第7話 魔王ドュルキスの覚悟 (閑話)


 瘴気が立ち昇る山に囲まれた魔王城の執務室に政務をこなす二つの影があった。




 「魔王様、紅茶のお時間です。この茶葉は醗酵に醗酵を重ね、心の清い者しか見る事が出来ない魔法をかけられた茶葉から煎じた高級品。クリスタリアンでございます」


 「……じぃ、味がしないの。これはタダの白湯なの」


 「そんな筈はございません!このレイモンド、確かに商人から購入いたしました!確かに最初は空の荷台を見せて何を売る気なのかといぶかしげましたが、先ほどの説明を受け即決致しました!」


 このじじぃはもうダメなの。


 「……じぃ、3ヶ月は給料は無いと思えなの。それに今はこんな馬鹿な話をしてる場合じゃないの!勇者が去ってからもう数日は経ってるの、そろそろ連絡がくるはずなのにこっちは全く話が進んでないの!」


 「まぁまぁ、落ち着いて下され魔王様。元々こう言う事は時間が掛かるものです。あちらも理解はしておられるでしょう」

 

 解ってはいるの……。……でも。

 

 「ふむ、そんな暗い顔をされなさるな。…もしや魔王様が初めて勇者と会ったあの日に、戦争が始まった理由を知らないと、誤魔化したのが原因ですかな?」


 ………感の良いじじぃは嫌いなの。


 「そう……聞いていたの?死んだ振りで忙しいのに悪いことをしたの」


 「…ぐふぁっ!魔王様…それは言わない約束で御座います。…ですが魔王様、本当にこのまますんなり和平が結ばれるとお思いか?」


 思って無いの!…そんなの私が一番解ってるの!

  

 「その言いたい事を我慢する時の顔…小さな頃から変わりませんなぁ魔王様…。…あのハーベストの大災害とビルカウルの大進行の時に我ら魔族の目的は達せられました。あれから55年…もう復活は間近ですぞ……」


 「…ねぇじぃ、私まだ18歳なのよ?恋もしたいし、本当はこんな瘴気に囲まれた山に居たくないし、街でショッピングもしたいし、友達とお茶して、笑って泣いて……死にたくないよぉ……」


 「…おいたわしや魔王様。この老骨、代われるなら代わりたいですぞ。…邪の神が出した条件は魔族全員の命を捧げるか、魔王の血族のなかで特に魔力が多い者一人…でしたな」


 「そうなの…。本来、私達魔族は邪神の眷族…逆らう事は出来ないの。…なのに父様と母様は私を守るために邪神に逆らって命を落としたの…。だから今度は私がみんなを守る為に頑張るの!」


 「…なれば尚更、こんな見せかけの和平交渉に時間を使ってる暇はありますまい。もっと御身を労って下され」


 「それは違うのじぃ!確かに邪神が復活したらきっと世界はメチャクチャになるの。でも…いつ復活するかなんてまだ正確にはわからないの!そのほんの僅かな時間だけでもいい、本物の平和ってやつを創ることに意義があるの!」


 これはエゴかもしれないの…。

 でもこれが人類に、いや世界に迷惑をかけ続けた魔族の最初で最後の贖罪なの。



 「…なるほど。だから勇者にあの様な言い回しをし、戦争を終わらせるような方向に誘導したのですな?本来なら勇者に勝てぬまでも、邪神に不死の呪いをかけられた魔王様が死ぬはずありませんからな」



 「…そうなの。妾の民がいつまでも憎まれるなんて我慢出来ないの!本当に悪いのは邪神なのに!だから勇者には悪いけど利用させてもらったの。最後にちょっとだけでもいい、魔族と人類が笑い合う姿を見てみたいの。」


 勇者には後で謝るの…。


 「…そんな魔王様のお気持ちも知らず、のうのうと生きていたとは……貴様ら!!!それでいいのか!?我関せずで知らぬ顔してる魔族の民達よ!!今こそ和平に向け国民一丸で立ち向かう時ではないのか!!」


 …えっ?なに急に?もうボケたのこのじじぃ。


 「おっと、すみませんなぁ。国家危機緊急放送のスイッチを間違えて押していました。我々の会話は全国民に筒抜けでしたなぁ。失敬失敬」


 このじじぃ、やってくれたの…。


 妾はすぐ配下のダークアイであらゆる街の様子を確認する。


 声は聞こえないけど、国民一人一人から魔力の光が柱の様に立ち昇り、魔大陸を染めていくの。


 「みんな!…こんな頼りない魔王の…最後の願いなの!力を貸して欲しいの!」


 今なら何でも出来そうな気がするの!

 心が清い人しか見えない茶葉も見えるかもしれないの!


 「では、各街の代表は二日後に魔王城まで来るように!以上で放送を終了する!…お疲れ様でした魔王様。これで少しは進展があるといいですなぁ」


 「…じぃ、今回は褒めてつかわすの。これで妾の夢にグーンと近づいたの。これからも…妾が死ぬまで、宜しく頼む……なの」


 …妾いつからこんな涙脆くなったの?


 「勿論で御座います。一緒にカーライルの川を渡りましょう。死んでからも仕えさせていただきます。……ですから給料は無くさないで貰えると……」



 うん、台無しなの。

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