第6章120話:チサトンの想い

自分は敗北を受け入れようとした。


いや、勝負を投げようとしたのだ。


圧倒され、必殺奥義・絶花すら完封され、成す術がなかったからだ。


でも。


(いつの間にか、忘れとったんやな……)


チサトンは思い出す。


(逆境に立ち向かうこと……当たり前のことやったはずなのにな)


かつて、駆けだしのころ、チサトンは弱かった。


だが、才能があり、そこに並々ならぬ努力と研鑽が重なって、強くなった。


自分より強い相手がいても、食らいついて、乗り越えてきた。


その積み重ねの果てにあるのが、年間ランカー5位という地位だ。


しかし、そこまで上り詰めると、負けることはほとんどなくなる。


自分以上の強者と戦うこともめっきり減って、勝利することは当然のこととなり……


逆境に立ち向かう記憶を、忘れていた。


そして。


(ウチはダンジョン配信者や。応援してくれるファンたちの前で、無様な戦いは見せられん)


ルミとの戦いが始まってから、観客の声を、ちゃんと聞けていなかったのかもしれない。


自分だけの世界に入って、戦いに没頭した。


もちろん、それは試合や勝負において悪いことではないが……


チサトンのスタイルではない。


(ダンジョン探索のときだって、ウチは一人だと思ったことはなかった。いつもみんなが支えてくれたんや)


もちろん、ダンジョンでは、戦いながらリスナーのコメントをいちいち確認するわけではない。


戦いが始まる前か、終わったあとにコメントを確認するのが普通だ。


しかし、実際は戦闘中も、リスナーの応援や声援は背中に感じているものだ。


みんなが見てくれている。


みんなが応援してくれている。


だから、良い配信をしようと思えるし、どれだけ強い相手がきても乗り越えようと思える。


そうやって乗り越えたら、みんなが褒めてくれる。


喜んでくれるのだ。


「チサトン選手」


と、審判が再度確認してくる。


「まだ、戦えますか?」


「ああ」


チサトンは、ハッキリと答える。


「戦える。ウチはまだ終わってない」


「そうですか」


と、審判が去っていく。


チサトンは、取り落としていた刀を拾い。


立ち上がった。


「ふう……」


と、一つ深呼吸をする。


ルミが少し離れた位置に立って、待機している。


チサトンは、告げた。


「悪かったな。少し寝てたわ」


そして、集中力と戦意を高め―――


刀を構えた。


ルミも、構える。


チサトンは、戦いにおいての心得を思い出す。


(強い相手と戦うときは、何がなんでも食らいつく。絶対に諦めない)


さらに、思い出す。


(応援してくれるリスナーの声を、力に変える。リスナーの笑顔のために、戦う)


そして。


そこまで確認したところで、チサトンは、微笑んだ。


(……なんも難しいことはあらへん。ウチが、いつもやってきたことや)

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