油浮く鐵漿溝に虹墮ちて鴉殺さで添はむ術もが


油浮く鐵漿溝おはぐろどぶ虹墮にじおちて鴉殺からすころさではむすべもが



 吉原にありし鐵漿溝おはぐろどぶ

 遊女うかれめ涅齒はぐろめせる折、口にふゝめる鐵漿かね吐出はきいだす、其廢液そのよごれみづ數多あまたどぶに入れば、黑黑くろ〴〵にごれりきと。

 けだし、水面みなもは、黑鈍くろにびうちにも、光の加減に依りては虹の如く亂反射かぎろひてありけむ。

 傾城けいせい手練手管てれんてくだいつに「起請文きしやうもん」ありき。

 すなはち、馴染なじみの客に二心ふたごゝろ無きむね熊野牛王符くまのごわうふ裏面りめん記載したゝめ、違約あらば熊野權現くまのごんげん眷屬けんぞくたる鴉の三羽程死すると共に、約せし者にも神罰下るべき由也よしなり

 しかるに、神佛しんぶつへの崇敬薄れたる近世、赤誠無き誓詞の亂發らんぱつせらるゝ風ありきとぞ。

 かる習俗を踏まへたる都々逸どゞいつとて「三千世界の 鴉を殺し主と朝寢が してみたい」 とあるは、一說に、高杉晉作、之を作りきと云へり。




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