第11話「泊まる場所がない!」

「ウバイド様ーーーッッ!!!!」


「なななななんだ急に!?」


 深々と下げられた頭から飛び出る不思議な寝癖は、まるで生き物のようにへこへこと上下に揺れた。顔を上げると、キョンはわざとらしい涙を目に浮かべ、祈るようにして合わせられた両手を口元に添えて眉をひそめた。


「実は今日…寝る場所がないんです!!!!」


「そ…そんなわけないだろう。お前、この街の住人なんだろう?」


「そうだけど…最近ロウ店長の店の冷蔵庫で寝てたとき、食品によだれ垂らしてたのがバレて夜中は酒場に侵入禁止なんだ!!!」


「自分の家はないのか?」


「そんなもんねえやい!あったけどとうの昔に追い出されたさ!今じゃ地面とお友達だね!」


「…だから砂の中で寝ていたのか」


ウバイドは、キョンと出会った白砂漠の景色を思い出した。


「ち、ちがうよ!それは…砂が気持ちいいから!」


「他に知り合いはいないのか?私は来たばかりで泊まれる場所すら知らないぞ」


「そう!そうだと思ったんだ!だからさ…!」


 待ってましたと言わんばかりに踵に重心をやって胸を張ると、両手を胸の前で揉み始めた。得意先に謙る商人のような振る舞いである。


「俺が良い宿泊施設を紹介するから!冷蔵庫だけ貸してくれない??」


「れ、冷蔵庫…?宿泊施設に冷蔵庫がついているなど、見たこともないぞ…」


「おっそうなの?割とこの街じゃあ普通だぜ!小さくてオンボロな冷蔵庫ばっかだけどな!」


「冷蔵庫で一体何するんだ」


「もっちろん!寝るに決まってんだろ!」


「(冷蔵庫で、寝る…?)」


 ウバイドの脳内は、はてなで埋め尽くされた。だが彼の冷静沈着な思考回路は、一旦その疑問をスルーした。


「…分かった。で、宿泊費はどうする?」


「もっちろん!出世払いで!」


「ツケでお願いするということだな…はぁ」


「よっしゃ!交渉成立ー!さいっこうにお手頃で過ごしやすい場所をご紹介しまーす!この街で一番顔の広いキョンがね!」


 意気揚々と再び街を歩き出したキョンは、いつもより足を大きく振り上げて、ずんずんと足を鳴らしながら歩いていた。ご機嫌な様子にウバイドも安堵しつつ、ツケという名の借金が溜まっていることを憂うのであった。


***


ウバイドは、ホテルの一室にいた。安ホテルで壁紙は剥がれかけ、床には不可解なシミがあちこちにある部屋である。ノミの湧いていそうな、埃臭いベッドにどさっと腰掛けると、備え付けの小さな冷蔵庫の扉が思い切り開いた。


「うっひょーーーーー!冷蔵庫ってさいこーーー!!」


「おい、大声を出すな」


「最高の時に最高って言って何が悪いんだよ!この堅物め!」


 キョンは満面の笑みを浮かべながら、体が冷えていく喜びを盛大に表現している。ホテルの冷蔵庫だからか、勿体ぶらずに盛大に冷気を外へと垂れ流した。小さな冷蔵庫のため窮屈そうではあるが、キョンの全身はぴったりと収まっていた。


「…ホテルなんてところに泊まるのは初めてだが、思ったより汚ならしいな」


「そりゃー俺を入れてくれるようなホテルなんざ、汚いところしか残ってねぇんだよ!」


「なんでだ?」


「…色々あるんだよ!ゾンビってのは、生きるのに苦労するんだ!」


「へぇ。」


「そっちこそ、なんでホテル泊まったことないのさ!砂漠の向こう側からきたんだろ?ホテルなんてばんばん建ってんじゃねぇの?知らねーけど!」


「まぁ…建ってはいるが。私は遊牧民の出自であるからそれほど階級が高くない。そもそもあまり地上に出る機会がないからな。」


「…?地上って、お前さんも砂に埋まって寝るのが趣味か?」


「違う違う。…まぁいいさ、初対面の相手にするような話でもない。」


「ふーん!変なの!」


 キョンはバタンと冷蔵庫の扉を閉めた。中でガチャガチャと瓶や缶が擦れる音がして、キョンの唸り声も同時に聴こえてくる。


「この街はだいぶ変だと思ってたけど、外の世界もだいぶ変な感じなのかな!?」


冷蔵庫の中からやや聞こえにくい発音がなされた。かなり中で声を張り上げているらしく、語気の強さは感じる。


「どうだろうな。私にとってはこの街の方がヘンテコだ。」


ウバイドもやや声を張って返事をした。キョンには聞こえたのか否か分からないが、その後しばらく沈黙が続く。


「…俺が汚いとこしか入れてもらえない理由を言ったら、ウバイドの住んでた場所の話、聞かせてくれる?」


 控えめな調子でこちらの様子を伺うように、冷蔵庫の妖精は言った。まだまだ明日になるには時間が有り余っている。少しくらいなら語り合うこともできるのではないだろうか。しかし、ウバイドは葛藤していた。初対面の得体の知れないゾンビ、しかも今は冷蔵庫の妖精になっているソイツに語ることでデメリットが生じるのではないか。身の上話など、誰からも聞かれたことはなかった。誰もウバイド自身のことについて興味はなかった。うまく話せるかどうか、心配であった。


「…どうだろう。お前が話したいなら、お前が聞きたいと言うなら、相手にならんでやらないでもない。」


「やった!!!!」


 小さな冷蔵庫はがたんと振動すると、再び小さなうめき声を鳴らした。


「じゃあじゃあ!まず俺からね!!!俺が汚い店にしか入れてもらえない話!!」


「ああ。」


 ウバイドは深くベッドに座り直すと、姿勢を楽にした。ぼろ切れのようなカーテンから、赤い空の色がのぞいている。冷蔵庫は、珍妙なラジオに成り代わったかのように語り出した。


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