──────────────────────────────────────
2024/3/28 改稿
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます