第17話「ネオンサイン」

きらきらと光るネオンサインが頭上を彩っている。その非自然的な光が宙に浮かべる文字や模様は悪夢に出てきそうだと、ウバイドは心の中で悪態をついた。奥へ奥へと進んでいくと、道が大きく開けてくる。同じ様に大きなビル群であるが、下から上までびっしりと電子掲示板や広告、ネオンサインの文字や動くイラストがまたもや掲示されていた。先程の路地裏の暗さも相まって眩しさに一瞬目の前が真っ白になるが、次第に慣れるものである。ウバイドは前を歩くキョンの寝癖が、色とりどりに輝くのを見つめていた。人通りはまばらで、その通りを歩く者は先ほどまでと様子が少し違っていた。身なりが整っている。思えば地面も多少舗装されており、革靴で歩く人間も居たくらいだ。スーツや綺麗なシャツを来ていたり、ミニのスカートを履いて優雅に脚を交差させたりしながら歩いている者もいる。薄汚れた白い作業服のウバイドは場違いかもしれないと己の身なりをやや恥ずかしく思った。しかし隣を見れば、同じ様に薄汚れた子どもが堂々と歩いているのだ。胸を張って大股でずんずんと歩いているキョンを見れば、自分もこの道を歩いても平気だと思えるのだから不思議である。先程腹も満たし元気が満タンになった彼は、ふんふんと得意げに鼻歌も歌った。ウバイドは少しほっとした。ガシャンと音がして、ウバイドの目の前に割れた瓶の破片が散らばった。驚いて上を見上げると、凄まじい形相の男性がこちらを睨んでいる。酒の瓶を投げつけてきたのだ。奥歯をぎりぎりと鳴らして、男性は拳を振り上げた。


「おい!!キョンだろ!!内装メチャクチャにしやがった代償をまだ払ってもらってねぇぞ!!」


「うおー!久しぶり!!ちょっと今急いでるから、またね!!」


キョンは急に走り出した。ご機嫌に鼻歌を歌っていたのも束の間、焦った顔で弾丸の如く走っていく。その後ろを猛スピードで先程の男性が追いかけて行った。再び新しい瓶を調達してきたのだろう、瓶を振り上げては鼠を捕まえようとする猫のようにキョンに飛びかかろうと大きく跳ねた。キョンはひらひらとその攻撃を交わしながら、路地の縦横入り組んだ道を走り回った。ウバイドの横を通り過ぎたかと思えば、正面を突っ切っていく。どこをどう進めばそうなるのか、ウバイドの耳元を逆さまに通り過ぎることもあった。男性が疲れ切った頃合いを見て、キョンはウバイドの手首を掴むと通りを真っ直ぐに走ってゆく。ウバイドは半分引き摺られる形でその場を去ることとなってしまった。男性は通りの真ん中でペタンと座り込み、手に持っていた瓶を支えにしてぐったりとした。キョンはなかなかのトラブルメーカーであるのだ。彼が街を歩けば、誰かしらが話しかけてくる。有名人というわけではなさそうだが、店の常連であったり彼の犯した様々な揉め事の目撃者であったりといった理由で声をかけられている。その度にキョンは猛烈な人懐っこさと口の達者さで相手を心地よくするのであった。彼と話して不貞腐れるのは、元々人と話すのが得意ではない人か子どもが嫌いな輩であろう。そういった種類の人間はまずキョンに話しかけには来ないため、彼の雑談は毎回成功しているのだった。大きな通りも末端に来たのか、次第に人通りが少なくなっていく。中腹ではビルの最上階までびっしりと敷き詰められていた広告や看板の群れもすっかり大人しくなり、切れかけた電球がばちばちと鳴っているバーの立て看板が街角を彩っている。そして二人は、直立する金属の壁に行き着いた。ウバイドの背を大きく超える金属の壁。ネオンサインで様々な企業名や富豪の名前らしき文字がその壁面で輝いていた。そしてその文字列の中に、小さな矢印が散りばめられている。それに気づいているその場の人間はウバイドだけであった。もし注意の散漫な人間ならば見逃していたであろうその小さな矢印の先には、また別の矢印があるのだった。鋭い視線で矢印の先を追っていく。キョンは何も考えていない様子で磨かれた金属壁に呼びかける。


「りゅーーーーりゅーーーーしーーーー!!!」


「なあキョン、矢印に気がついていないのか?」


「おーーーれーーーだーーーよーーー!」


「だから、矢印を追っていけば…」


無頓着に壁に喋りかけ続けるキョンを必死に窘めようとウバイドは声をかけるが効果はないようだ。どこからともなく、ジジッ…という電子音が鳴っていた。

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