六月の花嫁~ジューンブライドと猫のチコ~

夢月みつき

私とチコのある日の一日

〇登場人物紹介〇

町田瑠璃まちだるり

25歳の弁当店のアルバイト定員。

6月にジューンブライド(6月の花嫁)になる。


・チコ

瑠璃の家族。ロシアンブルーの5歳のメス猫。


・彼氏

瑠璃の結婚相手。ネコアレルギーの為、チコの里親を探す。


・井上老夫婦

チコの里親を名乗り出てくれた。優しそうな夫婦。


🌛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・🌛


猫が、鳴いた。ゆううつな梅雨でも、チコは元気いっぱいにアパートの一室で遊んでいる。チコは、ロシアンブルーの五歳のメス猫で、人間でいえば三十六歳。

チコの子供達は里親に貰われており、チコの相手は去年に亡くなっている。


私の名前は、町田瑠璃まちだるり。近所の“ママのほかほか飯”と言う名の小さな総菜・弁当店で働いている。

彼は、うちにお惣菜やお弁当をよく買いに来るお客だった。


空には、灰色の雲が立ち込めて、不安と希望が入り混じる、私の心を映し出すように降り続ける雨。

私は、現在二十五歳で今月、ジューンブライド六月の花嫁になる。


私はチコと離れたくない。しかし、既に里親は決まっている。

チコと離れがたい私を心配して、恋人の彼が決めてくれたのだ。

里親になる人は、老夫婦の井上様と奥様。問題なく、チコを可愛がってくれそうな、温和そうな人達だった。


私はそれでも、チコか、彼を選ぶか。未だに悩んでいる。

彼は、優しい人。猫がそんなに苦手でもない。でも、猫アレルギーなのだ。

チコの幸せを願うなら、苦手な人がいる家よりも、貰われた方が良いのだろう、でも。


こんな、勝手なことをした私のことを肝心のチコは、どう思っているのだろう。

きっと、君が知ったら怒るんだろうな。


「にゃあん」


チコが、私の穏やかじゃない雰囲気を察したのか、すりすりと鼻をすり寄せて来た。

「チコ……。君と離れたくないよ」

肩が震え、私の目から涙が溢れる。いつの間にか私は、チコを胸に抱きながら眠っていた。


◇ ◇ ◇


――瑠璃るり瑠璃るり――


私を優しく呼ぶ声がする。誰、私を呼ぶのは?

私が目を開けると、一人の髪の長い女性が傍らに座っていた。


グレーの長い髪、綺麗な右目の蒼と、左目が灰色のオッドアイを持つ年かさの彼女は私に微笑みかける。

綺麗な人。チコが人になったら、こんな感じなのかなとか、考えていたら

女性がむすっと、顔をしかめて私のひたいを突然デコピンして来た。


いたっ!なにすんのよ。あんた!」


私が、彼女に文句を言うと、彼女は怒りながら言った。


「瑠璃、あたしは、泣いてるあんたを見たくないの。何で泣いてるのよ?」


「えっ、あんたは……?」


「チコに決まってるでしょ?」


「やっぱり、チコなんだ」


私は、一瞬驚いたが。ここは夢の中らしい。何が起きてもおかしくはない。

私は彼女に洗いざらい話した。

チコは、うなずいてふんふんと聞いていたが。やがて、にこりと笑うと私の頭を軽くぺんと叩いた。


「なにやってんの。そんなの知ってたよ。そりゃ、あたしも、瑠璃と離れるの。寂しいよ。でも、あたしはなによりも、瑠璃の幸せを願ってるんだよ」

チコは、全て知っていた。


「チコ~……!」


涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、チコに抱きつく私。


「たまには会いに来てね。瑠璃!」


気丈なチコも泣いていた。


◇ ◇ ◇

その瞬間、眩い光が広がり、私は目を覚ました。

チコも起きていて、私の頬にぷにぷにの肉球でねこパンチをしている。


「チコ……。ごめんね」


私は、チコに頬ずりをする。すると、チコはくすぐったそうな顔をして一声、にゃあんと鳴いた。

チコとの忘れられないひと時、しかし、私とチコとの別れは刻一刻と近づいていた。


私は、その後。ヴェールと純白のウェディングドレスを身にまとい、彼の花嫁となった。



私達の挙式から、一週間後。その日も小雨が降っていた。

井上様が、迎えに来る前にチコは好物のシシャモをお腹いっぱい食べ、眠くなったのか。私の腕の中で、うとうとしている。里親になる井上夫婦は、息子さんが運転する車で、新しい家族になるチコを迎えに来た。


「町田さん。今日は、ありがとうございます。チコちゃん。さあ、おいで」


井上様は、杖を突いている、足腰の良くない奥様に寄り添っている。

奥様は私からチコを受け取り、その胸に大事そうに抱いた。


その様子を見て私は、ほっと胸をなでおろす。


「それでは、井上様。奥様。チコをよろしくお願いいたします。」


「はい。娘のように大切にしますね」


「賢そうな子だから、うちのまーくんとも気が合いそうだよ」


井上様は、ケータイの画面に映る、トラ猫の画像を嬉しそうに見せてくれた。

私が、井上様と奥様に会釈をすると、井上さんと奥様も会釈を返した。


私の脳裏に、チコとの思い出がくるくると、絵柄の変化する万華鏡まんげきょうのように次々と現れる。

私は悲しくて寂しくて、申し訳なくて。チコの幸せを祈りながら涙を流す。

そんな私を、心配そうに見つめる井上様と奥様。私は、心配を掛けまいと笑顔を作った。


「じゃあね。チコ。元気でね」


いつも、気まぐれなチコは、最後に私の頬をザラザラの舌でぺろぺろと舐めてくれた。

落ち着いたら、チコに必ず会いに行くよ。

私は、そう思いながらチコが乗る車に手を振り、見送った。





~fin~

            



🌛・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・🌛

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

にゃんこを飼ったことのない私が、猫の小説を書かせていただきました。

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