第6章123話:配信者

ファンが応援してくれる。


それがチサトンの力に変わる。


ギアがどんどん上がる。


激しくて、苦しい戦いでも。


その逆境が、むしろチサトンを熱くする。


(ああ、そうや。ウチはこんなふうに戦ってたな)


と、チサトンは懐かしい想いに包まれる。


(思い出させてくれてありがとな、ルミ)


チサトンの剣から、無駄な力が消えていく。


心には炎のようにたける想い。


しかし一方で、その剣はなぎのように、静けさを保っていく。


振るわれる一撃。


チサトンが放った、その斬撃は、恐ろしくキレがあり――――静かであった。


「……!!」


ルミが受ける。


ルミの手首や腕に走った衝撃。


チサトンの斬撃の質が、決定的に変わったことがわかる。


「ハァアアアアッ!!!」


チサトンのさらなる斬撃。


驚愕するほど滑らかな剣。


仮面の下の、ルミの顔色が変わる。


(これは……)


ルミは気づいた。


チサトンは"入っている"


一流の剣士ならば、誰しも一度は入ったことのある境地に。







試合を観戦していたノノコとあやねぽん。


あやねぽんは言った。


「チサトン、無我の境地に入ったわね~」


「ああ。そうじゃな」


と、ノノコは答える。


「でも、よく入れたわね~。さっきまでボロボロだったのに~」


「自分の原点を思い出したんじゃろ」


「原点~?」


「自分が、ダンジョン配信者だということじゃ」


ノノコは、語る。


「年間ランカーは、探索者と違うんじゃ――――配信者なんじゃ。配信者というのは、強さだけで優劣が決まるわけやない。いかにリスナーに愛されたか、信者に愛されたかで決まる商売じゃ」


ノノコは、チサトンを見つめながら、続けて言った。


「じゃけん、これがチサトンの真価。己の強さに、応援の力を乗せて、戦う。こうなったチサトンは、ホンマに強いで」


「チサトンは、ダンジョン配信者としては、最もリスナーを大切にしてるものね~」


チサトンは年間ランキング5位。


しかしリスナーの満足度だけなら、年間1位である。


チサトンはリスナーへのサービスが最も手厚いとされているからだ。


ゆえにファンの熱狂度も非常に高い。


誰よりもファンを大切にしている配信者。


それがチサトンである。


「応援があればあるほど強くなる。それがチサトンじゃ」






ぜんのようにいだ心で。


静かな境地で剣を振るう。


剣禅一致けんぜんいっちことわり


――――無我の境地。


しかし、チサトンの場合……


応援によって得られる活力は、依然としてチサトンの心に、燃料を注ぎ続けている。


ゆえに、剣は静謐せいひつであるものの、心は凪いでいない。


たぎるような熱を宿している。


これがチサトン流の、無我の境地である。

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