第6章125話:応援の力

神埼『チサトン選手! 猛追です! さすがにルミ選手も、攻めあぐねている様子でしょうか!!?』


新田『ルミの調子が落ちてるな』


神埼『え?』





ルミが不調になり始めている。


細かいケアレスミスが増えていたり、フェイントや攻撃のキレが甘くなっているのだ。


そして、その理由を、新田は次のように分析する。


新田(応援の力……か)


新田は目を細める。


新田(たくさんの声援に支えられて、チサトンはどんどん調子を上げている。今が絶好調というべき状態だろう)


新田(対してルミへの応援は、ほとんどない。試合開始からずっと、会場はチサトンの応援一色だ)


新田(ルミを罵倒するようなアンチの声こそないものの、ここまでチサトンの応援にかたよっていると、ルミもさすがに思うだろう――――自分の勝利は、望まれていないのではないかと)





どれだけ鈍感な人間でも、どれだけ周囲の声を無視しようとも。


少しずつ少しずつ、心を蝕んでいく。


相手の勝利は望まれ、自分の勝利は望まれていないという感覚が。


ルミは、まるでチサトンに倒されるべきラスボスのような、悪役ヒールの役割を押し付けられている。


それがいよいよ、ルミの心だけでなく、パフォーマンスにも影響し始めたのだ。


新田(だが、そういうのも含めて勝負なんだろうな)


なぜなら。


チサトンも、ルミも、配信者だからだ。


配信者は人気商売。


人気のある者が優位に立ち、人気のない者が劣位を強いられる。


今、ルミを苦しめ始めているモノとはまさに――――配信者としての人気の浅さなのだ。






一方、あやねぽんは言う。


「でも~、無我の境地じゃあ、ルミを倒すには一歩足りないわよね~」


「そうじゃな」


ノノコは同意する。


「ルミを相手にするには無我の境地じゃ足りん。"その先"が必要じゃろう」


「そうね~。でも、"その先"とかあるかしら~?」


「ある。夢想剣むそうけんじゃ」


ノノコが言うと、あやねぽんが納得した。


「ああ~。夢想剣ね~。でも、さすがに入るのは無理じゃない~?」


「さあ、どうかのう」


誰もチサトンが【夢想剣】の状態に入ることを信じてはいないだろう。


しかし、ノノコだけが感じ取っていた。


チサトンの背後からやってくる巨大な波を。


「……」


ノノコは、その者が持つ【運気の波】を読むことができる特殊な目を持っている。


この目のおかげで、自分にとっての不運を避けて、幸運ばかりを引き寄せたり……


不運が押し寄せそうになっている味方に、不運を回避するようアドバイスをおこなってきたりした。


――――そして、今。


チサトンに巨大な運気が訪れようとしている。


ノノコの目には、はっきりと映っていた。


まるで彼女の背後から津波のように押し寄せてきている何か。


ソレが【夢想剣】かどうかはわからないが……


無我の境地だけでは終わらない、何かがあることは間違いない。


(しかも、"一人"の波ではないんじゃよな)


チサトンの背後にある波は、チサトン一人のモノじゃない。


複数の人間が同時に波を起こしているかのような、運気の集合体。


一人で戦うんじゃない。


全員で戦うのだと。


そう強く主張するかのような波。


リスナーたちの応援を力に変えて勝とうとする、チサトンらしい運気の波動であった。


「それに、ルミのほうも、ジワジワ調子を落としてきたからのう」


と、ノノコは言った。


その原因は、チサトンが調子を上げてきたのとは真逆だ。


応援されないということ――――


チサトンばかり応援されるということ――――


ここにきて応援の力が、チサトンに勝利の天秤を傾けさせようとしている。


ノノコは、勝負はわからなくなってきたと感じた。

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