第33話 [創星]のジュラ


 楽しい祭りの初日が終わった。


 精霊と酔っ払いとが入り乱れ、歌と踊りが祭りにいっそうと花を添えていた。

 

 人々は、ここ数年で一番の盛り上がりをみせたこの精霊祭の余韻に浸りながら、大半の者は家に帰っていった。


 そしてまた日は登り、ララノアとミーリエルの贖罪の日……激動の二日目が始まった。



 「おい!ミーリエル!タイマーが鳴ってるじゃないか!言っただろ!タイマーが鳴る前に止めるのが、『こ、こいつ……できる……』と思わせるコツだって!」


 『わ、分かってるわよ!だけどこんなに忙しいなんて聞いてないわ!』


 バカヤロー!本物の美食には人が集まるもんなんだよ!


 「ララノア!そっちは問題ないか!?」 


 ララノアには、この料理のきもである、"揚げ"の部分を任せている。


 『は、はい勇者様!段々と慣れて来ました!』


 よし!全てが順調だ。


 これでエルフ共も、新しい食文化に目覚める事間違いなしだ!


 「ペリアル!終焉芋しゅうえんいものクロケット二人前あがりだ!運んでくれ!」


 『ひ、ひぃー!勇者さん!少しは休ませて下さいよ!』


 バカヤロー!揚げ物は揚げたてが一番なんだ!

 いいから運びやがれ!


 大体お前、昨日何処に行ってやがった!

 一人で遊びまくりやがって!


 『ゆ、勇者!大変よ!唐揚げの材料が無くなったわ!どうするのよ!』


 な、なに!破滅鳥はめつどりがもう売り切れたと言うのか!


 「だ、大丈夫だミーリエル!いま代わりの鳥を用意する!』


 く、くそ!段々と手が回らなくなってきたな!


 『きゃ!勇者様ー!油が顔に跳ねましたー!シクシク……』


 ララノア!だからあれほど気をつけろと!


 「だ、大丈夫か!待ってろ、今回復を……ど、どうしたミーリエル!」


 ミーリエルが突然死んだ振りを……いや倒れ出してしまった。


 『ゆ、勇者……。わ、私もう……ダメよ……。足が棒の様なの……。ガク』


 ミ、ミーリエルーー!


 く、くそ!ミーリエルが逝ってしまった!


 『ゆ、勇者様ー!今度は手にーー!うわーん!』


 ララノア!もういいさがれ!


 相手は弱ってる!チャンスだぞペザリアス!


 『いやいやいやいや!自分に料理は無理ですよ!それよりお客さんから、『注文はまだか!』ってクレームが来てますよ!早くして下さいよ!』


 


 ……。


 ミーリエルが逝き……。ララノアも逝ってしまった今……頼れるのは俺だけだ。


 「任せておけ……ペカザルナ。神滅食滅勇者式調理法料理の神よ!力を貸せ!!」


 俺は負けられないんだ!


 この国の歪んだ食文化を正す事ができるなら、俺はどうなっても構わない!


 これが俺の本気だ!

 見ろ客達よ!

 これが本物のライブクッキングだ!



 『す、凄いわ勇者……!まるで誰かが乗り移った様な動きだわ……!』


 『あ、油が踊ってますー……!な、なのに身体には一滴もかからないなんて……』



 俺は揚げに揚げまくった。


 数千ものエルフの客を捌くには、一時も休んでる暇はなかった。


 だが、俺は今人生の中で一番"生きてる"と実感していた。


 思えば、戦ってばかりの人生だった。


 ……いや、そう言えば俺の師匠……リーンザイルが言っていたな。



   『料理とは戦いなのだよ』と。


 ふっ。どうやら俺は戦い続ける宿命なのかもしれないな……。



 『ーーーーさん!ーー勇者ーーさん!勇者さん!もうお客さんは一人だけっすよ!いやー、流石は勇者さんですね!あの数のお客を捌いちゃうなんて!』


 な、なに!もう満足してしまったのかエルフ共め!


 まだ揚げ足りないと言うのに!


 「よかったなペワンコフ。唐揚げの材料が無くなったら、お前を揚げるとこだったのにな。それより、最後の客ってあの娘か?」


 屋台の前に設置されている丸テーブルに、青髪のエルフの少女が唐揚げをこれでもかと頬張っていた。


 『あ、危なかったすね。そうっす、あの娘でラストっす。それにしてもよく食うっすねー。……本当に……』


 まぁ、一人ならたかが知れてるな。

 俺も一休みするとしようかな。


 「おーい、ミーリエル!それにララノ……ア?」


 日陰で休んでいる二人の手には、モザイク無しでは見られない、丸っとした芋虫の串が握られていた。

 

 『あ!勇者様ー!お疲れ様ですー!はい、これは勇者様の分ですよー!欲しいだろうなと思って買って来ましたよー!えへへ」

 

 『ふ、ふん!なかなか凄い見せ物だったわ!これは褒美なんだからね!ありがたく受け取りなさい!』


 お、お前等……。


 俺が何の為に……こんな事をしていると……。


 すると俺の怒りに呼応するかの様に大地が揺れ出し、レシュノルティアを覆っている結界が解かれていった。

 


 "な、何が!起きてる!?"

 "み、見ろ!結界が!"

 "馬鹿な!全ての結界が解除されるなど!"

 "も、森に何か落ちていってるぞ!"

 "た、大変だ!森から火が出てるぞー!"

 "すぐ消さねば!誰か!親衛隊に連絡を!"


 

 原因不明のアクシデントに、エルフ達は慌ただしく動き出した。


 

 「おいララノア!これも祭りの余興か!」


 俺は違うと分かっているが、敢えて聞いてみる。


 『ち、違います!エルフしか解除できないはずの結界が……。それも全てなんて……とても一人の仕業とは思えません!』


 そう言えば、登録されたエルフしか解除できないと言っていたな。


 『ゆ、勇者!そ、空を!空を見て!』


 どうしたミーリエル!

 空なんか真っ暗じゃないか!


 ん?真っ暗?


 「どひぇー!な、なんじゃこりゃー!」


 そこにはレシュノルティアを覆い隠すほど巨大な隕石が落ちてこようとしていた。


 "お、終わりだ……"

 "か、神が怒っているのだ"

 "今日死ぬなんて聞いてないよ……"

 "……まだ諦めるな!死ぬまで生きるんだ!"

 "そうだ!俺達は誇り高きエルフだ!"

 "みんな!アレに最高位の魔法を放て!"

 


 『そうだ!最後まで戦うのだ!アラシュザムの民達よ!グリンガムの子等よ!私に続け!神樹の霊砲アンドロ・メイデス!』


 いきなり現れたメネリオオン王の口と杖から、力強い号令と極太の魔法が放たれていった。


 それに勢いづいたエルフ達からも様々な魔法が隕石に向かって放たれていく。

 

 しかし、隕石は変わらないスピードで落ちて来ていた。


 『勇者!それにララノア!私達も行くわよ!終焉芋アタック!』


 『はい!お姉ちゃん!フランシェビートル・キャノン美味しいは正義!』


 おいお前等!魔法はどうした!

 なに?まだ習ってない?危ないからって?

 何処のお姫様だ!あっ、お姫様だったわ。


 「もういい、お前等は危ないから下がってろ。神滅星滅勇者式破壊砲楽しい祭りを邪魔しやがって!」


 俺の前に出現した巨大な魔法陣から、隕石全てを飲み込む程の魔力光線が発射された。


 その神秘的な光に、全てのエルフ達が目を奪われているのが分かった。


 

 そして、魔力光線が通った後には何も残されてはいなかった。


 "や、やったのか!"

 "ああ!見ろよ!綺麗な青空だぜ!"

 "ああ、生きてる!生きてるぞ!"

 "ママー!今のすごかったねー!"

 "誰が撃ったんだあの魔法を!?"

 "ゆ、勇者!勇者様だよ!俺は見てたんだ!"

 "おお!凄いぞ勇者!勇者!勇者!"


 

 ふふん!どうやらやっと俺の凄さが分かって来たみたいだなエルフ共。


 よし、この機に乗じて虫料理を全面的に禁止にして……。


 『ゆ、勇者様!空に誰かが浮かんでます!』

 『青い身体をしてるわ!きっと魔族よ!』


 何だと!?

 魔法も使えないプリンセス共!

 それは本当か!?


 

 するとその青い身体をした魔族はゆっくりと降りて来た。


 どうやらその魔族は女性らしい。

 

 少女と言っても過言ではない華奢な体格をしているその魔族は、とても怒っている様だ。


 「おい!貴様は何者だ!さっきの隕石はお前がやったのか!」


 地上から10メートル位の所で停止している魔族が、ゆっくりと喋り出した。


 『……私は、邪神の十二使徒の一人、[創星]のジュラ。私はこの国を許す事はできない……。こんな国は滅びるべき』


 くっ!凄まじい恨みと怒りを感じる!


 何か深い因縁があるに違いない!


 「ミーリエル!ララノア!あいつとエルフの間に何かあったのか!?」


 『し、知らないわ!魔族なんて、今日初めて見たもの!』

 『わ、私もです!それに過去に魔族といざこざがあったのは、もう何百年も前の話のはずです!』


 な、なにぃ!


 だが、あの怒りは一石一丁の怒りではないはず!


 まさか何百年も前の事を恨んでいるのか!?


 「おい!ジュラとやら!何の恨みがあって、こんな事をする!エルフに何の恨みが……!」



 俺の問いにジュラが身体を震えさせて怒りをあらわにしている。


 『わ、私は……』



 な、なんだと!?


 

 


 


 

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