第20話「相談」
一通り挨拶を済ませると、RyuRyu-Cは先ほどウバイドが入ってきた入り口付近にあるデスクに配置されていた錆びたキャスターチェアに座った。そして近くにある陳腐な丸椅子に座るよう、ウバイドを促す。ウバイドは促された通りに丸椅子に腰掛けた。彼の大きい図体と長い脚には小さすぎる丸椅子だったようで、ロバに跨る大男のような間抜けさが際立つ。RyuRyu-Cはそんな様子のウバイドを頭の先から爪先まで良く観察すると、変なカルテのような紙をバインダーに挟み何やら記入し始めた。
「…それは何です?」
「ああ、これ?ウチに相談しに来た人に対しては必ず記入している物だよ。そう心配しなくていい」
「…はあ」
ウバイドは背筋をピンと伸ばした。彼女の筆が止まり、再び口を動かし始めるまでの辛抱だ。彼女が持つバインダーの傷ついた金具に焦点を当てる。彼女が何かを書き付ける度に、バインダーの外れ掛けた金具はかちかちと揺れて音を出す。
「それで、相談事は何だ?」
「と、言いますと」
「さっきキョンが、お仲間探しがどうとか口走っていたけれど、それは関係ない感じ?」
「ああ!」
ウバイドは思い出したように語り始めた。キョンは拙いながらもウバイドの目的を伝えようと努力はしてくれたらしい。そしてどうやらこの女性は相談を受けることをあたかも生業にしているかのような口ぶりであった。着せる武器屋と聞いていただけに少し意外である。
「私は白砂漠から来たと、さっきお伝えしたと思うのですが」
自分が白砂漠の大きな嵐に巻き込まれたこと、その嵐の中で奇妙な姿の子供を見たこと、その子供の周りには風がぴたりと止んでいたこと、子供は下半身が獣のようで大きな角を携えていたこと…彼は記憶に残っている全ての景色を話した。また、自分が嵐に吹き飛ばされ同じ部隊の仲間と逸れてしまったために帰るに帰れなくなったこと、仲間を探す手立てが有れば助言を欲しい旨を伝えた。
「なるほどね。興味深い点が幾つか有ったけれど、メインとして解決したいのは仲間を探し出す手助けをしたいってことでいいかな?」
「…そう…ですね」
やや歯切れの悪い様子でウバイドは返事をする。
やや歯切れの悪い様子でウバイドは返事をする。仲間探しをしたいのは山々だったが…今のウバイドにとってそれはあまり重要ではなかった。そして彼自身、今一番彼にとって何が重要なのか、明確ではなかった。
「なんだ…歯切れが悪いな。その様子だと違うのか?私はカウンセラーではないので、君の本当に解決したい問題を洗い出すことはできない。」
「…申し訳ありません。この街に来てから驚くことばかりで」
RyuRyu-Cは顔を少ししかめる。カチカチと何度かバインダーをつつくと、指をパチンと鳴らした。
「なるほどね。この街ははぐれ者には最高に居心地の良い場所だ。だが、あまり飲まれすぎてはいけないな。一応私の持てる幾つかの商材を提案してもいいかな?」
RyuRyu-Cは手元のリモコンを器用に操作すると、天井のわずかな隙間から薄い液晶画面が現れた。
「もし君が故郷に帰りたいというのなら、移動手段としての商品はウチに山ほどある。水陸空全てに対応できる定番型の車、バイクを取り扱ってるよ。値段はピンキリだが、君のような貧乏人でも試せるように中古品やレンタル事業もやってる。車種はこのパンフレットを見てくれ。それから…」
カラーで印刷された分厚い冊子を手渡された。車は形状ごとにカテゴリ分けされており、ブランド名はNeon Labとしか記入されていない。陸用だけのものもあれば、様々なよく分からない機能が付いているものもあるようだ。狙撃・捕獲なんてものもある。ウバイドが知っている車の機能からは大きくかけ離れた商品達ばかりだった。
「それから腰につけたりリュック型になっていたりする飛行用装置もあるよ。持ち運びに便利だしハンドフリーで飛行できるから、細かい作業を必要としてる人向けだね。砂漠を横断したり、砂漠で人探ししたりが目的のお客様向けではないかもだが。あと…」
「わ、分かりました、ありがとうございます。」
「私が公に販売し、宣伝している商品は全部そのカタログに載ってる。勿論値段もね」
「あの…」
「何だい?」
「さっき私がお話しした、白砂漠の嵐についてのことなのですが…」
RyuRyu-Cの表情金筋が一瞬硬直する。瞳の奥の影がぐらっと揺れた。
「ああ!随分と珍しい体験をした様だね。お仲間達が迷子になる原因にもなった様だ。全く可哀想なこった」
その口調はあまりにもわざとらしく、同情する演技をしているようで不気味であった。感情が篭っておらず淡々とマニュアル通りの応対をしているような態度は、人の言動に無頓着なウバイドでも察することができるほどだった。
「キョンから聞いた話なのですが、あなたは白砂漠の嵐について興味があるとか…」
RyuRyu-Cは先程までわざとらしく動かしていたペン先をピタリと止めた。急に黙り込む。彼女の瞳は彼女が書き付けている紙の上をじっと見つめ、瞬きもせずに静止した。緊張感が走る。ウバイドはこの沈黙の意味が理解できなかった。ただ彼女がもう一度何か発するのではないかと思い、再び肩を強ばらせるしかなかった。
「アンタ、どこまで聞いてるの」
「どこまで…とは」
「キョンはアンタにどの程度私のことを話したのか」
「ええと…」
「まあいいわ。あの馬鹿、べらべらと喋っていいことも悪いことも全部垂れ流しにしてしまうんだから。」
彼女は再び黙りこくる。しかし今回の沈黙は、先程のピリついた様子ではなかった。何かを考えこむようにウバイドの目をじっと見つめる。はぁと深いため息を吐いた後、彼女は組んでいた足を解いて姿勢を整えた。
「私が危惧しているのは…そうだな、少し言い方が難しいが…君の安全さ」
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