第10話「友達だよね」

 ***

 

「…で!こっちの建物は肉屋のmeat party(肉宴)!巨漢の店主が得体の知れねぇ肉を売り捌いてるってもっぱら噂だぜ!」


「肉屋まであるのか。へぇ。」


「夜な夜な練り歩いては次売りに出せるような肉塊を探しているとか…!夜に店主に会ったら気をつけな!」


「ああ、分かった。」


「大きな体格で肌と髪は…お前さんと同じ白とグレーっぽい色だぜ!鼻に赤いボールをはめてるからまるでピエロさ!」


「…それは確かに夜遭遇したら恐ろしいだろうな」


「うん!」


 饒舌なキョンの街案内は、興味深くもありコミカルでなかなか見応えのあるものだった。街の内容といえば、一般的な視点からは想像し難いものばかりで危険かつ恐ろしかったが、人間の好奇心というのは中々に危なっかしい。恐ろしいと思いつつ、目の前にその対象があるにも関わらず、キョンの話に惹きつけられて聞き入ってしまうのだ。ウバイドは歩き疲れていたことも忘れ、Losers’ Heavenの街を見物していた。


「次は…あっ!RyuRyu-Cの所有してるホテルだ!」


「りゅ…なんだって?」


「りゅ・りゅ・しー!ここいらじゃ有名な富豪だぜ!」


「富豪!?こんな汚らしい…いや、間違った。危険だらけな街に金持ちなんかが住んでいるもんか」


「住んでるんだって!とんだ変わり者さ!そんでもって、頭が切れる!今度会ってみろよ!」


「…そんな有名人にすぐ会えるわけがなかろう。で、ホテルってのはなんなんだ?」


「えーっとね!」


 キョンは、ネオンサインで明るく表示されたホテルR-ROOMSの文字を指差した。コンクリート造りの芸術的なマンションで、地上近くの壁面にはスプレーや絵の具で数々の落書きがなされていた。何語で書かれているのか分からない、読解不明の文字列などもチョークで書き残されている。いかにも、初期費用はふんだんに注ぎ込んだものの運営まで手が回っていない安直な資産運用の結果と言えそうなホテルである。


「あのホテルはぼったくりだからやめた方がいいよ!貧民には到底手が出せない価格帯さ!」


「何故私が貧民であること前提に語るのだ?」


「ここの住人はほぼ全員貧民だからだよ!その日暮らしの生活をしてる奴らばっかりがこの街に集まっているのさ!」


「そう…なのか。」


ウバイドはまるで自分とは関わりのない世の中であると言わんばかりに、他人行儀に返事をした。キョンはその様子を不思議そうに眺めては、その大きな瞳でジッとウバイドを見つめる。ギラギラとした瞳孔は、ウバイドの遠くを眺める横顔をじっとりと掴んでいる。


「ねえ!君もこの街にいるんだから、この街の一員さ!」


 ぱっと口角を吊り上げて笑い、キョンは自身の犬歯を剥き出しにすると乾いた声でそう言った。音の面がウバイドの上半身にぶつかり、彼は驚いたようにキョンの方を振り返る。キョンは依然として瞬きひとつせぬ満面の笑みで、不気味にウバイドを見つめていた。


「…まだ私は住み着いているわけではないぞ」


「……」


 キョンのただでさえ大きい釣り目が、更に大きく見開かれ光を消した。


「俺たち、友達だよね?」

 

「あ、ああ…もちろんだ」


 キョンの雰囲気が急に変化したのを察知すると、ウバイドはただその場に硬直するしかできなかった。小さな体のぱきりとした笑顔からは、有無を言わせぬ凄みが滲み出ていた。キョンは、自分の声がウバイドに届いたのを確認すると、元の子どもらしい表情へと顔の筋肉を変化させる。くるりと向きを変えてその緋色のチャイナ服を翻しながら、次の目的地へと歩みを進めた。ウバイドは何が起きたのか検討もつかぬままに、ただ後をついていくばかりであった。ウバイドは彼の額に冷や汗が流れていることに気づいてすらいなかった。人気のないマンションの立ち並ぶ通りから、人の栄えた通りへと、キョンは向かっていくのだった。


***


 混んではいるものの、それほど鬱陶しくもない量の人で賑わいを見せる場所に来た。元は公園だったのだろうか、破壊された木製のベンチがあちこちに置き去りにされている。植物の姿は無く、無計画に建てられたスラムのような建物と呼べぬ住居が所々に並んでいた。一方で、きちんとした柱を持っているであろう建物も散見する。丈夫な壁を持つ建物のステンドガラス風の窓からはキラキラと光が漏れ出ており、中では飲食を嗜む者達がいた。貧しいのは確かだけれども、余暇が全く無いというわけでは無いらしい。身なりが酷い者もいれば、きちんとした服装の者もいる。そしてどちらの者も引け目を取らず、胸を張って通りを歩いているのだ。キョンは、身軽なステップをその場で踏むと、急に頭を下げた。


「ウバイド様ーーーッッ!!!!」


「なななななんだ急に!?」

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