臂を項に掛くれば頰を拂ふ汝が冠の緌の毛や


たゞむきうなじに掛くればほゝはらかうぶりおいかけの毛や



 季節外れだが、上巳の節句の雛飾りがテーマ。

 段飾りの下段には、貴人の雑役を司る三人の仕丁が並び、その上に、一般に右大臣、左大臣と言われる老若の随身ずいじんが武装して控える。

 この二人は貴人の警護を司るのだが、警備役とは言え装束を見ると、五位以上の高い位階を有する武官であることが判る。

 五位と言えば、昇殿が許される殿上人てんじょうびとに列し得る位。

 現代の制度では、生前の叙位じょいは行われておらず、物故者への追賜ついしのみの実施だが、例えば従五位じゅごいの位であれば、都道府県議会議長、市長、校長、消防署や警察署の署長、企業の社長などを務めた故人に贈られているようである。


 拙歌は、若年の随身と、きたのみやとの道ならぬ情交をイメージ。

 五位以上の身分を有する武官とは言え、きたのみやとの地位の差は歴然。主導するのは上の立場にある女性の方であろう。

 たゞむきとは、腕のひじから手首までの部分。

 きたのみやが、随身――武官らしく背が高く立派な体格――の首に、ややぶら下がるようになりながら、両腕を回し掛ける。表着うえのきぬの広い袖からあらわになった真っ白な腕。

 戸惑う表情の男性に構わず、頰を寄せるように顔を近付けると、男の冠のおいかけの毛が頰に触れて、くすぐったいような触感が惹起され、それがさらに女性の心理を亢進こうしんせしめる。


 おいかけとは、武官の冠に特有の意匠で、左右のこめかみ辺りから扇形に広がって、顔の両側を覆うような飾りである。

 もともとは、激しい動きが想定される武官の冠が落ちたりずれたりしないよう、あごに紐()を掛けていたのだが、そのの端が房状になっていたことに由来するとも言われる。

 ただ、すでに平安時代には形式的なものとなり、馬の尾の毛で扇型に作られていたらしい。


 さて、このあと、ふたりはどうなるか?



 

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