第18話 別れ


 『行きますぞ!タスカル殿!先日の借りを返させて頂く!』


 「……来い」


 あれから一週間、勇者直伝の地獄のスパルタ稽古によって三龍士と童だけではなく、一般兵に至るまで鍛えに鍛えまくった。


 よって一般兵なら4、5人もいればエビルやタスカルと言われていた魔族にも良い勝負が出来るとこまで成長した。


 「問題の三龍士は…うん、中々良いじゃないか。一対一でも負けていないな」


 今も数十にも及ぶ斬り合いで、一歩も引いていない。


 キリが無い斬り合いを嫌がり、鬼の魔族…タスカルが模擬刀に魔力を乗せた一撃、"鬼渡り"と言う一撃を放った。


 この数日よく見る技だ。

 

 それを緑龍さんは、自身の木槍に魔力を乗せた高速の突き…"龍月"と言う技で相殺する。


 良い…俺があのレベルに至ったのは10才くらいの時だ…あいつら天才か?

 

 …いやあいつらもう40超えてんだった。


 「そこまで!」


 俺は二人の武器が壊れた所で終了の合図を出す。


 『また引き分けですか…。悔しいですな…今日で最後でしたのに……』


「…お前達は強くなった。この短期間ではあり得ぬ成長だ…。勇者とは、かくも恐ろしい者だったのだな」

 

『ええ、勇者殿の恐ろしさは我々が一番理解している。…多少強くなった今だから解る。…彼はまるで、天に輝くあの星々みたいなものだ…まるで届く気がしない』


 いやー褒め過ぎですよ、緑龍さん。


 俺は全く聞いていない振りを醸し出しながら、聞き耳をたてる。

 

 「……ああ、そうかもしれないな。だが俺もいつか成ってみせる、あの7つに並んだ星の横で光る……小さな星にな……」


 駄目ー!それは駄目!見えちゃいけないやつ!


 「ゴホン……俺を星に例えるのは褒め過ぎです。忘れて下さい、今すぐ。特にタスカルさんは星を見てはいけません。さて、今日で地獄の稽古もお終いです。皆さん集まってもらえますか?」


 赤龍さん、青龍さん、それに稽古に参加していた大勢の一般兵達も整列して行く。



 『勇者殿、これで全員です』


 「ありがとう赤龍さん。えー先程も言いましたが今日で稽古は終わりです。よくこの厳しい訓練を、一人も脱落する事無くやり遂げました。皆さんの国を思う気持ちに尊敬の意を表明します。本当にお疲れ様でした」


 『礼を言うのはこちらですぞ、勇者殿……』


 『青龍の言う通りです……。あの目も当てられぬ失態を犯したあの日、我等は一度死にました』


 『ああ、それを勇者殿のお陰で生き返る事が出来た……。また国を守る事が出来る…こんなに嬉しい事は無い』


 今のこの人達でもまだまだ童を任せるのは不安だが、そんな水を差す様なことを言ったりしない。


 童も強くなったしな……。

 

 今日も一日顔を見てないな……。まだ不貞腐れてるのか?


 しょうがない奴だ…。


 「いえ、全ては皆さんの努力の賜物です。俺は少し背中を押しただけです。ご存知の通り、俺は今日この国を出ます、後は皆さん日々精進して下さい。……では行きましょうか、タスカルさん」


 「……ああ。最後に俺からも一言言わせてくれ。許してくれとは言わない。……すまなかったな」


 タスカルさんの身柄は俺が引き取った。

 魔王のとこに連れて行き、色々話をして貰いたいからな。


 『シャーベット様を手に掛けた貴様等を許す事は出来ぬ!だが、また稽古の相手になってやっても構わんぞ?』


 『ええ、結局一度も勝てぬままでしたからな。次は勝ちますぞ』


 『貴様は結果的にだが、誰一人殺さなかった……。だから我々も一度だけ溜飲を下げよう。だが次は無いぞ?』


 「……助かる」


 そして俺達は皆んなの熱烈な歓声に見送られ城を後にする。


 シャーベット様には既に別れの挨拶は済ませてある。

 

 だけど後一人……。



 「さあ、行きますかタスカルさん。転移で魔王城まで飛びます。そこで色々事情を話して貰います」


 「それは構わないが……。いいのか?」


 何がだよ……。良いに決まってんだろ?……さあ、行くぞ。


 「あそこに黒いおかっぱ頭が隠れてるぞ?」


 わ、童!信じてたぞ童!


 「悪い!タスカルさん!少し待っててくれ!すぐ戻るから!」


 逃さんぞ童!


 「覇王滅殺勇者式捕獲法別れの挨拶くらいさせろ!」


 魔力で形成された8本の手が地面を這い、童を捕まえる。


 「わわわ、なんじゃこれは!離せ!離すのじゃ!」


 「アイス様……少々付き合ってもらいますよ?転移!」


 俺は童と一緒に中央大陸のとある場所に転移した。

 

 転移した場所は希望の丘と言われる、とても景色が綺麗な場所だ。



 「凄いのじゃ!こんな綺麗な景色は見た事ないのじゃ!ここは何処なんじゃファルケン!」


 ふふ、元気童になったな。


 「ここは中央大陸の希望の丘と言われる場所ですよ、アイス様。俺のお気に入りの場所です」


 「ここは中央大陸なのか!?凄いのぅ…勇者の手に掛かればあっという間に着くのじゃな……」


 「ええ、魔族と人類が手を結び、そして邪神をどうにかできれば…またいつでも来れますよ。……だから少しの間お別れです……アイス様」


 「嫌じゃ!ファルケンはアイスの執事なのじゃ!勝手は許さぬのじゃ!…別れは嫌なのじゃ……」


 童……。我儘を言わないでくれよ……。


 「大丈夫です…アイス様。この勇者に掛かればこの世界の問題なんて、あっという間に解決です。それに魔族との和平を結ぶ時には力を借りに行きますからね。またすぐ会えますよ!」


 「…それでも別れは嫌なのじゃ…。あの日…母様を失った時…アイスは臆病になってしまったのじゃ…。だけどファルケンが居れば"恐い"が無くなるのじゃ…。だから側にいてくれんかのぅ……」


 この臆病童が!そんな娘に育てた覚えはありませんよ!


 「……アイス様、これをお受け取り下さい」


 「なんじゃこのオカリナは?綺麗な緑色じゃのぅ……。貰って良いのかの?」


 「それは"風のオカリナ"です。いついかなる時も、それを吹けば俺に音色が届きます。例え邪神と闘ってる時でも駆けつけます。……だからそれを俺だと思って、しばらく我慢して頂けますか?」


 もうこれが最後の手だ。

 これで駄目なら……。


 「……分かったのじゃ。……でも約束じゃぞ?必ずすぐ駆けつけるとな……。……よし!なら最後にドラゴン焼きが食べたいのじゃ!あれは我等の出会いと別れの味よ!ファルケン頼むのじゃ!」


 この食いしん坊童が!それにどら焼きだってばよ!


 「沢山食べて下さい。なーに、世界が平和になれば一緒に旅に出ましょう。それはそれは楽しい旅になりますよ……アイス様。だから……」


だからどら焼きを食べながら、そんなにボロボロ涙を流すなよ童。




  どら焼きを食べ終わった童が吹いたオカリナの音色が風に乗って去って行った。

 

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