第6章117話:才能の違い

さらに何度か、ルミと打ち合う。


そのたびにチサトンは吹っ飛ばされ……体力を奪われる。


このままではジリ貧なのは、誰の目にも明らかだった。


(勝てる可能性があるとしたら……)


チサトンは、考える。


この劣勢をくつがえせるカードがあるとしたら。


一つだけ、心当たりがあった。


(無我の境地……)


剣士におけるゾーン状態。


無我の境地。


それならルミに迫れるか……?


(いや、アカン。それでも足らん)


無我の境地は、たしかに強い。


人間の眠っている力を引き出し、己の120%を発揮させてくれる理想状態。


しかし。


たとえ120%ですら、ルミには及ばないと思える。


無我の境地では、力不足だ。


「……」


一瞬、浮かんだ考えがあった。


夢想剣むそうけん】である。


無我の境地の、さらに奥にある到達点。


人間のリミットを外し、200%以上の力を無理やり引き出す状態。


夢想剣の境地に入れば、まるで夢を見ているかのように、剣士として望んだことが全て叶う。


その状態になれれば、この劣勢すら吹き飛ばせるかもしれない。


だが。


チサトンはその考えを振り払った。


(夢想剣は無理や。無我の境地ですら、入れるか怪しいメンタルやのに)


無我の境地にしろ、夢想剣にしろ、精神状態に左右されやすい。


少なくとも、焦ったり雑念を抱えている状態では、そうそう入れない。


入りたいと思ったらダメなのだ。


かつて一度だけチサトンは、夢想剣に入ったことがあるが……そのときだって、意識して入ったわけじゃない。


過去一番、絶好調のメンタルのときに、偶然入れただけだ。


(そやけど……このままじゃ)


――――負ける。


実際、ルミが本気になってから、チサトンは敗北から逃げ回ることしかできていない。


手も足も出ないとはこのことだ。


「だいぶ身体が温まってきました」


と、ルミが言った。


「そろそろ本気でいきますね?」


「……!?」


なんだと?


今までが、本気じゃなかったとでもいうのか?


そんな馬鹿な……


そう思いたかったチサトンの前で、ルミは、ギアをあげた。


「……ッ!!?」


ルミが空を舞う。


剣を振りかぶった。


直後、チサトンを襲うのは……死の気配。


かつて感じたことがないレベルの悪寒が、チサトンの背筋を駆け抜ける。


次の瞬間。


濃縮されたエネルギーが、超爆発を起こす。


「かはっ!!?」


チサトンは、吹っ飛ばされた。


防御……できた?


自信がなかった。


気づいたら吹っ飛ばされていたからだ。


しかし直撃を食らっていたら……こんなダメージじゃ済んでいなかっただろう。


だから防御できていたのだと理解する。


だが……


本当に、防御できただけだ。


それ以上でも以下でもない。


絶望が、心を支配する。


「ふっ!!」


ルミが剣を振りかぶる。


ふたたび、チサトンが吹っ飛ばされる。


なんとか受身を取る。


「はぁ……はぁ……はぁ……はぁっ……はぁ……はぁ……」


「さっき、私の剣技をマネしてましたよね?」


「……!」


「せっかくなので、私もやってみたいと思います」


そう宣言して、ルミが取った行動は――――


チサトンにとって、信じられない光景だった。


「ウソやろ……」


ルミが仁王立ちをする。


剣を天へと掲げる。


チサトンの必殺剣。


【絶花】のポーズだ。


「アカン……それだけはアカン……」


チサトンが呆然とつぶやく。


(それはウチが7年かけて習得した剣技や……)


チサトンが7年も苦心して、習得した奥義。


誰にも模倣されるはずがない最強の剣。


だから。


それほどまでに差があるなんて、絶対に認めるわけにはいかない。


「ルミィィィィイイイイイッ!!」


チサトンは絶叫をあげて斬りかかる。


だが……。


「必殺剣――――絶花」


チサトンと同等。


あるいはそれ以上の【絶花】が、ルミから放たれた。

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