白石凪音の論弁

選挙当日。

この学校の一種の一大イベントでもある今日は、いつもよりも増して、校内が喧騒に満ち溢れていた。

三人となってしまった東の生徒会。方や西の生徒会のメンバーは、アイドル級のルックスをもつ小早川葵が加わって、より一層強大なオーラを放ち、選挙活動後半戦は無双状態。多くの有権者を引っ提げて、選挙当日に向かってきた。

そしてそれ以上に僕らを傷つけたのは、小早川葵の密告騒動だった。

西の生徒会に転向した彼女は、これまで東の生徒会で受けてきた様々なパワハラ、セクハラを暴露。もちろん僕たちはそんなことは一切していないのだが、発言力とカリスマ性を持つ鷹司の影響もあってか、一気に僕たちはヴィランに。

「ほんとに許せません…見てください、これ!」

怒りに満ちたまんま、僕は自分の顔が黒塗りされ、その僕が葵ちゃん…いや、小早川の臀部を触っている写真を、凪音さんに突き出した。

「どう見てもコラ画像じゃないですか、これ!こんなのを信じるなんて、この学校の人達は僕への信頼がないんですか?!一応、平均的な顔してるつもりですけど、僕!」

「…くくっ、うあっは…おまえ、かわいそうだな…くく」

「もう、笑わないでください!本当に僕大変だったんですからね!まだ、誤解は解けていないですけど…」

「…くくっ。ああ、だからその誤解とやらを解くために、俺らは今日勝つんだろ?」

「勝つって…何か作戦でもあるんですか?」

「…まあ、いいから見てろ。」

そう不敵に笑った凪音の顔を、その日、忘れることができなかった…


五時間目、体育館。

昼食を食べ終えた生徒たちが、ぞろぞろと体育館に集まってくる。

選挙当日演説。ここで候補者たちは、体育館の壇上の上で、最後の演説を行う。

ここで、この選挙当日演説のルールを確認しておこうと思う。

立候補者の演説順はくじで決まる。

今回の抽選の結果、演説順は、

「西→東→南」となった。

それぞれの生徒会の代表と、その応援責任者は、自会の順番が来たら、それぞれ体育館の壇上の上に登壇する。

まず応援責任者が5分間の推薦スピーチを行い、立候補者の推薦理由を述べる。

応援責任者は原則として、一名である。

その後立候補者が10分間の演説を行う。応援責任者も、立候補者も、それぞれ規定の時間を過ぎた時点で、演説は強制終了となる。

また、演説の内容が不適切だと感じた場合も同様に、強制的に終了となる。

「あ~、もう緊張してきました…」

大輝は、スピーチの時間が刻一刻と迫ってきて、手の震えが止まらなかった。

もうこれがほぼ負けるものだとわかっていても、推薦者スピーチはとても緊張する。

…いや、ダメだ。戦う前から負ける宣言なんてしては。こんな人間が、少年漫画の主人公になれるはずがない。無理だとわかっていても、立ち向かうのがそれが勇者。

真の主人公じゃないのか?!

僕は胸が誇らしくなり、思わず右手を掲げた。

「何してるんだ、大輝。」

「……はっ!」

後ろには、変なものを見るような目をした凪音が立っていた。

「…くくっ、武者震いか?」

「わ、笑わないでくださいよー!」

「ははっ、まあ、そういうのはいいことだ。今日、よろしくな。」

そう笑って凪音はどこかに消えていった。

「はぁ…大丈夫かな…」

大輝は体育館に群がる、約1000人の生徒を見て、ため息をついた。


キーン コーン カーン コーン

戦いが始まる合図が鳴る。

これまで少しざわついていた体育館も、チャイムの音がなると、ピタリと声が止み、体育館全体に異常な程の緊張が漂った。

何かを飲み込んだ息の後に、選挙管理委員会と思える声が体育館内に響く。

「これから、第72回、『伊織高等学校 生徒会長選挙』を行います。まず今回の生徒会長立候補者を紹介します。

西の生徒会代表―鷹司清士郎君

東の生徒会代表―白石凪音君

―――――

――― 


その頃、体育館ステージ裏では、それぞれの立候補者や応援責任者、選挙管理委員会の者たちが蠢き合っていた。

その有象無象の隅で、一人うずくまっている青年。

「うわぁ…やばいよ…ほんとにやばいよ…緊張しすぎて手汗がべったりだよ…」

緊張しすぎている大輝だった。

やーばい。本当に心臓が飛び出そうになる。とりあえず、ここにいる人の数でも数えて、心を落ち着かせ…あれ?あれって、凪音さんと、鷹司…?二人で何か話しているみたいだけど、何を話しているんだろ…


*  *  *  *  *  *  *


「久しぶりだな。凪音。」

「うん?ああ、鷹司か…。これはどうも。」

凪音ははめていたヘッドフォンをとって、鷹司に向き会った。

「調子はどうだ。」

「…調子を壊した本人がそれを聞くか?」

「はははっ。そうだったな、悪い悪い。少し気になっただけだよ。昔はあんなに手強かったお前が、今となってはこのザマだからな。」

「…昔もそんなに強くはないさ。なあ、お前こそどうなんだ。」

「何が?」

「昔と変わっちまったかって、聞いてるんだよ。」

凪音がそう言うと、鷹司の表情は、先程より、少し暗くなった。

「…お前が変わらないだけだよ。弱いところも、その甘い考え方も。」

「そうか、じゃあ、決別だな。」

「ああ、凪音。お互いな。」

そして二人は別れ、それぞれ別の方向へ帰っていった。

何かを話していた凪音に、その内容を知るため、大輝が凪音に走ってくる。

「凪音さんっ!鷹司と、何を話していたんですか?!」

凪音は必死な顔を見せる大輝に、フッっと馬鹿にしたように笑って

「宣戦布告だよ。」

と、きっぱり言いのけた。

「では、早速、最初の立候補者に移りたいと思います。

初めは、西の生徒会代表、鷹司清士郎さんです。まず、その応援責任者の小早川葵さん、お願いします。」

凪音たち、東の生徒会メンバーは、名前を呼ばれて向かっていく葵の後ろ姿を、複雑な気持ちで見守る。

かくして、戦いは始まった。


「皆さんこんにちは。西の生徒会、応援責任者の小早川葵と申します。

 ___

 __


「始まりましたね。葵ちゃ…小早川さんのスピーチ。」

「大輝、まだまだ小早川に未練ありまくりじゃねえか。まあ、それはいいとして、だ。小早川が果たしてどんなスピーチをしてくれるかだな。」

凪音さんはフッっと鼻を揺らす。

壇上の小早川さんは、鷹司の推薦理由を淡々と述べていく。

まるで、僕たちと一緒に活動した日々がなかったみたいに。

「 ___ 鷹司さんは品行方正で、成績優秀。先生、生徒両方からの信頼も厚く、前期生徒会では生徒会長も務めました。これほどまでにこの学校の象徴にふさわしい人はいないと思います。以上の理由から、私は鷹司さんを生徒会長に推薦します。

…そして、このようなことはあまりこういう場で申し上げたくないのですが…


東の生徒会一味に震えが走る。

「ま、まさか、葵ちゃん…」


葵は何かを決心したように下を向き、そして誰にもわからないように、いや、裏で見ている僕たちにしかわからないように、口角を上げた。

そして、また全校生徒に向き直り、被害者のような顔をして声を発する。

「私は、東の生徒会の方には、絶対にこの学校を任せたくないです。」


「ほ、ほっ、ホォ、ほんとうに言ったぁー!」

「はは。やってくれたなぁ、あいつ。」


葵は表情を保ったまま続ける。

「みなさんも御存知の通り、私は約2週間前まで東の生徒会に所属していました。東の生徒会でひたすら真面目に選挙活動に取り組み、なんとか勝ちたい。そう思っていたのですが、私以外の生徒会メンバーの皆さんは、西の生徒会に一歩いつもリードされていることに、どこか落ち着かない様子で…。

いつからか私は、パワハラやセクハラを受けるようになったんです。」

「パワハラ?!セクハラ?!そんなこと僕たち一切してないですよ!」

「はは。あくまで報道どおりで通そうってことか。」

葵は顔を手で覆い隠し、

「怖かった…。」と静かに呟いた。

その葵の白々しいとも思える演技に、大輝は無性に腹がたった。

自分たちを裏切っておいて、そしてこんなことをするなんて。

ここで反論してしまったら、返って悪目立ちしてしまい、ましてやルール違反で、自分たちのスピーチができなくなってしまうと考えると、大輝は行き場のない、どうしようもない怒りで体の震えが止まらなかった。

凪音さんを見る。凪音さんは、腕を組んでニヤついていた。

「演技派だな、あいつは。」

そうポツリと呟いた凪音さんは、明らかに不利な状況になっても、全く動じる素振りを見せない。本当に、策が何かあるんだろうか。それとも、もう諦めてしまったのだろうか…

「…最初の方は、軽いものだったので、なんとか我慢をしていました。東のメンバーもストレスを抱えているんだ。だから、こうなってしまうのも無理はないって…

でも、それは日に日にエスカレートしていって…。限界が近づいていました。

そして、ある日、私が限界を迎える日が来たんです。それは、東の生徒会長の、白石さんの一言です。」

「『賄賂を送ろう』

聞きたくなかった言葉でした。どんなセクハラやパワハラを受けようとも、私は耐えてきたんです。それは、ひたむきに諦めずに東の生徒会メンバーが頑張っていたからでした。でも、その言葉を聞いたとき、私の心の中で、何かが解れてしまったんです。私は、耐えきれませんでした。」

「な、な、何を言っているんだあの子は!あれは全部凪音さんが考えた、裏切り者をあぶり出すための罠で、賄賂は一つも送っていないじゃないか!」

葵の口からでまかせの発言に、大輝は頭を抱える。

全部小早川は利用しようとしているんだ。自分が引っかかった罠も。全て、自分の持ち駒みたいに。

「…だから、私は西の生徒会の会長、鷹司さんに助けを求めたんです。私は、鷹司さんに全てを打ち明けました。東の生徒会から受けた、パワハラ、セクハラ。そして、いま、東の生徒会が選挙違反をしようとしていること。それ、全てを。

すると、鷹司さんは、私の代わりに怒ってくれたんです。そして、私に優しい言葉をかけてくれました。

『君はひとりじゃない。僕がいる。』って。」

葵は、涙が出たふりをして、ハンカチで涙を拭う。

その行動に、体育館の雰囲気が一変する。

「初めて、私を認めてくれた瞬間でした。私という存在を、肯定してくれたんです。そして、私はそこで、西の生徒会に入ることを決心しました。私は、この人のそばで働きたいと思ったからです。私も、この人を”助けたい”って。

それから、私は東の生徒会メンバーに所属しながら、西の生徒会に、その賄賂の計画を流しました。そして、決行当日。私は、東の生徒会を裏切って、賄賂の受け渡し場所を教え、現場を取り押さえたんです。しかし、計画は失敗。私は東のメンバーから裏切り者扱いを受け、追放されました。本当に、どうしようもない怒りを感じました。」

葵の、いいところどり視点の話を聞いて、大輝も同じく、どうしようもない怒りを感じた。うまくまとめて、自分たちが有利な方向へ進めようとしている。あの日の出来事は全部事実だから、不適切な発言として、処理もできない。こんな巧妙な逃げ道を作ったのはほかでもない、西の生徒会会長、鷹司清士郎だろう。

「はは。いいね。」

声が聞こえて凪音さんを見る。凪音さんはまだ笑っていた。

大輝は凪音のその表情に、もう耐えきれなくなって、声を荒げる。

「凪音さん!なんで笑っていられるんですか!僕たちは小早川に全部してやったりなんですよ。反論しましょう!こんな言われ方、もう耐えきれません!」

「うるさいぞ、お前ら!」

響いてきたのは、選挙管理委員会の委員長の声だった。

ドスドスと足音を荒らげながらこっちへ向かってくる。

「ギャーギャー騒いでんじゃねえ!うるせえんだよ!次また騒いだら、スピーチの妨害行為とみなし、東の生徒会を失格とする!」

鬼のような表情をして、代表は怒鳴る。

大輝は、それでも食い下がらない。

「いや、だっておかしいでしょ!小早川が根も葉もないことを言ってるんですよ?!これはルールに違反するんじゃないんですか?!あなたも彼女が嘘をついてるって分かってるでしょう?不適切な発言じゃないんですか?!」

「うるさい。不適切かどうか判断するのは俺等、選挙管理委員の仕事だ。いち、東の生徒会の下っ端が、俺たちに指図すんじゃねえ。いいな。」

「は?!そんなの、おか…ム、ッムムッ!」

「いいからお前は落ち着け。これ以上騒ぐ気か。」

口を塞いできたのは、凪音さんだった。

「すみません。うちの下っ端が、選挙管理委員会様なんかに楯突いてしまって。」

「ああ、分かればいいんだ分かれば。忠告しておくが、これ以上問題を起こしたら、即刻失格だからな。覚えておけよ。」

そう言って、不機嫌でも満足そうに、委員長は帰っていった。

「はいはい。わかりましたよっと…」

「ムー、ムー!!」

「おっとぉ、すまん。」

凪音は、夢中に塞いでいた大輝の口を、解放してあげる。

大輝は久々に呼吸ができた喜びから、首元を必死に抑えた。

「はぁはぁ…本当に死ぬかと思いました…。」

「すまんすまん。忘れていた。」

「忘れていたじゃないですよ、ほんとに…。それで、あれで良かったんですか?だって、言われぱなしで…。」

「言いたいやつには言わせておけばいいんだよ。」

そう言って、凪音さんは壇上の葵の方を見る。大輝はそんな凪音さんを見上げて、どこか心配そうな目で見つめた。

凪音さんは、本当に諦めていないのだろうか。こっから、本当に僕たちが逆転できる手立てはあるのだろうか。心がどうしようもない不安に満たされながら、葵のスピーチは、時間通りに終わった。


「_以上で、応援責任者のスピーチとします。ご清聴、ありがとうございました。」

パチパチパチパチ

勇気を出して、告白をした少女。それに向けてへの、全校生徒への拍手は鳴り止まない。そして、その拍手の端切れの中で、誰かが言葉を放つ。

「葵ちゃーん!がんばってっー!」

その歓声を皮切りに、温泉から浮かび上がっていく気泡のように、声はどこからともなく浮き上がってくる。

「東の生徒会なんかにまけるなぁー!」

「がんばれー!小早川さーん!」

「あんなこの学校の面汚しに、政権なんて渡せるかぁ!」

「応援してまぁーす!」

まるでアーティストのライブ会場のように、盛り上がりを見せ団結感を生んでいる。

この体育館に漂っている空気は一つだけ。

『東の生徒会は、悪魔の生徒会だということ』

完璧アウェー。完全敗北。鷹司がスピーチする前に、これだけの盛り上がりを見せている。僕らは悪役で、鷹司は主人公。これほどまでに出来上がってしまった舞台に、大輝はこの順番までもが鷹司の計画したものなのではないかと感じた。

東の生徒会の前に暴露をすることで、東の生徒会のときに、完全アウェー状態を作り出し、まともなスピーチ、反論をさせなくする。確かに、これから僕たちが何を吠えたとしても、それは狼少年の遠吠えぐらいにしか聞こえないだろう。

まさに、してやったりだった。

葵が壇上から舞台裏へ帰ってきて、僕らの前を横切る。

「…お疲れ様です、大輝くん…。」

そう横切りざまに呟いて、大輝は思わず足踏みを鳴らした。

やりやがって…。

大輝の中では、葵が好きだった頃とはまた別のドキドキが、心のなかで渦巻いていた。

「それでは、次に、西の生徒会代表、鷹司清士郎さんお願いします。」

名前を呼ばれて優雅に飛び出したのは、紛れもない、カリスマ性を持つ男だった。

自分の骨格、身長、能力に自身を持ち、全てを掌握するこの学校のカリスマ。

それが、鷹司清士郎という男だ。彼が発言すれば、全校生徒が沸き立ち、彼が先導をすれば、全員が彼に従う。そんな唯一無二のカリスマをもった男。その男が、最後の仕上げに壇上に上がる。

鷹司清士郎という太陽に、僕たち東の生徒会は影になる。

その結果が、手に取るように分かった。

「凪音さん。鷹司は何を言うのでしょうか。また奇想天外なことをいうんじゃ…」

「まあ、聞いてたらわかる。どれだけ、あいつがつまらない男になってしまったかってのは、聞いてたらな。」

そう言って、凪音は、鷹司の方へ向けて、真剣な眼差しを送る。

見てたらわかる…?つまらない…?凪音さんのこの言葉は何を意味しているんだろう。そう考えている間にも、鷹司はマイクを持ちスピーチを始めた。

自信満々な表情を浮かべて。

「_みなさん、こんにちは。西の生徒会代表、鷹司清士郎と申します。この度は、このような場を設けていただき、大変嬉しく思います。私が生徒会長になったあかつきには」

何を言うだろうと、大輝の体が一瞬強ばる。

「個性があふれ活気に満ちた学校を作って行きたいと考えます。」

しかし、その緊張は一瞬にして解けた。

「あれ…意外と普通?」

思わず声が漏れる。凪音さんの方を見ると、凪音さんはどこか悲しそうな表情で、壇上の方を見つめていた。

「凪音さん…?」

「清士郎は、やっぱり何も変わってないのか…」

大輝は違和感を感じて、凪音に話しかけようとしたがそれを憚んだ。

凪音がそれっきり、もう壇上に目を向けなかったからだ。

凪音はどこかやるせない面持ちでその場を後にし、鷹司のスピーチはそのまま滞りなく終わった。本当に、何もなく、終わった。


スピーチが終わると5分間の休憩がある。

そのインターバルの時間で、僕は凪音さんに詰め寄った。凪音さんは何事もなかったように戻ってきていて、その表情は何も迷いがないように見える。

まるで、さっきのスピーチが完ぺきだったように。

鷹司という男を、完ぺきに表現していたように。

しかし、その事実は異なった。

平凡な内容。抑揚やしゃべり方、声の質などで聞いていた人にはわからなかっただろうが、壇上の裏で聞いている僕ら、これまで戦ってきた僕らにとっては、今日の彼は平凡に思えた。

「凪音さんっ!さっきの鷹司のスピーチはどういうことですか?!」

「どうって…いたって素晴らしいスピーチだったろ。」

彼の言葉に、何も皮肉がないとは思えなかった。

「鷹司はてっきり、こっちが想像がつかないほどのスピーチをするんじゃないかと…。」

「…あいつは、限界を知ったんだよ。生徒会という、一学校の組織の限界を。」

「…それって、いったいどういう…」


―5分が経ちましたので、次の立候補者の演説を行います。

 次のスピーチとなっている代表者は、準備をお願いします―


選挙管理員会のアナウンスが鳴った。

「ほら、次は俺たちだ。気、引き締めとけ。」

「あっ…え、ちょっ…」

半ば強引、いや、しょうがなく話を打ち切られ、凪音さんは闇の中へと消えていった。

そうだ。こんなことを考えている暇なんて、東の僕たちにはないんだ。

いくら鷹司のスピーチが平凡だったとしても、彼のスピーチはプラスにしかならない。

圧倒的得点差で離されている僕たちにできることは一つしかない。

なんとしてでも僕が凪音さんの魅力を伝えること。

それしか方法はないんだ。なんとか僕が差を詰めないと。

そう思うと、鼓動がはちきれるように大きくなった。

深呼吸をする。

「では、今から演説を再開します。

次は東の生徒会代表、白石凪音さんのスピーチです。」

左の手のひらに人の文字を三回書いて飲む。

「それではまず、応援責任者の…」

まばたきを何回も繰り返す。


「小早川葵さん、お願いします。」


え…


えええええ

ええええええええええええ

えええええええええええええええええええええええええ?!?!?!!!!!!!!


体育館がざわつく声で鼓動する。

「はいっ!」

小早川は何もおかしくないみたいに、そのまま壇上へと上がっていった。

僕のまばたきは、収まらなかった。







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