白石凪音の憂鬱

「凪音さん!」大輝はたまらないといった顔で東の生徒会室に入り、東の生徒会長の名前を叫ぶ。

 東の生徒会室に入ると、生徒会メンバーが、各々自分たちの仕事を行なっていた。

 いきなり現れた大輝に、凪音以外のメンバーが、なんだなんだと大輝の方を見る。

しかし凪音は、パソコンを打ちながら至って冷静に尋ねた。

「どうした。大輝。」

大輝が叫ぶことなんて、いつものことだ。そう、答えるように。

凪音のそんなぶっきらぼうな尋ねに、少し大輝は気分が悪くなる。

こっちは真剣に悩んでるのに。なんでそんな冷たい態度をとるのだろう。

「凪音さん。本当に選挙に勝つ気はあるんですか。」

「あるよ。」また適当そうに凪音は答える。

二度目の同じ反応に、大輝はとうとう感情が抑えきれなくなった。

「だったら凪音さん!どうして公約がふざけたものになってるんですか!」

東の生徒会の公約

『生徒会室にパフェ機を作る。』ほんとうにこれだけ。それに対して西の生徒会の公約は

『完全デジタル化をし、全校生徒の個性が光る学園にする。』

知らない人が見たら、公約だけでどちらに投票しようかなんて明らかだ。

前者と答える人は、頭がおかしい人か、凪音さんだけ。

「別にふざけてないでしょ。」

またパソコンでテキストを打ちながら、ぶっきらぼうに答える。

その姿に大輝はまた、イライラが募ってきた。抑えられない感情が、言葉になって出てきてしまいそうだった。

「こんなんじゃ、僕らに勝つ勝算なんて…」

「はいはいそこまでですよ、先輩たち。」

そう言って、大輝の前に淹れたお茶を置いてきたのは、東の生徒会の書記担当、小早川葵。一年。同学年。学園のアイドルとまことしやかに噂されている彼女は、多くの人間から好かれている。彼女に告白した生徒がよく言う言葉は

『あの小悪魔な雰囲気に、堕ちてしまった。』

墜ちる。わざわざ漢字を変えてまで例えんなよ。

そんなことを思う大輝も、葵のことが密かに好きだった。

だから、葵になだめられると、大輝は勢いがなくなってしまう。

「ごめん。ありがとう、葵ちゃん。」

「いえいえ。」

そうふんわり言って、悪魔的な笑顔を向ける。墜ちる。これが、墜ちるか…

大輝は虚ろな目で、葵を見つめていた。

「そんなことはどうでもいいから。早く大輝も仕事を始めろ。確か、ポスター制作がまだだったな。」

な…どうでもいい、とな…

大輝は凪音の雑な答えに嫌悪さを感じながら、嫌々作業に取り組んでいった。


東の生徒会も選挙が着実に近づいていく中で調子を戻し、とうとう選挙スピーチが解禁された。

各生徒会長候補がしのぎを削って争う選挙スピーチ。スピーチには、3つの大事な要素がある。

1,集客力

2,言動力

そして3つ目、今回のスピーチ戦争で一番大事になってくるのは、

スピーチの場所だ。

この学園は、いわゆる県内のマンモス校。生徒数も膨大で、学園の広さは、一つの街に相当すると言われている。そんな広い学園だからこそ、人が多く集まる場所は何処なのか。それを見定めなければならない。

そしてこのとき注意することは、一つ。西の生徒会とスピーチの場所が被らないことだ。ただでさえ迫力がない凪音さんの声。そこに西の生徒会長の鷹司清士郎が登場したらどうなるだろうか。鷹司の最大の武器は、そのカリスマ性にある。人を引き付ける何かがあり、人の心を打つなにかがある。そんな横でスピーチするなんて、しないほうがまだマシだろう。

だから、場所選びで僕達の失敗は許されない。

そして、そんな大切な場所選びを行うのは…

「雄大。人が明日集まりそうな場所を割り出せたか?」

「…はい。」

凪音が問いかけて、か細い声で答えるのは、東の生徒会の会計担当、平等院雄大。

いかにも暗そうな見た目と、何を考えているのか分からない言動。大輝はまだ、完全に雄大のことを信頼しきれていなかった。

凄いコンピュータの才能があることは知っている。学年内で雄大のパソコンの腕は有名で、スーパーコンピュータの異名が付けられるほど。だから影で雄大は、スパコンとも揶揄される。

「第二体育館前、か…。よし、そこで決定にしよう。」

「だ、第二体育館前?!凪音さん!本当にあんなところで演説するんですか?!」

大輝は思わず声が出て、反応してしまう。

第二体育館前。そこは、めったに使われないこじんまりとした場所で、校舎との距離もかなり離れている。そんなところでスピーチをするなんて。人が来るはずがない。

「ああ。じゃあ、今日は解散する。じゃあな。」

「ちょ、ちょっとまってください凪音さんっ!僕の話を聞いてください!」

最後まで言葉を言う前に、凪音は生徒会室を出てしまった。生徒会室には、スパコンと大輝の二人だけ。不穏な空気が流れ込んでいた。


放課後スピーチ当日。

第二体育館前に、人が大勢集まっていた。

「な、なんでこんなに…」

大輝は驚きが隠せなかった。なぜかいつも閑散としている第二体育館前に、200人以上の生徒が押し寄せているからである。学園の生徒の母数は約1000人。部活動に入っている人をそこから除いたら、200人とは尋常じゃない。

「みんなー!今日はこんなに集まってくれてありがとう!」

そして、その集団の輪の中心には、なぜか葵がいる。

「凪音さん。これって、いったいどういうことなんですか?」

大輝は、密かにその集団を見つめていた凪音に原因を尋ねた。

凪音は少しニヤついて答える。

「ライブという体で、観客を集めたんだよ。」

「でも、そんな告知なんて、一回も…」

「ゲリラだよ。」

「え?」

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