白石凪音と生徒会

「さて、みなさんこんにちは。策士と言われる男、白石凪音です。

さて、先程衝撃的な彼女の告白を聞いて、胸踊らせている人はどれくらいいるでしょうか?僕はすっかり、彼女の熱烈な告白に、すっかり心を奪われてしまいました。

話を戻しますと、先程彼女がおこなった告白は、すべて真実です。罰ゲームで言わされている、なんてことはありません。すべて彼女の、心の声です。

彼女は先程のスピーチでこう述べていました。

『西の生徒会は、どうしようもない生徒会。腐っている。』と。

私の目からも見させてもらいますと…確かに彼らは腐っている、と言わざる負えないですね。

彼らは平気で他の立候補者のスピーチを荒らし、情報を抜き取り、デマを拡散し、ヘイトを向ける。至って害悪な集団です。これはもう治しようがありません。例え法外な値段をつけてくる医者でも、絶対に失敗しないと言いきる医者でも、もうどうしようもありません。彼らは根っこから腐っているのです。根っこからがんを持っているんです。これはもうどうしようもありません。

こんなことを言うと、彼らの性根が腐っている、と解釈してしまう人が出てくるのですが、まったくそれは違います。

というか、どちらかというと彼らの性根は真っ直ぐです。ピンと前向きにしっかり伸びています。まだ私の性根のほうがビヨンビヨンと曲がっているくらいです。

では、何が一体、根っこが腐っていると言うのでしょう。

それはそれは大きな根っこ。簡単に治すことができず、簡単に抜くことができない。

そう、つまりそれは”学校”です。」

体育館の中がより一層ざわつき始める。生徒だけではなく、先生たちも何かヒソヒソとざわつき始めた。

「凪音さん、いったい何を..」

「正直に言いましょう。

この学校はまるで腐っています。

生徒の自主性を尊重していると言いながら、結局我々がやりたいことには幾度となく反対し、生徒会が意見箱に返答を考えたときにも、それはダメだと突っぱねる。学校としての都合が悪いからですよね?まったくもってその回答には不備がなかったはずなのに、あなた方がめんどくさいからですよね?何かと理由をつけて、やれ伝統だの、やれ模範的な学生の象徴だの、そればかり強調する。生徒会とは、学校という腐った組織の操り人形でしかないんですよ。」

凪音の声はどんどんヒートアップしていき、言葉が早くなっていく。

「生徒会だけじゃない。

体育祭でも文化祭でも、実行委員という名目をつけて我々にリーダーシップを取らせようとし、”学生全員で作り上げる学校行事”というのを強調したがるが、そんな面影はまるでなし。結局は先生たちのいいなりで、全てが出来レースのように決まっていく。何をやるにも許可がいる。少し変わったことをやろうとすれば、それはすぐに打ち切られる。個性を尊重とか言っておきながら、人から外れた行動は大嫌いで、優等生のふりをさせられる。

もう、腐ってるんです。学校という組織自体。

戦後から、100年の歴史を紡いできても、何も変わっていない。

僕も、操り人形のうちの一人でした。」

「一年生の頃、僕と鷹司は生徒会に夢を持って入りました。中学では何もできなかったけれど、高校では何かが変わるかもしれない。自主性を重んじている高校だから、自分がこれまでしたかったことができるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて。

でも、現実は違いました。僕ら以外の生徒会メンバーはハナからやる気なんてなく、最初から学校を変えてやるという思いなんてなく、ただ推薦のために、点数稼ぎのために、そんな人が多数でした。

それでも僕と鷹司は、この現状を変えてやるという思いで、時には先輩たちも引っ張って、生徒会を主導していきました。しかし、そこで限界を知りました。

僕たちの前に、”先生”が立ちふさがったんです。

大して社会経験も積んでない先生が、あれはダメ、これもダメ。僕らがずっと練っていた提案を、軽く吹き飛ばしました。

そのとき僕はわかったんです。

”生徒会”という組織は、まったくもって意味がないって。

そこで僕は、後期から生徒会をやめました。でも、あいつは違いました。鷹司は、ひとり残ってでも、学校を変えてやろうと思ったんです。

鷹司の頑張りで、ここまで規模の大きい選挙ができ、生徒主導という意識は強まってきました。でも、根本は変わらなかったんです。

鷹司は、何度も先生に立ち向かっていきました。スライドを使って、ドキュメントを使って、政策の有効性を訴えた時もありました。でも、いつも先生たちが返す言葉はノーでした。

たぶん、それが何度も続いて、鷹司の心のなかで、何かがポキっと折れたんだと思います。

鷹司はある日から、何も言わなくなりました。

ただ、生徒会の権力を使って、校内を徘徊するだけで、何も新しい提案はしなくなりました。

だれが鷹司をそんなふうにしたんでしょう。

そう、それは学校です。

西の生徒会は悪くありません。腐っていません。

鷹司も、全く悪くありません。」

「凪音…」

「鷹司清士郎は強い男です。

人のことを誰よりも考えることができる男です。

アイデアに溢れている男です。

信念を持っている男です。

だれよりも、優しい男です。

…だから僕は、彼を救いに来た。助けに来ました。委員長も、葵も、鷹司を助けに来ました。

こうやって酷い茶番を作って、お前を助けに来た。

なあ、鷹司。俺と一緒に、この学校を変えないか?また一緒に、一からスタートしないか?俺にはお前が必要で、お前には俺が必要だ。

一緒に、この腐った学校を変えていこうぜ。俺たち色に染めてやろうぜ。

先生なんかの言うことは聞かず、俺たちだけの

学校を作らないか…?」

「なぎっ、と…」

ビー

まだ10分は経ってないのに、ブザーが鳴る。

選挙管理委員会の方を見る。誰もブザーなんて押していなかった。

たぶん、先生側が、勝手に押したんだろう。

「おいっ、お前!もうスピーチの時間は終わっているっ!早く壇上からおりろっ!」

生徒指導科の先生が、声を荒らげて叫ぶ。

先生の表情は軒並み、鬼の表情になっていた。

「…まだだっ!まだあと1分ある!」

大輝は気づかぬうちに声を出していた。

凪音がこちらを向いて、グットマークを示す。

「うるさいっ!お前ら、好き勝手言いやがって、――先生、――先生、一緒にあいつらを取り押さえましょう!」

「おいおい、全員体育の教師かよ…」

向かってくる先生の体格の良さに、凪音は少し後退りする。

体育館はいっそうざわついて、パニックになる。

一人の教師が、勢いよくこちらの方へ向かってきた。

ドスドスと豪快な音を立てながら、壇上へと登っていく。

「やめろっ!」

その先生に飛びかかったのは、選挙管理委員長だった。

「な、何をする!」

「この選挙を取り締まっているのは俺だっ!お前ら先生に、このスピーチを止める義務なんてない!」

「な、なんだと…生意気な…」

「凪音っ!」

委員長がより一層声を強める。

「残り一分延長だ!それまでにお前は、鷹司をどうにかしろっ!お前に協力したのは、鷹司を助けるためなんだからな!」

「あ、ああ。わかった。」

凪音が委員長の言葉に納得して、鷹司の方へ向き直すと、委員長はぐっとマークを示した。

「清士郎!お前は、どうなんだ!変えたくないのか、この学校を。変わりたくないのか、お前自身を!」

「俺、俺は…」

「お前ら全員停学だ!今からスピーチの手伝いをしたやつは2週間停学!」

生徒指導科の声が体育館へ響き、より一層ざわめきは大きくなる。

「この腐った学校を変えてやるんだ!それはずっと中学校から考えていたことじゃないか!」

「…」

「黙れ、お前ら!この声が聞こえないのか!おいっ!」

『うるさーーーーーーーいっ!』

いきなりの大きなマイクの音量とともに現れた声の主は、小早川葵だった。

「だ、誰だっ!勝手にマイクを使っているやつは!」

『鷹司清士郎っ!』

より大きくマイクの声が響く。

『どうしてあんたは素直になれないっ!私が助けてもらったヒーローは、そんなに臆病だったの?幻滅させるようなこと、これ以上しないで!あなたは、いつまでも自己中なんでしょ!?』

「自己中…」

「おい、マイク女!今すぐ音を切れ!声が伝わらなくなるだろうがっ!」

『そんなこと、知りませーん。

よーし、みんないいかな?これから私が、とっておきの歌を披露するから、よく聞いておいてね!先生の言うことなんて、耳を傾けずに、私と一緒に、みんなで騒いじゃおうっ!』

「うおおおおおおおおおおおおおお

おおおおおおおおおおおおおおおお

おおおおおおおおおおおおおおおお」

どこからかわからないが、歓声が体育館の中にこだまする。

そして、葵は歌を歌い始めた。先生の声をかき消すように。生徒の一体感を高めるように。

凪音は、鷹司の前まで来ていた。

「清士郎!目を覚ましてくれ!先生の呪いから解き放たれてくれっ!」

「…」

「おいっ!お前ら、いい加減にしろっ!」

とうとう、生徒指導科主任の先生が、壇上へと上がってくる。

もう時間はない。凪音は悟った。

「せいしろう!!」

「…怖いんだ。あの声が。」

「あの声って、あいつの声か…?」

今葵の歌に合わせてジャンプしまくる生徒に飲まれながらこっちへ向かってきている、生徒指導科の主任の先生を指さした。

「…ああ。あいつが、いつも俺の言うことにケチを付けてきた。やれ、安全性がなっていないだとか、やれ計画性がなってないだとか、普段の態度がなってないとか。ときには人間性まで否定してきて、俺はそれに耐えきれなかったんだ…。

だから俺は、あの人に怒鳴られるのが、こわいんだ…」

初めて鷹司は、凪音の前で、人前で弱い姿を見せた。

これまで隠してきた仮面が外れて、やっと鷹司は、一人の高校生として、生まれ変わった。

そんな瞬間だった。

「清士郎…」

「…ん?」

「おい、お前ら、いい加減にしろっ!」

生徒指導の先生が、壇上に上がってきて、二人を止めようとする。

「学校を変えたいと言ってたか?!根っこが学校だと言ったか?!全部お前らは間違ってんだよ!俺たちがわざわざ変な理由つけてまで、お前たちを縛り付ける理由は何だと思う?頭のでき方や、得意不得意がある生徒たちに、全部同じことを教えるのは何でだと思う?国が言ってるからだよ!国が、模範的な学生を求めてやってんだよ!問題児なんて大嫌いで、凝り固まったルールに気持ちよく縛られて生きる大人が欲しいから、こんな教育をやってんだ!だから、お前らがもしこの学校を変えようとしたって今さら無理だ!もっともっと大きな根っこが腐ってるんだからな!」

「な、な..」

「清士郎!あいつの言葉に惑わされるな!例え国が相手でも、俺たちなら大丈夫だ!」

「無理だよ!無理無理!お前ら何かにそんな力なんてない。だったら、お前らは学校という組織に囚われていた方がまだ幸せだろ!なあ!!」

先生がどんどんと凪音たちに近づいてくる。

「や、や、やめてくれ..」

鷹司は怯えた声を出していた。

「お前らが変わらないっていうんなら、俺が直接変えてやる!お前ら、歯食いしばれ!」

そう言って、先生は今にも飛びかかりそうな体勢になった。

「はっはっはっ!これで、ようやく終わ..お、おい、なんだ。おまえら、やめろっ!」

それに飛びかかったのは、東の生徒会、西の生徒会、選挙管理員会、そして、なんと先生までもが飛びかかっていた。しかも、おばあちゃん先生。

「な、なぜあなたも!」

「わたしゃあ、長年教師を務めてきて、ここまで生徒たちが本気でぶつかって、学校を変えようとしているのを見たのは初めてじゃ。だから、そんな生徒をわたしゃあ、止めたくはありゃせん。生徒の成長を促すのが、先生の役割じゃから…」

「やく、わり…」

「おい、東と西!お前ら手組んで、この学校変えてやれ!」

「お前らが組んだら世界最強だろっ!俺はお前たちを応援してるぜ!」

「鷹司くんー!がんばってー!」

「ひっくり返せ!歴史を作れ!」

「俺たちの意地を見せてやろうぜ!」

体育館の生徒の中から、そんな二人を励ます歓声が聞こえてきた。

誰かから始まったその歓声は、渦のように広がっていき、最終的に全生徒を包み込む。

「がんばれ!」

「がんばってー!」

「応援してるぞ!」

「やっちまえ!」

「お前らならいける!」

「学校を、腐った根っこを、引っこ抜いてやれ!!」


「なあ、俺だけじゃない。みんなが、俺たちを応援してくれている。

みんなの憧れの生徒会長さんなら、わかるよな?」

「…ははっ。」

鷹司は、少し優しく笑って、そのまま、マイクのある方へと進んでいった。

葵がそんな鷹司を見て、歌をやめる。

鷹司は壇上に立ち、マイクを手に取り、深呼吸をし、

そして、前を向いた。


「             



               おまえらっ!


            ”俺たちについてこいっ!”

                                    


               

                                     」



ビー



スピーチの終わりを告げるブザーが、歓声とともに鳴り響いた。




              


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