第18話「RyuRyu-C」
ウバイドを遮るように反応したのは、キョンではなく、金属の壁であった。金属であると思っていたのは、あっという間に金属から液晶画面へと変わりコミカルな映像を映し出す。ウバイドがただの壁だと思っていたのは、全く知る由もない物質であった。よく見れば壁に並ぶネオンサインの企業の広告映像のようだ。キョンは瞳を輝かせ、反対にウバイドは変なものを噛み潰したような顔である。
「らららんらん~♪人を殺さば穴二つ~♪命奪わず体を奪う♪」
幾つもの広告が過ぎ去ったのは、約10分後であった。元々商品の広告映像などあまり目にしてこなかったウバイドにとってそれはあまりに理解し難い代物であり、1時間ほどの長さに感じる。映像の後に画面は目の細かい黒と緑の横縞に切り替わった。真ん中にはツインテールの女性を簡易化したようなマークに、RyuRyu-C’s Neon Labという文字が並ぶ。くるくると回るアイコン。どうやら何かを読み込んでいるようだ。すぐに画面は見知らぬデスクの映像を映し出した。画面全体がガンと揺れると、デスクが何者かの手によって叩かれる。大きな手に見えるが、恐らく画面に手が近すぎるのだろう。ガチャガチャと音がしてカメラ位置を修正する何者かは、ぐっと己の眉間の方にピントを合わせた。
「キョン!!!ウチに来るなら電話一本入れなさいって言っているでしょうが!!!」
巨大な眉間だけでは分かりづらいが、声からして女性だろう。かなり苛立っているらしいその声音量はあまりにも大きく、どんなに高性能なマイクでも音が割れてしまうようだ。女性はようやく一歩下がると、その画面に上半身を映した。髪はウバイドと似た銀色がかった白髪で、ツインテールのように2本高く結んでいる。癖っ毛なのだろう、その毛先は変にくるくると巻いている。やや長めの前髪を蛍光紫の大きなピン留めで七三分け風に留めており、服装は黒いジャケットの上に大きめの白い研究服を羽織っていた。膝よりも長いスカートとネクタイはピン留めと同じ眩しいくらいに派手な紫で、厚底のブーツがスカートの裾からしっかりと見えている。目は吊り目で顔立ちはやや幼さを感じさせるものの、厳しい目つきは万人を黙らせる迫力があった。かなり激しい語気であるが、キョンは相変わらず呑気にニヤニヤしていた。
「電話?俺携帯電話持ってないんだよー!!ごめん!!」
「これで何回目か分かってる!?あんたが来る度に仕事が滞るわ、予定は狂うわ、大変なんだからね!!電話ボックスなり店の固定電話なり、知り合いの携帯なり借りれば良いでしょうが!!」
「分かったよー次から気をつけるから!!中に入れてよ!!」
「無理ね。今、ネオンラボに電話してアポイントを取ってから出直しなさい。」
「えー!!」
キョンは情けなく叫んだが、液晶越しの女性には全く通じていないようだ。ブチッと音がして勢いよく画面が消えると、コミカルな音楽が流れた。画面いっぱいに電話番号とキャッチーな宣伝文句が表示される。お困りごとなら着せる武器屋Neon Labへ。そして電話番号の表示は維持しつつ、商品の写真がランダムに表示された。どうやら武器や衣類など様々な物を販売しているようである。
「着せる武器屋…どういうことだ?」
「RyuRyu-Cは強いお洋服とかアクセサリーとか売ってるんだ!ゴリラもぶっ飛ばせるくらい強いよ!」
「恐ろしいな…」
「ねえねえ、ウバイドって携帯電話持ってないの?」
「携帯電話…通信機器なら簡易的なものは持ってるが」
「貸して貸して!!」
キョンはウバイドのポケットに手を突っ込むと、四角い小型の電子機器を掴んだ。数字のボタンが付いていることから、適当にパスワードを入力する。
「私の所属している部隊が配布している物だからこの地域で繋がるのか不明だが…」
キョンはどこで知ったのか、パスワードを迷わず入力し見事にホーム画面に到達していた。ウバイドは不可解に思ったが、ただキョンの勘が働いたか、安価な機器の一時的な故障か、ゾンビの特殊能力だろうと予想して納得する。キョンは表示された長ったらしい番号と手元の携帯電話の画面を交互に見ながら辿々しい手つきで入力し、最後に緑色のボタンを力強く押すと、端末からは一定のリズムと音程の機械音が流れ始めた。プツっと音がして、先ほどと同じ女性の声が聞こえてくる。
「どうも。こちらNeon Lab。なんか用?」
「こんちは!!キョンだよ!RyuRyu-C、今君んちの前に来てるんだけど入れてくれない!?」
「…アポイントの取り方をもう少し勉強して欲しいね。まぁ良いよ。丁度、ドーナツを食べていたところだし。」
「やったー!!」
RyuRyu-Cというその女性は、かちゃかちゃと何かを操作する音を最後に電話を切った。訪問者の二人が向いていた金属壁とは真逆の、古そうな煉瓦造りの建物の壁がガタガタと動き出す。しばらくするとまるで化物の口が開かれるように煉瓦の壁にポッカリと穴が開き、奥には古びたエレベーターが現れた。先ほどウバイドが発見した矢印の先は、このエレベータを指示していたらしい。キョンは両手を上げて嬉しそうにエレベーターに入っていく。ウバイドもジロジロとその穴を観察しながら、渋々キョンに続きエレベーターに乗った。
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