白石凪音の推論

「 東の生徒会に、裏切り者がいる。ってわけだ。 」

そう、凪音は重い面持ちで呟いた。

東の生徒会の中に、不穏な空気が流れ始める。

「私達の中に、西の生徒会のスパイがいる。ってことですか?」

「ああ、そうだ。」

凪音の断定した物言い口調に、東の生徒会の空気が、ビキッと引き締まる。

「な、なんでそんなこと言えるんですか?!だって、今回の作戦に協力したのは僕達だけじゃないでしょ?サクラ役の人とか、どうなんですか!」

「ああ、それもそうだったな。」

そう言って、凪音は生徒会室のドアを開け外に出ようとする。

「凪音さんっ!待ってください!」

大輝はとっさに凪音を引き留めようと、ドアの方へ走っていった。

凪音は気にも止めないように、そのまま廊下へ出る。

「ちょっと!凪音さんっ!」

廊下に出ると、そのまま大輝は、凪音に腕を掴まれた。

「大輝。少し俺に協力しろ。」

そう低い声で言い渡して、そのまま凪音は去っていった。


次の日も。その次の日も。狙っているかのように、西の生徒会の妨害は続いた。

まるで裏切り者が自分たちを嘲笑っているかのように、露骨に選挙活動が上手くいかなかった。

スピーチの被りだけではなく、ポスターの酷似。ウェブサイトでの告知ホームページの酷似。イベントの被り。傍聴している生徒の横取りなど、妨害行為は多種多様に渡った。

もちろん比較され、下に出されるのはいつも東の方。

モチベーションも奪われ、やる気も削がれ、東の生徒会室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

「もう、無理ー。なんでこんなに私達の活動が邪魔されるのー?」

葵が明らかにだるそうな声を出す。

この問いに対する答えは簡単だ。それは、東の生徒会に裏切り者がいるから。

だって、明らかにおかしい。ポスターも、ウェブサイトも、この部屋でしか作っていない。サクラ役の人が侵入してデータを奪っていることは、想像し難かった。

凪音さんは、今日も生徒会室にいない。最近凪音さんは、あまり生徒会室に顔を出さない。どこかをほつきまわっているようだ。

大輝が、もう我慢にならないといった感じで声に出す。

「ああ、もう。この生徒会室にいる裏切り者?そんなの決まってるじゃないか。

なあ、お前なんだろ?平等院。」

「え…僕…?」

唐突に名前を呼ばれて、困ったように雄大は顔を挙げる。長く目にかかった前髪から、小さい目がひょこりと出ている。

「だって最初のスピーチの場所を決定したのもお前。情報管理も全部お前。凪音さんは何を基準にお前を信頼しているのか知らねえがな、俺はお前を信頼できない。

まだ証拠が見つかっていないが、そろそろボロを出す頃だろうな。」

「あ…?おい、なんだよその言い草。黙ってれば好き勝手言いやがって。」

「なんだと…?」

口火を切ったかのように、大輝と雄大が取っ組み合いの喧嘩になる。

「ねえ、ちょっとやめようよ!こんな喧嘩!まだ誰かが、裏切ったって決まったわけじゃないでしょ!」

葵が二人の中に割って入ろうとするが、入れる隙が全く見つからない。

「ねえ、ねえってば!」

どんどん激化する喧嘩に耐えきれなくなったのか、葵は先生を呼びに職員室へ向かっていった。


先生が着くと、二人は衣服をボロボロにして、それぞれ離れた椅子に座っていた。

葵に呼ばれた凪音も遅れて登場する。

「おまえら…」

東の生徒会は、1日活動停止処分となった。


次の日。活動禁止期間に集められた東の生徒会メンバーは、屋上に集まっていた。

「よし、ここなら誰にも聞かれないな。」

なにか凪音が神妙な面持ちで話す。気のせいか、声のトーンがいつもより低かった。

何か、凪音さんは良からぬことを考えているんじゃないだろうか。

「我ら東の生徒会は、賄賂を送りたいと思う。」

悪い予感は的中した。

「凪音さんっ!それは選挙管理委員会で禁止されているはずじゃ…」

「しっ!声が大きい!」

凪音が大輝の声を静止する。

「俺達はもう、ここまでやらないと勝てないんだよ…」

そう言って、凪音は肩を落として去っていった。

取り残された三人は、自分たちがもう崖っぷちのそこまで追いやられていることを、初めて認識した。


次の日。生徒会長選挙1週間前に迫った今日に、

凪音、大輝、そして葵の3名が密かに集められた。

「明日、倉山、西谷、掛川の三人に、賄賂を渡しに行く。」

予想通りだった。凪音さんは本当に実行するつもりなのだ。

「なんで、その三人なんですか?」

葵が静かに尋ねる。

「この三人は大きなグループを所持している。倉山はサッカー部のキャプテン。西谷は学校の中ではかなりのイケメン。掛川はバンドマンのボーカルだ。それぞれ50〜80くらいまでの母数を獲得できる見込みだ。」

「なるほど…でも、どうして、ここに雄大はいないんですか?」

「それは…」

凪音以外の二人が固唾をのむ。

「平等院雄大が、裏切り者だからだ。」

「「…!」」

二人同時に驚く。予想はしていたが、本当に平等院が裏切り者だったなんて…

「証拠は?」

「…まだいえない。だが、確実にそのことを証明するものは持っている。」

凪音は厳かに答えた。

「小早川。お前は、取引が行われるとき、他生徒の注意を逸らしておいてくれ。」

「はい。」

「大輝。お前は、受け渡し役だ。早めに済ましてこい。」

「ぼ、僕がですか…?!」

「ああ、俺は別の仕事があるから。ここはお前に任せる。できるな?」

「…はい。」

大輝は少し不安ながらも答えた。

「よし、じゃあ、明日放課後に実施する。今日は解散して、また明日詳しいことは話そうと思う。くれぐれも、平等院には伝わらないように。」


そして次の日。

「え?!取引場所を変更する?!」

「ああ、それぞれ全て、音楽室、裏門前、テニスコート横に変更だ。」

「そんな、いきなり変更して相手は大丈夫なんですか?」

「ああ、連絡はしている。じゃあ、そのつもりで。」

ツーツー 電話が切れる。掃除時間。いきなり掛かってきた電話。それは耳を疑うような内容だった。

「これはむちゃくちゃだね…」

横にいた葵が困ったような顔を見せる。

「じゃあ、私も集客する方法をまた考え直さなきゃね。」

「ごめん、葵ちゃん…」

「いやいや別に!いいのいいの!ただ…」

「ただ…?」

「こんなやり方は、あんまり好きじゃないなって。賄賂を送って、票を貰うようなやり方。だってそれじゃ、実際の腐った政治家と一緒じゃない?あ、でもね、私も別にわかってはいるんだよ!こんなことをしないと勝てないって、わかってはいるんだけど…」

そうして顔を暗くした葵に、大輝は何も言うことができなかった…


そして、放課後。

危なげなく大輝は、トランクケースを渡すことに成功した。

二人目も難なく成功した。

そして、最後の3人目。テニスコート横で取引をすることになっている、掛川という男。周りを見渡して探して見ると、テニスコートの奥の方に、いかにもバンドマン感を漂わせている人物がいた。その人に大輝は走っていく。

「掛川さん、ですか…?」

「は、はい。そうです。」

「一応証明書の確認を。」

そう言って、凪音が渡したとかいう証明書を提示してもらう。偽装された箇所がない、本物の証明書だった。

「よし、それではこのトランクをお渡ししますね。」

「はい、わかりました…」

そして、さっと大輝は、掛川にトランクを預けた。

「では、怪しまれる前にこれで…」

大輝が仕事をやり終え、帰ろうとしたその時だった。

「待て!選挙管理委員会だ!」

そう叫ばれて警報がなり、またたく間に大輝は、五六人の選挙管理委員会にかこまれてしまった。

「い、いったいなんですか?!」

大輝は動揺を隠せない。これは何かがおかしい。なんでここに選挙管理委員会の連中がいるんだ?葵ちゃんはどうしたんだ?色々なものが頭の中で混ざり合っていく。

「トランクの中身を見せてもらおうか。」

そう言って、選挙管理委員会の委員長と思われる人物が、先程渡したトランクを掛川から奪い取る。

「ちょ、ちょっとまってください!」

掛川も全力で阻止しようとしたが、他の選挙管理委員会の人に抑え込められた。

「さーて。このトランクの中には一体何が入っているんだろうなあー?」

「ま、まってくれ!おねがいだ!その中身だけは絶対…」

大輝の懇願する声も虚しく、トランクの中身は開かれた。

「 …

  ……

  ………?これは…


トランプ?」


トランクの中には、ジョーカーが抜かれた52枚のトランプが散らばっていた。

「ごくろうさまです。委員長さん。」

「な、お前は…」

テニスコートの影から現れたのは、東の生徒会代表、白石凪音だった。


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