第21話「事実は鋭い」

「私の…安全ですか」


「そう。君の所属する部隊というのは砂漠を調査している訳だろう?自分の土地でもないエリアを調査するなんて、とんだ慈善事業だ」


「慈善…なんです?」


「アンタが元住んでた所ってのは、ジャンナザラクって所じゃなかったか?」


「!」


 ウバイドは自身が語っていないことを悟られたことと、この地でもジャンナザラクの名が知れていることへの驚きを隠すことができなかった。頭の裏側をも覗かれているような感覚に襲われる。


「…白砂漠の生きとし生ける者を嗅ぎ回る連中ってのは、彼処しかないさ。アンタ、私にべらべらと情報を流して良いのか?自分の立場が危うくなるのでは?」


「そんな…ただ嵐に遭遇しただけです。被害者を罰するようなことはしないでしょう。」


「どうだかな。ジャンナザラクの連中は、特に上層部には、気をつけた方がいい。」


「どういうことです」


急に婉曲的な話を投げかけるRyuRyu-Cに、ウバイドは頭に疑問符を浮かべるばかりで有った。自分には心当たりのない内容ばかりで、肉体労働ばかりしていた彼には見当もつかない。もう少し鮮明な説明を求めようと、ウバイドは強気だった。


「まず君は、自分の社会的立ち位置についてきちんと理解することからだな。自分の立っている場所が分かれば、自ずと社会の構図がはっきりしてくるというものさ」


「…私は」


「そう、君は今まで肉体労働ばかりしてきた社会の低層、つまりは貧乏人の労働者だろう」


「……」


「はっ!なんだその顔は。事実だろう。故にろくな説明もされず砂漠の調査などという名目で駆り出され、こうして危険な大嵐に巻き込まれて偶然にもこの街に辿り着いているのだから」


「…」


 量産された安っぽい作業着を身につけてただ呆然と己の膝を見つめるしかない男は、奥歯を噛み締めた。初対面の相手に見下されたような態度を取られ、悔しさが胸の奥からふつふつと込み上げる。彼女の口調はウバイドの心をささくれ立たせる鋭さを持っていたが、その鋭さは正しさ故により深く彼を傷つける。RyuRyu-Cの言っていることが間違っていないということは、最もウバイドが身に染みて感じているのだった。


「労働者の君が手に入れた貴重な情報を、自分の所属団体でもない全くの無関係、赤の他人に漏らしたとでも知ったら…アンタのボスは間違いなく、アンタを罰するのでは?」


「…そんなの、現状じゃ判断しかねます。」


「もし生存者が皆無だった場合、私だったら嵐に遭遇した貴重な人物を名簿に則って血眼になりながら探すだろうね」


「私の不安を煽って何になるというのです!」


 スチール製のデスクを叩く破裂にも近い音が、部屋根っこのように伸びる廊下の奥へと反響していく。その無礼かつ暴力的な行いを犯したのは、正にウバイド本人で有った。彼は突然突きつけられた現実に向き合えずにいた。摩訶不思議で興味深い人々の暮らす、貧しいながらも愉快な時が流れるこのLosers’ Heavenには現実を忘れさせる魔力があるのだろう。自分がもしかすると追われる身かも知れず、その可能性に彼女の指摘があるまで全く気づいていなかったこと。自分が捨て駒として砂漠へ派遣されたのかも知れないこと。改めて考えてみれば、曖昧で霧のようにぼんやりとしていた世界が急激にはっきりとしてくる感覚を彼は味わっていた。そして、衝撃と共に恥ずかしさが込み上げてきたのである。己の無知さと軽薄さが招いた現状なのだと思い知らされて恥を感じたのである。


「…お~怖い。ま、アタシには関係ないことだけど」


 RyuRyu-Cはポーカーフェイスでその場を立ち去ろうとする。しかし震える小指は彼女の恐怖を表していた。自分の体格よりも遥かに大きい男性が、目の前で物を激しく叩いたなら、怯えない女性や子供はいないだろう。彼女はなるべく早くその場から立ち去りたいのだろう、手元にあったペンが床に落ちたことにも気づかないで扉の方へ向かった。彼女がドアノブに触れたその時。


「うお!RyuRyu-C!同じタイミングでドアを開けるなんて奇遇だな!」


 部屋に入ってこようとするキョンと鉢合わせになり、RyuRyu-Cは蹌踉めく。


「ああ、キョン。冷蔵庫にいるんじゃなかったの?」


「なんかさー冷蔵庫の中見てみたら、変な形のペットボトルがたくさん詰まってたんだよ!それで入れなくて、嫌んなって戻ってきた!」


「…それ、ペットボトルじゃなくて追跡型ロケットランチャーの…なんでもない。さあ、アンタの連れてきた男性はご立腹のようだから、さっさと連れ帰って頂戴。」


チクリと刺さる小骨のような嫌味を放ったRyuRyu-Cは、鬱陶しそうにキョンを出口の方へ誘導しようとする。キョンが来て安心したのだろう、彼女の指の震えはなくなっていた。顔はまた先ほどの不貞腐れた表情に戻り、強気に腕組みをする。


「え!もうお話終わったの!ウバイド、砂漠での嵐の話はした?」


「…ああ、少しな。」


ウバイドは気まずそうに答える。ウバイドはしばらくその場を動かなかった。椅子に腰掛けたまま、じっと膝小僧を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る