第11話 残る最後の仲間

 部屋の空気が少しだけ温かくなった頃、ようやく奏と知花が離れた


「ありがとう、知花。本当に……嬉しい」


 奏はこぼれるように笑い、知花の両手をぎゅっと握った。

 しかし、その喜びも束の間、すぐに真剣な表情へと戻る。


「でも……まだ問題が残ってるの」

「……麗華のことね」


 知花が静かに言葉を重ねる。

 その名を聞いた瞬間、部屋の空気が少しだけ重くなった。

 奏は小さく頷き、遠くを見るように目を細める。


「ええ。麗華がいなければ私たちはあそこまで行けなかった。ヒーラーとしてパーティの要だったのに……真っ先に狙われて、一番ひどい怪我を負ってしまって……」


 声が震えていた。

 その光景は今も彼女たちの脳裏に焼き付いている。


「麗華さん、今は……?」


 麗華について一輝が尋ねる。


「病院にいるわ。今も療養生活を続けてるの。身体の損傷が酷くて、退院の見通しは立ってないみたい」

「……そうか」


 その場に沈黙が落ちる。

 やがて知花がゆっくりと口を開いた。


「奏。麗華にはどうするつもり?」


 奏は迷いのない声で答える。


「もちろん、麗華も誘うわ。あの子なしでパーティは成立しないもの」

「でも……ご両親が反対するかもしれないわ」


 知花の言葉は現実的だった。


「ええ、分かってる。だからこそ、ちゃんと話すつもり。私の口で、直接ね」


 奏の瞳には決意が宿っていた。

 かつての仲間を再び集めるということがどれだけ困難なことかは分かっている。

 それでも、やらなければならない理由があった。


「……面会の約束は取ってあるの。だから、明日は病院に行くわ」

「なら、私も行くわ」

「俺もお供しよう」


 一輝と知花の声が重なる。

 奏は二人を見て、少しだけ微笑んだ。


「ありがとう。とても心強いわ」


 窓の外では夕暮れの光が街を淡く染める。

 再び動き出した彼女たちの物語が確実に前へ進もうとしていた。


「知花、実は陽葵も誘ってるんだけど、あの子はもう少し考えさせてほしいって言ってたの」

「陽葵が? あの子も一丁前に悩むことがあるのね……」

「知花……。そんな風に言っちゃダメよ」

「冗談よ。あの子もあの子なりに悩んでたんでしょうね、きっと。だから、今回もそうなんでしょ。元気だけが取り柄の癖に……」

「そうだと思う。斥候だったから自分の責任だった泣いてたわ」

「……そうね。そう思ってしまうのも無理はないわ。でも、いつまでも過去に囚われてばかりじゃいけないわ」

「ええ。でも、大丈夫だと思うわ。陽葵はきっと、戻ってくる」

「ふふ、そうね。あの子なら、きっと戻って来るでしょうね」


 そして、奏と一輝は知花に別れを告げて、彼女の家を後にする。


「そういえば配信者になるって言わなくて良かったのか?」


 帰り道、一輝は奏が濁していた部分について尋ねた。


「……知花は真面目だから、配信者にいいイメージを持ってないの」

「なるほど。さすが委員長だ……」

「だから、最後まで黙っててくれてありがとう」

「いや、まあ、奏が言わないなら俺も言うべきじゃないと思っただけだから」


 夕焼けに染まる道を奏と一輝は他愛もない話をしながら歩いて行く。

 その足取りは穏やかで明日への期待に満ちていた。


 日がすっかり暮れた頃、二人はアパートに戻ってきた。

 玄関の扉を開けると弾けるような声が出迎える。


「おかえりーっ!」

「おかえりニャ!」


 雫と望海、そしてオモチが笑顔で迎えてくれた。

 小さな部屋に灯るオレンジ色の明かりが、まるで家族のような温もりを感じさせる。


「ただいま。ふふ、賑やかね」

「お姉ちゃん、一輝さん、お帰りなさい!」

「うん、ただいま、雫。今日はいい話があるの、ね、一輝さん」

「ああ。少しずつ、前に進めそうだ」


 そんな会話をしていると奏がパッと手を叩いた。


「よーし! 今日は久しぶりに私が夕飯を作るわ!」

「えっ!? お、お姉ちゃんが!?」


 雫が青ざめた。

 まるで凶報でも聞いたかのような勢いで。


「ど、どうしたの、雫?」

「ど、どうしたのじゃないよ! お姉ちゃんが料理したら、またキッチンが地獄になるでしょ!」

「地獄って……失礼ね!」

「だってこの前だって、ハンバーグ作るって言いながら“お好みで”ってレシピに書いてあったソースを、全部混ぜてドロドロにしたじゃない!」

「うっ……あれは……勢いで!」

「勢いで料理する人がどこにいるの!?」


 雫がツッコミを入れる横で一輝と望海は顔を見合わせて笑っていた。

 オモチはというと


「だから、スーパーの総菜が多いんだニャ? 奏は見た目に反して料理音痴なのは配信でネタになるニャ!」

「うるさい! オモチ!」


 奏がオモチの頭を軽く小突くと、オモチは「うニャー!」と鳴きながら雫の後ろに逃げ込む。


「お姉ちゃん、お願いだから今日はやめて! 私が作るから!」

「えぇ~……! でも久しぶりに腕を振るいたくて」

「腕を振るうんじゃなくて鍋を吹き飛ばす勢いなの!」


 そんなやり取りをしているうちに部屋の中には笑い声が溢れていった。

 貧乏な暮らしではあるけれど、この瞬間だけは何よりも豊かで温かかった。


 結局、その日の夕飯は雫と一輝、オモチの三人が協力して作ることになり、奏は「次こそは成功させてみせる!」と宣言して、雫におたまを取り上げられたのだった。


 ◇◇◇◇


 翌朝。

 まだ街が完全に目を覚ます前の時間帯に、奏と一輝、そして知花の三人は陽葵の家へ向かっていた。


「病院へ行く前に、まず陽葵の答えを聞かないとね」


 奏の言葉に知花も頷く。


「ええ。彼女の気持ちをはっきり聞いておくべきだと思うわ」


 住宅街を抜け、昨日と同じ白い家が見えてくる。

 インターホンを押すと、ほどなくして玄関の扉が開いた。


「あれ……奏に、一輝さん? それに……知花?」


 目を丸くした陽葵が立っていた。

 昨日よりも少しだけ表情が柔らかい。


「おはよう、陽葵」

「……そっか。やっぱり来たんだね」


 照れくさそうに笑いながらも、陽葵は三人を家の中へ案内した。

 リビングに腰を下ろすと、少しの沈黙の後、奏が静かに口を開く。


「ねえ、陽葵。昨日の話……考えてくれた?」


 陽葵は俯いたまま、しばらく何も言わなかった。

 その沈黙が痛いほど長く感じられた。

 やがて、彼女はゆっくり顔を上げる。

 頬にはまだ涙の跡が残っていたが、その瞳には光が宿っていた。


「……悩んでるの、私らしくないよね」


 そう言って小さく笑う。


「ずっと怖かった。もう失敗したくないって、そればっかり考えてた。でも……そんなの私らしくない。私、いつだって前を向いてたはずなのに」


 そして、テーブルの向こうで見守る奏と知花へ手を伸ばした。

 二人は迷わずその手を取る。


「もう一度、頑張ってみる。今度こそ、みんなを危険な目に合わせないようにするから」


 涙をこぼしながら笑う陽葵。

 奏も知花も、同じように笑っていた。


「おかえり、陽葵」

「……ただいま、奏」


 三人の手が固く結ばれたその瞬間、止まっていた時間が再び動き出した。


 一輝は少し離れた場所で腕を組み、穏やかに微笑む。


「よし、これで全員そろうまで、あと一人だな」


 残るは麗華だけ。

 一輝たちは気合を入れて病院へ向かうのであった。

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