第10話 二人目の仲間
奏はスマホを操作して知花へメッセージを送る。
『陽葵のところに寄ってきたから、次は知花のところに行くわ。今は昼が近いから先にご飯を済ませてから向かうね』
しばらくして、短い了解の返信が返ってきた。
「知花からオーケーもらったわ」
「よし、それじゃあ腹ごしらえだな」
二人は足を伸ばし、近所の激安スーパーへと向かう。
ショーケースに並んだ弁当はどれもお手頃価格で彩りは少し寂しいがボリュームはある。
「この値段でこの量……やるな」
「ありがたい限りよ、本当に……」
それぞれ弁当を手に取り、レジを済ませた二人は近所の公園へ向かう。ベンチに腰を下ろし、木漏れ日の下で包みを開いた。
「いただきます」
「いただきます」
安っぽい紙の割り箸を割る音が静かな公園に響いた。
焼き鮭弁当をつつきながら一輝はふと顔を上げた。
「なあ、次に会う知花って子はどんな子なんだ?」
奏は割り箸を止め、少し懐かしそうに目を細める。
「知花はね、頭がすごく良くて、私たちの中では参謀みたいな存在だったわ。冷静で判断が早くて戦闘でも支援でも頼りになるの」
「なるほど、委員長タイプか」
「そうね。まさにそんな感じ。でも……」
奏は小さく息を吐いた。
「少し不器用なところもあるの。感情を表に出すのが苦手で思ってることを溜め込んじゃうタイプ」
「そういう子がいると全体のバランスが取れる反面、抱え込みすぎることもあるな」
「うん。実際、罠にかかった時も一番冷静だったけど……後で聞いたら、自分の判断が遅れたせいだってずっと悔やんでたみたい」
一輝は箸を置き、真剣な眼差しで頷く。
「なるほどな……。その悔しさを引きずってる感じか」
「ええ。たぶん、今もどこかで自分を責めてると思う」
奏の声には友を想う切なさが滲んでいた。
風に揺れる木々の音が二人の沈黙をやさしく包み込む。
弁当を平らげた二人はゴミを片付けてから知花のもとへ向かった。
人通りの少ない昼下がりの道を歩きながら奏はスマホで地図を確認する。
「この角を曲がればすぐよ。知花の家は昔から変わってないと思う」
「へえ、落ち着いたいい場所だな」
静かな並木道の奥、黒い外壁の一軒家が見えた。
玄関前には色とりどりの花が植えられており、手入れの行き届いた家だと一目で分かる。
奏がインターホンを押すと、すぐに「はーい」という柔らかな声が返ってきた。
ドアが開き、姿を見せたのはエプロン姿の女性、知花の母親だった。
「あら……あなた、奏ちゃんね? まあまあ、久しぶりねえ!」
「ご無沙汰してます。突然すみません、知花さんはいらっしゃいますか?」
「ええ、いるわよ。ちょうどお昼食べ終わったところ。知花ー! お友達来たわよー!」
二階から足音が聞こえ、階段を降りてくる軽やかな音。
やがて姿を現したのは眼鏡をかけた黒髪の少女だった。
白いブラウスに膝丈のスカートという落ち着いた服装。
だが、整った顔立ちとどこか知的な雰囲気が目を引く。
「……久しぶりね、奏」
「久しぶり、知花」
再会の笑みを浮かべた奏の隣で一輝も軽く会釈をした。
「そろそろ、来るだろうなって思ってたの」
知花は落ち着いた声でそう言い、眼鏡の位置を指で直す。
「立ち話もなんだし、上がって。二階の部屋、少し散らかってるけど我慢してね」
「「お邪魔します」」
そう言うと彼女はくるりと踵を返し、階段を上がっていく。
奏と一輝も靴を脱ぎ、後に続いた。
二階の部屋は本棚が壁を埋め、机の上にはノートパソコンや参考書が整然と並んでいた。
整頓されているが机の端には紅茶のカップと開いたノートがあり、知花の几帳面さと生活感が同居している。
「どうぞ、そこに座って」
「ありがとう」
奏が畳の上に座り、一輝は少し遠慮がちに正座をした。
知花は二人の前に腰を下ろし、静かに息を整える。
「話は聞いていたけれど、本当に治ったのね……」
視線が奏の両手、そして足へと移る。
その瞳がわずかに震えた。
かつて、仲間の中でも一番冷静で感情を表に出さなかった知花の顔に、明確な驚きが浮かんでいる。
「……今でも信じられないわ。本当に良かったわね、奏」
「うん。すっかり治ったわ。一輝さんが治してくれたの」
奏の答えに知花は小さく息を呑む。
彼女は奏の家庭の事情を知っていた。
莫大な治療費が必要で、家計の状況から見ても、復帰は絶望的。
それが今、こうして健康な姿で目の前にいる。
喜びと同時に、胸の奥が痛んだ。
「よかった。本当によかった……」
微笑もうとしたがその口元は震えていた。
気づけば知花の指先は膝の上でぎゅっと握り締められている。
「あの時、私がもっと冷静に判断していれば……」
「知花……」
「陽葵が罠を見抜けなかったのは仕方がないわ。けれど、私が後ろで全体を見ていたのに……。私が止めていればあんなことにはならなかった!」
声が震え、うつむいた横顔に後悔の影が落ちた。
理知的な彼女だからこそ、誰よりも冷静に失敗の因果を分析し、自分を責めていたのだ。
一輝は無言でその様子を見守り、奏は小さく息を吐いて言った。
「陽葵も……自分を責めてたわ」
奏の言葉に知花の肩がピクリと揺れた。
「彼女、自分のせいでみんなが傷ついたって、泣いてたの。でもね、私も同じ気持ちだったの……」
奏は静かに息を吸い、まっすぐ知花を見つめる。
「私も、あの時は浮かれてた。パーティが順調で、褒められて、どこかで慢心してた。周りが見えてなかったのは、私も同じなの」
「奏……」
「だから、知花。一人で抱え込まないで。責めるなら、みんなで責めよう? それで次は一緒に前に進もう」
その優しい言葉に知花の理性が音を立てて崩れていった。
眼鏡の奥の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「ごめんなさい……私……っ、ずっと、ずっと怖くて……! 皆に合わせる顔がなくて……!」
嗚咽が部屋に響く。
奏はそっと隣に座り、彼女の背を優しくさすった。
「もういいの。泣いていいのよ、知花」
どれほどの時間が経っただろうか。
涙がようやく止まり、知花はぐしぐしと目元を拭った。
「……恥ずかしいところ、見せちゃったわね」
「そんなことないよ。泣けるうちは大丈夫だって誰かが言ってた」
奏がそう笑うと知花もほんの少し口元を緩めた。
そのタイミングで奏は一輝に振り返る。
「一輝さん……。知花の足も治してあげてほしいの」
「えっ……でも、私は別に!」
知花が慌てて否定しかけたが一輝がやんわりと言葉を挟んだ。
「もう陽葵さんも治したんだ。君だけ治さないってのは公平じゃないだろ?」
穏やかな声だった。
けれど、その中に不思議な説得力があった。
知花は少し迷ったあと、小さく頷く。
「……わかったわ。お願いします」
知花はスカートを捲りあげて義足を外す。
一輝は静かに立ち上がり、手のひらを彼女に向けた。
淡い光が室内を満たし、失われた足が再び形を取り戻していく。
光が消えた時、知花は震える足先を見つめた。
「……動く! ちゃんと動くわ……!」
その声には涙と喜びが入り混じっていた。
奏も胸を押さえ、安堵の息をつく。
「本当にありがとう。一輝さん、奏……」
「いいのよ。これでまた一緒に歩けるね」
奏は柔らかく微笑み、少し間を置いてから真剣な表情を浮かべた。
「ねえ、知花。もう一度……挑戦してみない?」
「挑戦?」
「そう。今度は私の妹の雫も一緒に」
奏は一瞬、言葉を濁すように視線を落とした。
「ちょっと……色々と事情があるの。詳しい話は後で全部説明するけど……もう一度ダンジョンに潜りたいの」
知花はその言葉に少し驚き、静かに息を吸う。
「……理由は分からないけど奏が本気なら、きっと大切なことなんでしょうね」
「うん!」
「なら、私が言うことはないわ。次はあんな悲劇を繰り返させないわ」
「ありがとう! 知花!」
「私のほうこそ、ありがとうね」
奏は嬉しさのあまり知花を抱きしめるのであった。
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