白石凪音の作戦

全生徒の違和感を置き去りにして、小早川葵は壇上へと進んでいく。

その顔は先ほどとは違って自信に満ち溢れており、別人のように思えた。

僕は振り返って凪音さんのほうを見る。凪音さんは後ろのほうで、一人笑っていた。

大輝はこれはどういうことかと凪音さんに向かって訊ねようとした。

しかし、それより先に凪音にとびかかったのは、鷹司だった。

「おい、凪音!これはどういうことだ!」

鷹司がいつもの余裕の表情からは考えられない、鬼の形相をして凪音さんに詰めかかっていた。

壇上では、生徒の怪訝な視線を浴びながら、ゆっくり一歩ずつ進んでいる葵の姿があった。

「どういうことって…別にルール違反じゃないだろう?」

凪音は皮肉をたっぷり込めて言った。

鷹司はその言葉にイライラを隠すことはできなかった。

確かに、同じ人が”違う人の応援責任者”をしてはいけないというルールはない。

「おい!選挙管理委員会!こんなことは普通に考えてありえないだろう!どう考えても規約違反だ!こんなのルールに書いてないとしても、禁止行為だろ!」

鷹司が選挙管理委員長を呼ぶ声が壇上の裏に響く。

壇上の表では、葵がもうマイクのスイッチを入れていた。

『あ、あ、あー。マイクテスト。マイクテスト。』

『みなさん。改めまして、こんにちは。東の生徒会書記の

小早川葵です。

皆さん多分、今私が東の生徒会の応援責任者として立っている姿を見て、驚いていることでしょう。

それではまずは、解決編、といきましょうか。』

その時壇上の裏では、選挙管理委員長が暗闇に姿を現していた。

「少し静かに話してくれませんか。声が生徒達にまで聞こえてしまっているので。」

「おい、委員長!これはいったいどういうことだ!こんなの、どう考えても認められないだろ!」

鷹司が自分の法外の声量に気づき、少し声の音量を下げて詰め寄る。

「いや、これは別に規約違反でもなんでもない。ルールに『他の立候補者の応援責任者を使ってはならない』なんて明記されていなかったからな。」

「そんな、ルールになくても、お前なら何とかできるだろ!演説の最終決定権はお前にあるんだから!」

「たとえそうだとしても、俺はスピーチを止めない。分かるだろ?賢いお前なら。この言葉の意味が。」

「…まさか、お前らグルなのか…?…だったら、あの時の言い合いはすべて演技…」

「ああ、そうだよ。」

凪音は鷹司に笑って、委員長の肩をとった。

「俺たちは裏で協力しあっていた。まあ別に、違反行為なんてしてないさ。ただ俺は、こいつに正しい判断を求めただけだからね。」

「まあ、そういうことになるな。俺は東と協力しているからといって、特別手を入れてやったわけではない。あくまで公平に、物事をすすめてやった。」

「だったら、あの日の出来事も、本当はお前は知っててやったのか…」

「ああ。それはもちろん、そういうことにはなる。だが、あれもあくまで公平にやったまでだ。俺はあの日西の生徒会から、東の生徒会が何か変な動きをしていると告発を受けて、それに従っただけ。」

「だからお前たちはあの日、わざわざ三個目のトランクを調べようとしたのか…!」

「なんだ、その言い方。まるで俺ら東の生徒会が、一個目と二個目のトランクには”何か入れてた”みたいな言い草じゃないか。」

「凪音ぉぉぉ!」

「やめろ、お前ら。」

あと数単語で喧嘩になりそうな言い合いを、委員長は仕方なく止めた。

「お前ら、ふざけんじゃねえ!何が目的でこんなこと!」

「…それはな、清士郎。お前を…」

委員長が何かを言いかけたタイミングで、凪音は口を塞いだ。

「まあまあ、そんな話はまだいいじゃねえか。まずはみんなで、”解決編”といこうじゃないか。」

そう言って全員が目を向けた先は、壇上で悠々自適に話す、一人の悪女だった。


『結論から言わせてもらうと、私は二重スパイをやっていました。』

学校で聞き慣れない物騒な言葉に、体育館の照明がグラつく。

『私はまず、他のメンバーに気づかれないように、東の生徒会に入りました。

凪音さんからある日スカウトを受け、私は二重スパイという役割を得ることになり、そのまま西の生徒会に侵入することにしました。』

「気づかれないようにって…もしかして、僕が入る前から?!」

「なわけねえだろ。」

横にいきなり凪音さんがやってきて、仏頂面に言ってのけた。

『…西の生徒会に入ろうとした私ですが、もう既に西の生徒会のメンバーは鷹司の身内で固まっており、そこに新参者の私が入る隙間なんてありませんでした。

「また君か。ごめんね。もう既に西の生徒会のメンバーはいっぱいいっぱいで、君が入るスペースはないんだよ。」

「それでも、私、西の生徒会メンバーに入りたいんです!」

「うーん、でもね…」

「…だったら、私、他の生徒会のスパイをします。それで、西の生徒会に有益な情報掴んできます!だから、お願いしますっ!」

「スパイ、か…たしかに、それなら使えるな…

わかった。だが、条件がある。」

「なんですか?!」

「君が本当に信頼に値できるという情報を、俺のもとに持ってきてもらう。そしたら俺は、君を西の生徒会メンバーとして迎え入れよう。どうやら君は、一年生の中では有名らしいからね。」

「はいっ!私、絶対に有益な情報を持ってきます!」

そうやって私は、鷹司さんに命令されて、東の生徒会メンバーへのスパイとなりました。

そしてそこからの数カ月間は、東の生徒会メンバーのスパイとなって、西の生徒会に色々な情報を回していきました。

だけど、それでもあまり私は信頼を得ることができなかったのか、それとも鷹司さんが慎重なのか。西の生徒会メンバーとしては、まだ認めてくれませんでした。

その時、凪音さんがある作戦を思いつきました。

それは、『賄賂事件』を起こすということです。』

そうして、小早川はある程度の時間、その事件について話していった…

その頃裏側では、

「俺のもとにあの女をやってきたのは、お前だったのか。凪音。」

知らぬ間に僕の左に鷹司がやってきて、僕は凪音さんと鷹司の板挟みになる。

鷹司は、久しぶりに声を荒らげたせいか、今は落ち着いて疲れているように見えた。

「ああ、そうだよ。」

凪音さんが声を低くしてそう答える。凪音さんの目線は、壇上の方へと向いていた。

「お前がこんな小細工をするなんて珍しいな。いや、お前は変わっちまったのか?全然合わないうちに、小賢しくなっちまったもんだぜ。」

鷹司が凪音の方を向いて、嫌味みたいに言葉を吐く。

「変わったのはどっちだよ。」

その鷹司の発言に、凪音は鷹司と目を合わせた。

「な、なんだよ…」

凪音のあまりの目力に、鷹司は萎縮する。

「はあ…まったく、誰のためにこんな茶番、やってると思うんだよ。まずな、小早川は、本当に西の生徒会に入りたかったんだぞ。その証拠に、俺のもとに来る前に、お前の方へメンバー入りを懇願しにいってんじゃねえか。」

「…たしかに、あいつは俺の元へあのときの前に一回来てた…

でも、だったらなんだってんだ。あいつは俺たちを裏切りたいがために、入ろうとして断られ、お前の元へ行ったのかって言うのかよ。」

「ちげえよ。」

「…は?」

「あいつは、お前の助けになりたくて、俺のもとまでわざわざ来て、懇願しに来たんだ。どうやったら、私は西の生徒会に入れますか?ってな。だから俺が、方法を教えてやったんだよ。」

「それが、俺らのスパイかよ!結局俺のことを邪魔してんじゃねえか!」

「邪魔するかどうかは、彼女が決めたことだ。まあ、お前は話を聞いとけ。」

「あ…?」

壇上では事件の話が一通り終わったらしく、小早川が深呼吸をしている。

『…そうして私は、西の生徒会に入ることになりました。

…実はさっき、私は東の生徒会の二重スパイですとお伝えしたのですが、実は私は、西の生徒会メンバーとしてそのまま活動する道もあったんです。』

ざわざわ

「どういうことだ…?」

鷹司の目が、わかりやすく点になる。

『…私が本当に入りたかった生徒会は、西の生徒会でした。昔、中学校のとき、いじめられていた私を助けてくれた鷹司さんに、恩返しがしたかったからです。

そして、東の生徒会に最初に入るとき、凪音さんに言われました。

「…最後の事件が終わって、お前が西の生徒会として迎えられるとき、お前が望むなら、そのままお前は西の生徒会に入ってもいい。だが、お前が何かを変えたいと思ったなら、東に戻ってこい。

俺があいつらを、鷹司を変えてやる。」

そして、西の生徒会で二週間過ごした後、私は東の生徒会に戻ることを決めました。』

「ど、どうしてだ、葵…」

鷹司が言葉を失って、ただそんなことを悲しく嘆いた。

『西の生徒会に入って、まず思ったことは、この生徒会は腐っているということでした。何もせずにクーラーの入った快適な環境で、前年の生徒会費で買ったゲームをし、権力を弄び、学校を変える気がサラサラあるように思えない。そんな集団でした。その中でも、鷹司清士郎は怠惰でした。

日常で見せているカリスマ性とは真逆な日々を送って、ただ何もせず、めんどくさいことを嫌い、トラブルはもみ消し、批判してくるものには容赦なく、他のメンバーも彼を怖がっている。そんな独裁者みたいな人でした。

その時、私は思ったんです。

このまま、前期と同じように、彼らにこの学校を任せてはいけない。

そして私は、東の生徒会とともに、西をぶっ壊すことを決めたんです。

あの日、凪音さんが言った言葉を信じて。

「俺があいつらを、鷹司を変えてやる。」』

『これが、一連の私の行動の真実です。

みなさん、分かってくれましたか。このままではいけないんです。

このまま彼ら西の生徒会に権力を握らせたままは、ダメなんです。

私の言葉は信じることができないかもしれません。

それでも、それでも私は、変えたいんですっ!

鷹司さんをっ、助けたいんですっ!』

「え…?」

ビー

その時ブザーが鳴り、5分を過ぎたことを知らせた。


―東の応援責任者は、ブザーが鳴ったため、速やかにスピーチを終わらせてください。―


「それでは。」

そう最後に言い残して、葵は壇上を小走りで後にした。

小走りの葵と壇上裏ですれ違う。

「大輝くん…ずっと黙っててごめんね。」

「えっ、あ、うん…」

まともな返事をする前に、葵は大輝の元を去っていった。

「葵!まってくれっ!さっきの言葉の意味はどういう…」

「さあて。最終戦といきますか。」

鷹司の葵を呼び止める言葉と重なって、凪音はなにやら意気込みのような言葉を口にする。

「なあ、清士郎。」

「…えっ、あ、なんだ?」

葵を追いかけようとしていた鷹司に、凪音が声をかける。

「スーパーマリオで、一番盛り上がる瞬間って何だと思う?

キノコで大きくなった瞬間?

ちがう。

スターを取った瞬間?

ちがう。

クッパを倒した瞬間?

違う。

一番盛り上がるのは…

     ピーチを助け出した瞬間だ。

…清士郎、今からお前を助け出してやる。」

そう言って、白石凪音は、光の当たる最終戦へと挑みにいった…










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