第14話「兄弟おもい」
「へえー!そんなに綺麗だったんだ!!」
キョンが大袈裟にリアクションをする。だが、なかなか人にこういった自分の思い出話をしたことのないウバイドはその反応は新鮮で、恥ずかしいようなくすぐったいような、居心地の悪い嬉しさを思うのだった。
「またいつか、見てみたいものだ。Losers’ Heavenには美しい建造物や風景はないのか?」
「うーん…ここは廃墟群だし、あるとしてもすっごく昔のものだから崩れかけてるのがほとんどだなあ!」
「そうか。」
「でも、泊まれるホテルはあるぜ!こうやって!」
「そうだな。貴重な経験をさせてもらっているよ。」
「えっへん!」
キョンは自分の自慢でもないのに、胸を張った。
「この街はいい所だろ!ちょっと貧しいけど、あちこち自由だらけ!」
「自由…か。」
砂嵐に巻き込まれ、無事助かり、砂漠で餓死することもなく極めて居心地の良い街で寝る場所もある。こんな幸運、これまでの彼にあっただろうか。もしかして夢なのかも知れない。ウバイドは今の状況を、少し楽しみ過ぎているのかも知れないという考えが頭を過った。
「なあなあ!お前には兄弟がいっぱいいるんだな!」
懐疑心を取り払うかのように、キョンは喋り出した。ギラギラした瞳がウバイドの青く澄んだ目を見つめている。
「俺にも兄がいるんだ。大好きな兄貴!」
「へえ。お兄さんもこの街に住んでいるのか?」
「いいや。どこにいるのかわかんねぇんだ!」
「ああ…そうなのか」
「でもいつか迎えに来るって言ってた!」
「お兄さんが…か?」
「そう!」
キョンは視線を少し落とし、落ち着いた口調で続けた。
「兄貴がこの街にきたら、たくさん色んなものを食べさせてあげるんだ。美味いもの!」
両手をぎゅっと握り締めるキョンは、今までにはない子どもらしい表情で宣言する。これまでは体格だけで子どもだ子どもだとウバイドは言っていたが、本来の無垢さを滲ませたキョンを見て、初めて心から子どもだと思った。ませたこれまでの言動には、様々な苦労があったのだなと少し同情もした。そして、今後はキョンに子どもだと言うのはやめようと、ウバイドは思った。
「早くお兄さんと会えるといいな。」
「うん!」
キョンは再び元気な様子で返事をすると、勢いよく立ちあがり冷蔵庫へ向かう。再び飲み物の缶や瓶をガチャガチャと鳴らしながら中へ入ると、パタンと扉を閉めてしまった。呑気なおやすみの挨拶を冷蔵庫の中から済ませて、キョンはそそくさと眠るモードに入ってしまったらしい。ウバイドはそんな自分勝手な行動をするキョンを静かに見ていた。ウバイドも丁度眠くなってきたところであったので、冷蔵庫の中まで届くかどうか分からない音量でおやすみを呟く。キョンのせいで乱れた寝具を整えつつ、布団に潜り込むとウバイドは目を瞑った。きちんと洗われていないのか、腐った牛乳のような匂いがした。しかし砂漠で砂の上で寝るよりは、作業場の固いコンクリートの上で寝るよりは、数倍マシな寝心地だろう。暫くしてその部屋からは静かな寝息が聞こえ始める。窓から差し込む光は昼も夜も変わらないが、真っ赤な空は静かに夜を告げていた。冷蔵庫の中からはいびきがしだしたが、飲み物や保冷用の壁に阻まれているためにその音がウバイドを叩き起こすことはなかった。穏やかな眠りによって、奇妙な出会いをした二人の騒がしい一日は終わりを迎えようとしていた。
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