第3話 厄日
「神奈川から来ました。鈴森すずもり麗奈れなです。私自身はスポーツをやるのは得意ではありませんが、観戦するのは好きです。特にバスケは小さい頃から好きで、前の学校ではバスケ部のマネージャーをやっていました。もちろんこの学校でもマネージャーを希望しています。」
この鈴森という少女もまた、優夜の姉である恋にも負けぬ美少女であった。
腰の近くまで伸ばした艶のある漆黒の髪と清潔感のある白い肌、クリっとした大きな目に潤いのあるプルプルの唇は大和撫子やまとなでしこを連想させる。
恋が美女なら鈴森はまだ大人になる前の美少女が相応しい。
その鈴森がバスケ部のマネージャーをやると聞くとクラスのバスケ部員は悦びから涙を流しながら雄叫びをあげる。
(仕方ないよな。この学校のバスケ部は女マネージャーいないし。こんなカワイイ子がマネージャーになってくれるなら健全な男子にとってはこれ以上のご褒美はない)
この学校は転入生の鈴森さんが言ったようにバスケの強豪だ。
だが、今はその地位も磐石とは言い難い。
朝陽がチームにいるからまだ勝てているが、もし今の主力選手が抜ければ強豪から古豪校へと呼ばれ方は変わるだろう。
「お前ら、可愛い女の子がこのクラスに来て嬉しいのは分かるが浮かれ過ぎだぞ。鈴森お前の席は...そうだな氷野の隣でいいか」
優夜の席は教室で1番日光が当たりやすい外側の角だ。
(他にも空いてる席はあるのに、なんで僕の隣なんだよ...)
先生に言われた通り鈴森は優夜の隣へと移動する。
それと同時に揺れ動く綺麗な黒髪からは女の子特有の良い匂いが近くの男子生徒の鼻腔を刺激する。
だが、その匂いと美しさには女子生徒もくらっと来てしまったのか『お姐さま』と呼ぶ声も微かに聞こえた。
「先程教壇で自己紹介しましたが、鈴森 麗奈です。よろしくお願い致します。良ければあなたの名前を教えていただけませんか?」
「僕の名前は氷野 優夜です。短い期間になると思うけど、こちらこそよろしくお願いします」
お互い自己紹介をしてからは無言になる。
鈴森の隣にいるのが羨ましいのか、他の男子生徒からは視線を感じる。今までは朝陽の友人という位置を女子生徒から羨ましがられていたが、今日からは男子生徒からも視線を送られ続けることになりそうだ。
「そこの2人の自己紹介も終わったみたいだし、授業を始めるぞ。鈴森はまだ教科書が届いていないだろうから、氷野見せてやれ」
隣の席になるだけならまだ良かった。しかし教科書を見せるとなるとお互いの距離が近くなり手と手が触れる事もなくはないだろう。
大人からしたら鼻で笑われそうな思考だが、生まれてから1度も彼女がいたことがない男子からしたら、それだけで大きなイベントとなるのだ。
(先生、周りの男子生徒の視線が痛いです。僕は今日の放課後まで自分が生きているか不安ですよ)
「ごめんなさい。先生が言っていたけれど、まだ教科書がないの。前の学校で使っていた教科書はこっちでは使われていなくて」
申し訳なさそうな目で鈴森は優夜の目に視線を送る。
その目からは邪気を感じさせず、本当に心から申し訳ないと感じているようだ。
「鈴森さんが悪いわけじゃないからね、いいよ」
「麗奈って呼んでください」
「えっ?」
「麗奈って呼んで欲しいです優夜さん」
何を言っているのか一瞬理解出来なかった優夜は止まった思考をまた動かすのに少し時間がかかった。
当然だろう。初対面の異性相手にいきなり名前で呼んで欲しいと言われたら戸惑うのも無理はない。
「えっと、僕達初対面だよね?いきなり名前呼びはハードルが高くないですかね。最初は名字呼びからで良いように思うのですが」
「名字で呼ぶのに慣れたらそこから名前呼びになるのも時間がかかります。それなら最初から名前呼びで呼んで欲しいです。あとその変な敬語やめてください」
鈴森の言い分も理解できる優夜は仕方なくその提案に乗る。
(みんなその視線やめてくれって。こんな美少女と名前呼びになったらそりゃ羨ましいのは理解できる。でも僕から言ったわけじゃないから許して欲しい)
「それで鈴森さ、じゃなくて麗奈はこの授業分かる?前の学校と授業スピードが違って習ってないって可能性もあるから一応聞くけど」
「大丈夫です。少しこちらの方が先の授業を行っていますが、高校の範囲内なら全て頭に叩き込んでます。今の授業どころか3年生の授業でも問題ありません」
その言葉に驚く優夜。この学校は全国でも上位の進学校だ。並の学校とは授業のペースがまるで違い、以前転入生が来た時は着いていけずに他の学校に移ったとの噂があるほどだ。
それなのに麗奈は問題ないどころか3年生の授業も分かると言う。
(天はどうして麗奈に美貌だけでなく優秀な脳まで与えてしまったんだ)
「おい氷野、さっきからうるさいぞ。美少女と戯れるのもそこまでにしてくれないか」
先生からの言葉に自分が教室で目立っていることに気付き顔を赤くする。元々目立つのがあまり好きではない優夜にとって今の状況は非常に恥ずかしく感じると共に授業を止めてしまい申し訳ない罪悪感もあった。
(今日は朝陽だけじゃなくて僕にも厄日なのかな)
その後の授業は大人しくしてると決めた優夜は災いを連れてくるだろう麗奈との会話を必要最低限に留めるのを誓った。
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