真実

「あー、わかってる、今日は早く会社上がれると思うから、いい子にしてろよ、」週刊誌のデスクから腰を下ろす、記者の益本は、パソコンに映る完成間近となった記事を微笑みながら息子とたわいもない会話を交わしていた、「おい益本!」すると部長から声がかかり、慌てて息子との電話を切った、「部長、お呼びでしょうか?」  

「あぁ、緊急な事が起きた」いつもは表情の柔らかい筈の部長の顔は堅い表情になってこちらを見た、「先月お前が取材した、木村さんだが、けさ殺害されたそうだ」  その発言に益本は思わず言葉が出なかった、「殺害された?……どうしてですか!まさか!?例の会社が」 「落ち着け益本!、こうなった以上、お前の身も危険になる、例の取材は手を引くべきだ、」

すると、益本は混乱しながらも、自身の意志を曲げることはなかった、「バン!」部長のデスクを強く叩きつけ益本は覚悟を示すように応えた、「ようやく明るみになろうとしている真実に、私は目を反らすことは出来ません。」強くそう部長に言い放った、「今から取材に行ってきます!」

「おい!待て益本!、お前はわかってない、もし何か起きれば責任は取れないぞ!」 部長はどうにか益本を止めようとするも、耳を傾けることなく、足早に自身のデスクへと戻り、デスクの下に置いていたボストンバックを外へと出すと、荷物を詰めて肩へと背負った、「矢部、後の記事はお前なりに纏めておいてくれ、」   「わかりました!」 益本とのデスクの隣に仕事場を構えていた矢部は、心配な様子で社内から出ていく益本の背中を見送った、益本の目は後戻りすることのない覚悟を決めた目付きへと変わり、足早に歩き出している。





1ヶ月後、静まり返った自宅のリビングで益本は一人、椅子に腰掛けていた、ふと顔を見上げ、リビングの壁に取り付けられた時計に目を向けるも、どんどん時計の針が動くにつれて、現実を突きつけられているように、絶望感が益本の心の中を襲った、すると、不安を抑えきれることが出来なくなり、両手で頭を抱えながらテーブルに肘をつけた、「益本さん、まだ諦めるのは早いですよ!我々が必ず、奥さんと息子さんを、益本さんのもとへと返します!」

そう益本を勇気づける言葉を投げ掛けてきたのは、行方不明となった二人を探すために、自宅へと呼んだ、刑事の吾妻という男であった、「少し休みましょう益本さん、後は、我々に任せてください、」吾妻はそう言うと、同じく益本の自宅に居合わせていた葛城に目で合図した、すると葛城は疲弊する益本を寝室の方へと促した、「これまでに起きた残虐的な誘拐事件、やはり今回もそれが関係しているのか、だが一つだけ心残りなのは、この前に殺害された木村 謙次郎と今回の被害者、益本 道春はハッキリとした関係を持っていたと言うことだ、これは、偶然なのか?」 心の中で吾妻は頭を悩ませていると、寝室に益本を連れていっていた葛城が、リビングへと戻ってきた、「一先ず益本さん、寝室で落ち着かせて起きました、」   「あぁ、そうか」吾妻は葛城に目を向けずに応え、テーブルの上にこれまでの事件をまとめた捜査手帳を読み漁っていた、「全く、犯人はどこに消えたんでしょうかね?吾妻さん、」  「葛城、今回の事件の前に殺害された、木村が勤めていた会社はどこだった?」

「え?…確か木村 謙次郎が勤めていたのは、山瀬製薬という会社です、」葛城は何かを吾妻は掴んだのではと、すぐに吾妻の心情を察知した、すると吾妻は手帳を閉じて前の椅子に座る葛城に目を向けた、「明日、山瀬製薬行ってくる、」 「なら、私も同行します。」



翌日の早朝、その日は朝早くから二人は、木村の勤めていた山瀬製薬の会社前へと車を止め、行方が掴めなくなった当時のことについて改めて伺いに訪れた、大企業という事だけはあり、社内は綺麗に整備された広々とした空間のあるクリーンな会社の雰囲気であった、やがて、二人は応接室へと案内されると、室内には山瀬製薬、代表取締役の山瀬 秀朗が先にソファへと座り、二人を待っていた、「どうもご足労いただきまして、私代表取締役の山瀬と申します。」

「警視庁の吾妻です、」 吾妻は冷静な表情で警察手帳を山瀬に見せつけた、「同じく葛城です。」葛城はどこか慌てた様子を浮かべながら後から警察手帳を見せた、「やはり、木村についての件でまた何か進展があったのでしょうか?」

「いえ、今回伺ったのは、また改めて行方がわからなくなるまでの彼の行動について伺いに参りました、」吾妻は疑惑の目を向けながら山瀬の目を見つめた、しかし、山瀬からの表情に異変は感じ取れなかった、「そうですか、…亡くなった木村の為なら、私は何でも協力いたしますよ」山瀬はそう応え、二人をソファへと促した、その時、ふと葛城はソファへと腰掛ける前に、山瀬の首もとに目を向けた。





その日の夜、葛城は息を殺しながら、誰もいない暗い廊下を足早に歩き、向かった先は、捜一の部署であった、「遅くなりました、」 深夜の捜一の部署にいたのは、管理監の高村、そして、あと一人が、部署に残っていた、「山瀬はどうだった、葛城?」管理監の高村は、葛城を見つけると第一声に問いかけてきた、「最初は依然とした様子だったので気づくのが遅れましたが、スーツの襟の下に注射器の後が残っていました。」

「そうか、これで奴らは完璧に黒だということになるな!、それと、吾妻の様子はどうだ?」

高村は腰に手を添えながら今度は何故か吾妻について問いかけてきた、「恐らく、何かを確信したのだと思います。山瀬製薬の真実に辿り着くのは時間の問題でしょうね」  「どうにか違法ドラッグを大量に心底まで押収する為には、まだ時間が必要だ、今ここで検挙する訳にはいかない、わかっているな…葛城、吾妻の行動を制止できないのか?」   鋭い視線を向けながらそう高村は問いかけると、葛城は今朝の吾妻の行動を振り返り、渋い顔で否定した、「あの人は、事件解決の為なら上からの指示でも動き続けるはずです」その返事に高村は険しい表情で両手にテーブルを着け、困惑していると、捜一部署の廊下から一人の男が三人の前に現れた、「コツコツ、コツコツ、」 葛城はこちらに向かってくる男の顔を知らなかった、しかし、横を振り向くと高村は、どうやらその男を認知している様子であった、「わざわざ署内に来て、一体何のようだ?佐原……」

光が照らされない、暗闇から姿を現した佐原と名乗る男は、そのまま高村の前へと歩いてきた、「高村管理監、山瀬代表がお待ちしてます」。





その頃、誘拐事件を追っている吾妻は、夜の歩道を歩き、自宅へと帰宅している最中であった、その時、スーツのズボンポケットに閉まっていた携帯から着信が急に鳴り出した、足早に歩いていた吾妻は、一度足を止めると、すぐに携帯を開いた、すると吾妻に電話をかけてきた相手は被害者である益本からであった、「吾妻です。今朝、山瀬製薬に行ってきました、やはり、あの製薬会社には何か裏があるのだと私も確信しました。」

「吾妻さん……その事について話しておきたい事がありまして、」 「えぇ、話しとは何でしょうか?」    「話が長くなると思うので、今度会ってお話したいのですが」 携帯から聞こえる益本の声は窶れきった覇気の無い細々とした声であった、「益本さん、大丈夫ですか?、最近ちゃんと眠れてますか?」 吾妻は益本の容態が心配になり、明日直接、自宅に伺うことにした。





「失礼します。」そう言うと、高村は丁寧な正座の状態で山瀬の居座る和室の襖を開けた、「山瀬社長、大変ご無沙汰しております。」 ふと高村は小さく目線を上げると、山瀬はこちらを見ることなく数人の幹部と共に晩酌を楽しんでいた、「代表、高村が参られましたよ、」 高村と同じく和室の外にいた佐原は、こちらに見る気もしない山瀬にそう再び声をかけた、すると、山瀬は飲んでいた盃をテーブルに置くと、佐原に一言命じた、「悪いが、この男と二人で話がしたい、佐原、席を外してくれ、」

「わかりました、」すると佐原は、山瀬と共に飲んでいた幹部達を連れて、すぐに和室から出ていった、やがて静まり返った和室の中、高村は正座から立ち上がり、素早く山瀬と対面する位置での座布団の上へ腰を下ろした、山瀬はテーブルに置かれる、余った盃を手に持つと、高村に手渡した、「頂戴します。」 高村は両手で盃を持ちながら山瀬の注ぐ日本酒が溜まるのを待った、しかし、満杯になろうとする盃を離そうとするものの、山瀬は酒を注ぎ続けた、やがて盃が酒で満杯になり溢れ始めた、「山瀬社長、もう、酒が」 やがて高村の両手がびしょびしょになった状態で、酒の入った瓶は空っぽになった、「高村…例の吾妻と言う刑事が訪ねてきた、奴を何としてでも動けなくさせる。明日、佐原を使って奴の家族を始末する、異論は無いな、高村……」

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